※人種差別の実態を報道するため、この記事は外国にルーツのある人たちに向けられる差別の描写・表現を含んでいます。
「新人の頃、外国人に対して積極的に職務質問するよう教え込まれた」
「人権に関する教育はほぼ皆無だった」
数年前まで警察官だった40代の男性は、取材にこう証言した。
肌の色や国籍などを理由とした人種差別的な職務質問、いわゆる「レイシャル・プロファイリング」。東京弁護士会やハフポスト日本版の調査では、外国にルーツのある人に対するレイシャル・プロファイリングが常態化している問題が浮き彫りになった。
さらに47都道府県警察を対象にしたハフポスト日本版の全国調査では、警察官による人種差別を防ぐためのガイドラインを作成していると答えたところは「ゼロ」だった。
なぜ人種差別的な職務質問が行われてしまうのか。レイシャル・プロファイリングの根底にある、警察組織の課題とは━。
元警察官のAさんの体験から考える。
【外国にルーツのある人が公権力から受ける、人種差別の実態は。当事者のインタビューはこちら⬇︎】
人のためになる仕事をしたかった
Aさんが子どもの頃、暮らしは困窮し、電気代が払えずろうそくで夜をしのぐ日も珍しくなかった。
賭博好きの父は母によく暴力をふるい、金を無心した。母が顔にあざを作り、泣く姿が記憶に残っている。子どもながらに、「母を笑顔にしたい」と必死だった。
そんな母が信頼を置いていたのは、自宅近くの駐在所の警察官だった。「大きくなったら、あのお巡りさんみたいに立派になってほしい」。母が常々口にしたその言葉は、幼いAさんの心に残り続けた。
「母の夢をかなえたい」。大学進学後も、得意な柔道をいかせる上に人のためになる仕事ができると考え、警察官を志した。
警察官の採用試験に合格し、警察学校に入校。卒業後、地域警察官として交番勤務になった。母が信頼していた警察官と同じように、市民にとって最も身近な「お巡りさん」として職務に励んだ。
外国人の「取り締まり強化月間」
だが配属当初から教え込まれたのは、刃物や違法薬物の所持、オーバーステイなどの摘発を念頭に、「外国人に対しては積極的に職務質問をして在留カードの提示を求めろ」という、差別的な職務質問の方針だった。
外国人への職務質問を推奨する「取り締まり強化月間」も設けられ、外国人を見かけたらすぐに在留カードを確認するよう、幹部から指示されたという。
工場が多い地域の警察署に配属された時は、「外国人がバールを持って襲撃してくる」という事態を想定した訓練も受けた。ベテラン警察官の中には、外国ルーツの人たちを「ガイジン」「あいつら」「やつら」と呼ぶ人も多かった。
外国人と犯罪を結びつけるような警察組織の教育と取り締まり方針、差別的な呼称…。そうした職場環境は、外国人に対する偏見をAさんの内面にも植え付けていった。
「警察官になるまで、外国出身者に対して特に悪いイメージを持っていませんでした。でも当時は上司の言葉を鵜呑みにしてしまって、外国の人は犯罪に関わることや暴力をふるうことが多いのだと思うようになりました」
「外見で判断して『外国人っぽい人』に声をかけていました。特定の国の人が襲撃してきた場合を想定した訓練の影響もあり、特に肌が褐色系の色の人は凶器を持っているかもしれないと警戒していました」(Aさん)
検挙の「ノルマ」もあった。特に地域警察官や交通警察官は、職務質問や交通取り締まりでの検挙実績が人事評価の対象となるため、他の同僚と同じようにAさんもノルマを気にしていたと打ち明ける。
「(摘発の)点数がノルマに足りていなくても、職務質問をした回数が多いとアリバイになるので『仕方ないな』で済まされやすくなります。十数年前は今ほど外国人が多くなかったので、職務質問や(家庭や会社を訪問する)巡回連絡でオーバーステイなどの外国人に絡む“ニッチ”な検挙ができた警察官は、高く評価されていました」
人権研修「受けた記憶ない」
ハフポスト日本版の全国調査では、全ての都道府県警察が「人種差別の防止に関する研修(または授業)を行っている」と回答した。また、その多くは「以前から研修を継続している」と答えたが、Aさんは数年前に警察官を辞めるまでの約20年間で「人権に関する教育は『ほぼ皆無』でした」と証言する。
「LGBTQも障害も外国人も、全て『多様性に関する教養』として一括りにされ、オンライン上の掲示板で共有される程度です。警察学校には昇任時を含めて10回以上入校しましたが、そこでも人権研修を受けた記憶はありません。
入校時はほぼ必ず『職務倫理』の授業が組み込まれていましたが、飲酒やギャンブル、異性関係のトラブルといった警察官自身の不祥事事案を防ぐ目的の内容がほとんどでした」
外国人に関してだけではない。上司たちの人権意識の欠如に戸惑う場面が何度もあったとAさんは振り返る。
2020年に障害のある子どもが来署した際、副署長は親に聞こえるほどの声量で「あいつは何だ。しっかり警戒しておけ」とAさんに言いつけたという。
他にも、性的マイノリティを侮蔑する暴言や、外国籍の女性と結婚することを報告した警察官を昇進させないという趣旨の発言を職場で耳にすることもあり、「人権意識の低さに落胆した」と明かす。
では、なぜ人権意識が育まれないのか。
Aさんは「自分が所属した組織では」と前置きした上で、不十分な研修制度のほか、「劣悪な労働環境」を理由に挙げた。
「勤務中、休憩時間はないようなものでした。『隣の部屋の風鈴がうるさい』という通報でも、110番が入れば現場に駆けつけなければいけません。クレームが怖いし、その後事件になったら初動の責任を問われるからです。
休みの日でも、携帯を肌身離さず持つよう言われていました。いつ呼び出しがあるか分からないので気が休まらず、上司からも『お前たちに“人権”はないから。休みはないと思っておけよ』とよく言われていました。警察官自身が人として大切にされず、守られない労働環境にあります」
デジタル化が進まず業務負担も減らない中、人権意識のアップデートは「個人の自助努力」に委ねられているが、時間を割いて学ぶ余裕は現場にないとAさんは言う。
「今振り返ると、『こんなに身を粉にして働いてるんだから、外国人やミックスルーツの人に不適切な対応をして失敗しても、ある程度なら目をつぶってほしい。こっちだって忙しいし、犯罪を検挙してあげてるだろ』という意識が正直ありました。個人の責任というより、組織の問題だと考えています」
マイノリティの人権を軽視する職場へのストレスも重なって体調を崩し、Aさんは退職を決めた。
ミックスルーツの当事者との出会い
警察官を辞めた後、Aさんが差別的な職務質問の問題を考えるようになったのは、ある友人との出会いがきっかけだった。
その友人は日本で生まれ育ったブラックルーツの当事者で、肌の色や人種的ルーツを理由に警察官から何度も犯罪の疑いをかけられ、辛い思いをしてきた経験をSNSでシェアしていた。
そこで初めて、「レイシャル・プロファイリング」という言葉を知ったという。
「肌の色やルーツのように、生まれ持ったものを理由に犯罪者の疑いがあるという扱いを警察官から受けるのはとても苦しいものだなと想像しました。
警察の仕事は人の命にも関わります。警察にとってレイシャル・プロファイリングは最重要課題であるべきですが、人権教育を軽視しすぎている状況に危機感を抱いています」
外国ルーツの当事者を講師に招いて体験を聞く取り組みや、警察官による人種差別を防止するガイドラインを作成している警察は「ゼロ」だったことが、47都道府県警察を対象としたハフポスト日本版の全国調査で判明している。
レイシャル・プロファイリングを防止するために、日本の警察はどうするべきなのか。
Aさんは「警察官の人としての尊厳が守られるよう、職場環境が改善されることが必要」とした上で、「今は、声を上げてくれるミックスルーツの当事者たちがいます。『聞く体制が整っていない』という言い訳をするのではなく、まずは当事者の話から学ぶべきではないでしょうか」と投げかけている。
(取材・執筆=國﨑万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
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「『検挙してあげてる』意識だった」元警官が語る、レイシャル・プロファイリングの根底にあるもの