もしも自分が育児や介護など何かの理由で休んでいる間に、職場で切磋琢磨していた同僚が大活躍していたら、悔しく、切ない気持ちになるかもしれない。それが若い頃からともに夢を追いかけ、苦楽をともにしたお笑い芸人の「相方」だったらーー。
いま大人気のお笑い芸人カルテット「ぼる塾」は、酒寄希望さんと田辺智加さんが組んでいたコンビ「猫塾」と、2年後輩のあんりさんときりやはるかさんのコンビ「しんぼる」が合体して2019年に結成された。酒寄さんは結成直後に産休・育休に入り、ネタ作りなどでぼる塾を支えてきた。
そしてその間に「相方がめちゃくちゃ売れる」という経験をした。2月27日発売のエッセイ第2弾「酒寄さんのぼる塾生活」は、4人の賑やかな日常を描いたものだが、時々、胸がぎゅっとするような酒寄さんの葛藤や不安が垣間見える。
「もういっそ私なんて捨ててくれ」と思っていた酒寄さんが、「自分が変わりたい」と勇気を出せるようになるまで。ここ数年の気持ちの変化と、4年ぶりに若手芸人が競い合う舞台に復帰した現在について、インタビューした。
育休中に相方がめちゃくちゃ売れた。
《エッセイには、2022年4月に酒寄さんがnoteで発信し、大きな反響を呼んだ記事「育休中に相方がめちゃくちゃ売れた」も含まれる。田辺さんとの微笑ましい日々のやり取りが、日記の形で記されている。そんな日常の中に、酒寄さんの葛藤が垣間見える》
某月某日 テレビに映る3人を見た。嬉しかった。
某月某日 テレビに映る3人を見た。私が田辺さんの足を引っ張っていたのかと思った。
某月某日 もういっそ私なんて捨ててくれと思った。
(中略)
某月某日 テレビに映る3人を見た。もう大丈夫と思った。
(「育休中に相方がめちゃくちゃ売れた」より一部抜粋)
━━当時の葛藤も書かれていましたが、「もう大丈夫」と思えるまでには、どんな気持ちの変化がありましたか?
私が「ぼる塾を辞めたい」と言った時、田辺さんが「酒寄さんがいないと私は田辺じゃなくなる」と言ってくれました。それがすごく心強かったです。
あんりちゃん、はるちゃんと3人で舞台に立って「まあねー」と言っている時も、田辺さんは「いつも酒寄さんが隣にいるつもりでやっている」と言ってくれて。
当時の私は、ネガティブな気持ちがどんどん膨らんで、3人が手を差し伸べてくれていたことにも気づいていなくて…。
みんなで一度話し合った時に、こんなに私のことを考えてくれている人がいるんだから「もう、私が変わりたいな」って思ったんです。私がそのままでも3人は仲良くし続けてくれたと思うんですけど、それじゃいけない。自分が変わりたいって思いました。
━━noteに寄せられた反響で、特に印象に残ったものはありますか?
自分が出産して環境が変わり「いままで仲良くしていた友達と離れなければいけないんじゃないか」と悩んでいる方、逆に友達に子どもが産まれて「いままで通り関わって良いのか」と悩んでいる方もいました。その中に「いままで通りでも良いんだと思って、友達に連絡を取ってみました」と言ってくれた方がいました。
私と田辺さんとの思い出が、誰かを明るい気持ちにしたり、何かを諦めなくて済むことに繋がったりすることがあるなら、すごく嬉しいなと思いました。
いろんな組み合わせがあっていい。その間に誰かが休んだっていい
━━エッセイでは新たに「育休中に相方がめちゃくちゃ売れた」の「あんりちゃん編」「はるちゃん編」も書かれていますね。
田辺さんのことを書き終わった時に、田辺さんだけじゃなくて、あんりちゃんとはるちゃんも私をずっと支えてくれてたなって気づいて。それぞれのことも書きたいなとずっと思っていました。
あんりちゃんは本当に脅威の存在でした。2年後輩で、同じ女性漫才師で、ネタを書いている側としても、周りから比べられたこともありました。「あんりとはるかの幼馴染コンビはすごいから、見て勉強しろ」とずっと言われ、ライバル心もありました。
ぼる塾を結成後、あんりちゃんが田辺さんを面白く見せることができているから「あれ、私が足を引っ張っていたのかな」と思ってしまって…。
でも、田辺さんから「あんりが酒寄さんみたいなネタを書きたいって言っているよ」と教えてもらったり、あんりちゃん本人からも「ずっと酒寄さんと仲良くなりたいと思っていた」と言ってもらったりして自分の小ささに気づきました。
今でも「100%嫉妬がない」とは言えないんです。でも、そう思える人と一緒に仕事ができるのはありがたいことだと思えるようになりました。「酒寄さん面白いですね」とあんりちゃんに言ってもらえることが、一番嬉しいんです。
━━はるかさんが漫才やネタについて真剣に考えている姿も描かれています。
ネタを作る時は、あんりちゃんと2人で作る場合と、私1人で作る場合があったんですが、最近ははるちゃんもネタを作りたいという意欲が出てきて、2人でも作っています。
はるちゃんが考えるワードは、他の人には絶対に思いつかないもの。一番ネタに対して向き合っているのが、実ははるちゃんなんです。
━━酒寄さんが育休を取ったように、今後3人もお休みを取るかもしれない。そのときには、また見せる形を変えていきたいという考え方をしていると。とても柔軟な考え方ですね。
田辺さんが「乃木坂46やモーニング娘。もグループで活動しているけど、全員がいつも一緒に行動しているわけじゃないじゃん。これからは、例えば酒寄さんとあんり、酒寄さんとはるちゃんでテレビに出ても良い。3人でも4人でも、いろんな組み合わせがあってもいいじゃない」って言ってて、妙に納得したんです。
いろんな組み合わせがあって、その間に誰かがお休みしてたって、何の問題もないでしょうって。
再び立ったスタート地点。人生を「RPG」だと思ったら…
━━2022年11月には若手芸人がしのぎを削る神保町よしもと漫才劇場の「バトルライブ」に復帰されましたね。酒寄さんが悔し涙を流したというエピソードが印象的でした。
いままでも、ぼる塾の主催ライブには出ていましたが、来てくれるお客さんは基本的には普段から応援してくれるお客さん。「復帰したばかりだから応援しよう」と優しい目で見てくれていたと思います。
でもバトルライブを見に来てくれるお客さんは、ぼる塾だけではなく、いろいろな芸人を見に来ている。いつもとは違う雰囲気がありました。順位も低くて「私が足を引っ張っているかもしれない」と落ち込みました。
その時も、3人が「いまスタート地点に立ったばかりなんだから」と言ってくれたことに救われました。「どんどん頼ってください。そのために私たちはいろいろな経験をしてきたんですから」と言ってくれて心強かったです。
思った以上にできない自分に落ち込んだら、「大丈夫!あんたは今スタート地点に立ったんだから!」って言われました。頑張ります! pic.twitter.com/HndRM0ZEKZ
— ぼる塾 酒寄 (@no_zombie) November 5, 2022
━━これから育休を取る方、また育休を終えて職場に復帰する方など、不安を抱えている方も多いと思います。何か伝えられるとしたらどんなことを伝えたいですか?
自分から「助けて」と言った方が良いと思います。私の場合なかなか言えなくて、3人も私にどこまで声をかけたら良いかわからなかったと聞きました。「助けて」と言えば、周りにいる人たちも、自分たちに何ができるかを考えられると思います。
これから何か新しいことを始める方やお休みしていて復帰する方も、大きな不安を感じることもあると思います。周りの人の能力が自分よりも高いと焦ってしまうこともあるかもしれません。でも、人生を「RPG(ロールプレイングゲーム)」だと思ったら、仲間のレベルが高いっていうのは、いいことしかない。そう思うと、勇気がわきませんか?
あんりちゃん、はるちゃん、田辺さんは私よりもとても仕事ができて、レベルが高いんですけど、そこを素直に頼って自分もレベルアップしていきたいと思っています。
━━今後のぼる塾としての目標、酒寄さんとしての目標は?
4人でぼる塾です、と自己紹介できるような場所を作りたいなと思っています。「THE W」(女性芸人のナンバーワンを決めるコンテスト)もありますし、結果を残したいです。
私の目標としては、書くことが好きなので、文章でも笑いが取れるようになりたいです。書くことが好きになったのは、田辺さんのことを記録するようになってから。
もともとは、田辺さんが自分の面白い部分を理解していないことが多くて、養成所の先生に「隣にいる酒寄が、田辺の面白いところやいいところを覚えておいて、話してあげられるようにしてね」と言われたことがきっかけでした。
田辺さんの面白かったことを覚えておくことが習慣になって、それがぼる塾になってもずっと続いている感じです。
3人の面白さを伝えるのはトークだけじゃなくて、文字でもできるんだと気づきました。これからも書き続けていきたいですね。
(取材・文:澤木香織/写真・動画:坪池順)
▼書籍情報
『酒寄さんのぼる塾生活』(ヨシモトブックス)
発売日:2023年2月27日
定価:1350円+税
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「私なんて捨ててくれ」と思っていた。ぼる塾・酒寄さんが“変わる勇気”を持てるまで。育休中の葛藤の先に見つけたこと