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伝説のバンド「THE FOOLS」のボーカルは、なぜ月形刑務所で命を落としたのか〜動画に残された死に至るまでの過程

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「動画を見る限り、関わった人は20人くらいいます。准看護師、医者、看守。20人もいるのに、誰も『え?』と思わなかったのか。一人でも『やばいですよ、どうにかしましょうよ』と、ひと言言ってくれれば。でも、誰も言わないんです」 

3月27日、女性はそう言うと、涙で声を詰まらせた。

女性の夫は伝説のバンド「THE FOOLS」のボーカル・伊藤耕さん。2017年10月17日、北海道の月形刑務所で亡くなった。

この日、渋谷のSUPER DOMMUNEで行われたのは、「緊急記者会見 伊藤耕(THE FOOLS)はなぜ刑務所内で死んだのか?」。

私がこの会見を訪れたのは、昨年、試写会である映画を見たからだ。

それは『THE FOOLS 愚か者たちの歌』

長年にわたってアンダーグラウンドの帝王として君臨してきたという「THE FOOLS」を追った映画である。結成は1980年。が、バンドは違法薬物による度重なるメンバーの逮捕や相次ぐメンバーの病死など、多くのトラブルに見舞われてきた。しかし、途切れながらも2010年代まで活動を続けていたという。

映画は13年、ボーカルの耕さんが刑務所から出所するところから始まる。逮捕は7回目。耕さんはすでに58歳になっている。

そこから再びバンド活動を始めるのだが、すごいのはメンバーが待っていてくれるところだ。しかし、出所後の初ライブからわずか半年、彼は再逮捕されてしまう。映画はここから急展開を迎える。それまでは、「還暦近くになっても若い頃と同じようにロックに生きられるなんて最高のオッサンたちだな」と笑いながら観ていたのだが、そんな「最高のオッサン」の代表格である耕さんが、獄中で亡くなってしまうのだ。享年62歳。

北海道・月形刑務所からあと40日で出所できるという時期だった。17年10月のことだ。身体の不調を訴えた耕さんは病院に連れて行ってもらうものの適切な処置はされず、そこから相当苦しんだようだ。しかし、苦しむ耕さんの訴えはどこにも届かない。結局、翌日に病院に運ばれた時はすでに心肺停止状態。適切な処置がなされていれば、そして彼の訴えが聞き入れられていれば防げた死だった。

19年、耕さんの妻は「刑務所での不当な扱いによって伊藤は亡くなった」として、国家賠償訴訟を開始。その訴訟は今年2月7日、東京地裁で和解が成立。国側が請求額とほぼ同額の4300万円を支払うことになった。

しかし、耕さんが刑務所内でどんな扱いを受けたのか、その実態は未だ広くは知られていない。ということでこの日、緊急記者会見となったのだ。

そこで語られた内容は「壮絶」の一言で、会見後、しばらくは呆然としていた。

そんな中、頭に浮かんだのは入管の施設で命を落としたウィシュマさんのことだ。命の危機を訴え、病院に連れていってほしいと訴えながらも放置され、命を奪われたスリランカ女性。刑務所と、入管。自由を奪われ、自らの意思では医療にアクセスできない場という共通点がある。

もうひとつの共通点は、両者とも「人間扱い」されなかったということだ。

ウィシュマさんの命は外国人だからこそ、軽く扱われた。そして耕さんは、「再犯を繰り返す薬物事犯者」だからこそ放置されたのではないか。

月形刑務所で何が起きていたのか、多くの人に知ってほしい。

この日の会見に登壇したのは耕さんの妻・満寿子さん、代理人弁護士の島明宏氏、同じく代理人弁護士の加城千波氏、そして『THE FOOLS 愚か者たちの歌』監督の高橋慎一氏。

会見で語られたことを時系列にまとめると、耕さんが入所したのは15年10月。満寿子さんが耕さんに最後に面会したのは17年9月末で、その時は変わった様子もなく、出所する日の場所の打ち合わせや出所後にやりたいことなどを話していたという。

しかし、それからひと月も経たない10月17日、満寿子さんは夫が突然亡くなったことを刑務所から知らされる。

9月には元気だった夫の突然すぎる死。

刑務所で説明を受けた満寿子さんは、かなり初期から不信感を持っていたようだ。

最初は「亡くなる一時間前に倒れた」という説明だったのに、前日からという話に変わったこと。死因についてはCT検査をしないとわからないということで、それでもわからなければ司法解剖をすると言っていたのに、なぜか解剖はしないという話になっていったこと。しかも死体検案書にある記載は「肝硬変からくる肝細胞がん破裂(推定)、出血性ショック」と「推定」の文字。

これは解剖をしなければ。そう思ったものの、ここに大きな壁が立ちはだかる。個人が司法解剖をしたいと思っても、なかなか受け入れてくれる先がないのだ。いろいろなところに電話して探すものの、様々な条件があり、解剖には至らない。

「死因を知りたいと思っても、司法解剖の入り口がわからない」

満寿子さんの言葉にハッとさせられた。死因を知るための司法解剖に辿り着くまで、これほど高いハードルがあるということを私はこの日、初めて知った。

結局、やっと解剖できたのは亡くなってから約1ヶ月後。それだけの間、遺体を保管し、必死で探して見つけたのが北海道大学死因究明教育研究センターだった。そこで遺体を解剖してもらったところ、死因は「回腸絞扼性イレウス(腸閉塞)による出血性ショック」だったことがわかったのだ。

適切な処置がなされていれば、命を落とすことはなかったという。

そうして19年10月、満寿子さんは国と月形町を提訴。

その過程で、多くのことが明らかになった。

まずは10月15日、耕さんが腹痛を訴えたこと。看守を呼び、「経験したことのないものすごい痛み」「我慢できない」と訴え、嘔吐もあったという。そうして16時頃、月形町立病院に搬送される。が、腹部の触診だけで「胃痙攣の一種」と言われ、痛み止めを投与されて刑務所に戻される。

そこから耕さんは監視カメラつきの部屋に入れられ、約30時間後に命を落とすのだが、裁判の過程で、当初は「ない」とされていたこの時間の動画の存在が明らかになった。しかし、存在がわかってからも「看守のプライバシー」や「防犯」を理由に出し渋られる。が、結局はこれが決定的な証拠になった。

法務局で動画を見たという満寿子さんは、その内容について話してくれた。

「病院から部屋に戻ってから、一度も回復した時間がないんです。少しでも大丈夫になった時間がない。15日夕方から深夜までずっと『痛い痛い』って、寝れてない」

眠れないほどの痛みの中、夜が明ける。看守に声をかけられるが、その時点で普段とは変わり果てた声で、意思疎通も難しくなっていたようだ。トイレに行こうとしてもフラフラで、何度も倒れる。本人もなぜトイレに行こうとしているのかわからない様子。また、服を脱ぎ始めて畳んだりと、意識障害も起きていたようである。そうして倒れても、看守は来ない。3、4分放置され、本人が自力で起き上がるシーンもあったそうだ。

その日の夕方から、さらにひどい状況になる。苦しそうに肩を震わせ、ずっとハアハアと息を荒げている状態。立つとすぐに倒れるという状態だったらしく、時々看守たちが3人くらいで様子を見にくるが、様子を見るだけ。准看護師も来たが、それだけ異常な状態になっている人間を前に、「立ち上がるな」「立つな」「四つん這いで歩け」「おむつは嫌だろ」「立ったら血圧落ちるからとにかく立つな」という声が投げかけられる。また、瀕死の状態になっている耕さんを前に、看守が焦ることもなく「伊藤、生き返るのか」とからかうように声をかけたシーンもあったという。

そうして10月16日深夜、やっと病院に搬送されるものの、17日0時1分、耕さんは死亡。

満寿子さんは、涙で声を詰まらせながら言った。

「動画を見るのは苦しかったです。倒れてるのに誰も来ない、10分間……」

「目の前で倒れてるのになんで助けようと思わないんだろう。同じ看守仲間が倒れてたら助けるだろうけど、受刑者は助けない。心の中に『助けなくていいや』って気持ちがあるからなんでしょうか。動画を見る限り、関わった人は20人くらいいます。准看護師、医者、看守。20人もいるのに、誰も『え?』と思わなかったのか。一人でも『やばいですよ、どうにかしましょうよ』と一言言ってくれれば。でも、誰も言わないんです」

満寿子さんとともに動画を見た加城弁護士は「刑務所の中でなければ絶対に誰かが病院に連れて行っている」と強調した。

「時間を追うにつれ意識が混濁しています。最後はまったくわからないような状態。そんな状態で、刑務所の中でなかったら亡くなるはずないんです」

やはり動画を見た島弁護士も、看守らに「助けようという意志がこれっぽっちもない」と強調した。

もし、自分だったら。あるいは自分の大切な人がそんな目にあったら。

「だったら刑務所なんか入らなければいい」と言う人もいるだろう。だけど、いつ誰がどうなるかなんて誰にもわからない。だからこそ、私自身、こういった問題には無関心でいられない。そしてどんな罪を犯した人間であっても、痛みや苦しみの訴えを無視され、悶え苦しみながら死んでいくなんてことは決してあってはならない。刑務所でも入管でも、医療へのアクセスは当然保証されている。それなのに、なぜ、「死んでもいい」とばかりに放置されないといけないのか。

そしてもうひとつ書いておきたいのは、耕さんが苦しむ姿を約20人もが見ていたということだ。それなのに、誰も「なんとかしよう」とは口にしない。このことが、私は一番恐ろしい。

明らかに死が迫っている人間に対してからかうような言動さえあったのは、「大したことない」と思い込みたかったのか。みんなと違う行動をとりにくいという正常性バイアスが働いたのか。まさか死ぬとは思っていなかったのか。それでも、死者が出れば自分たちの責任が追及されるに決まってるのに、誰も何もしない。30時間も。

その姿は、「このままじゃ自殺するかもしれない」とみんながうっすら思ってるのにいじめをやめようと言い出せない子どもの集団のようでもあるし、ホロコーストの虐殺を主導しながらも「命令に従っただけ」と弁明する公務員のようでもある。目の前の惨劇を惨劇として捉えられない。悲鳴をSOSとして捉えられない。そんな歪んだ感覚がなぜ生まれるのか。

おそらく、職場を出ればみんな普通のいい人なのだと思う。道端で子猫が震えていたら助けるかもしれないし、自分の子どもには目一杯愛情を注いでいる人だっているだろう。

だけど、支配と被支配が当たり前の職場では、きっと何かのスイッチが切り替わってしまうのだ。そういう危険性がある仕事だからこそ、入所者だけでなく働く当人も守るような教育や研修などが必要だと思うのだ。が、ウィシュマさんと耕さんのケースを見るだけでも、とてもじゃないけどマトモな研修がなされているとは思えない。

一方で思うのは、このような形で表に出てくるのは氷山の一角で、隠蔽されている死はきっともっと多くあるのだろうということだ。

はからずも最近は、死亡退院率が異様に多い滝山病院の問題も注目されている。見ようとしなればなかなか見えない場所で、今も軽んじられている命がある。刑務所も入管も精神科病院も密室が生まれやすく、ゆえに隠蔽が起こりやすい場所だ。

この密室をこじ開けること。そのことこそが、再発を防止する唯一の手段だと思うのだ。

「緊急記者会見 伊藤耕(THE FOOLS)はなぜ刑務所内で死んだのか?」での様子。左より、『THE FOOLS 愚か者たちの歌』監督の高橋慎一氏、代理人弁護士の加城千波氏、妻の満寿子氏、同じく代理人弁護士の島明宏氏「緊急記者会見 伊藤耕(THE FOOLS)はなぜ刑務所内で死んだのか?」での様子。左より、『THE FOOLS 愚か者たちの歌』監督の高橋慎一氏、代理人弁護士の加城千波氏、妻の満寿子氏、同じく代理人弁護士の島明宏氏

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