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2015年に採択された持続可能な開発目標SDGs。2030年の未来を見据えて設計された目標に対し、現在の日本は、環境整備が整い、サスティナブルアクションのPDCAを回していく“SDGs2.0時代”にあります。
このフェーズで重要なのは、先駆者から学ぶ視点と、具体的アクションへと落とし込む実践の場。この2つを実現する場として、Makaira Art&Design主催の「ザ・ソーシャルグッドアカデミア」 の第4回が開かれました。
第4回のテーマは「大手企業のソーシャル事業創出の最前線」。
オムロン株式会社 執行役員 兼 イノベーション推進本部 本部長・石原英貴さんと、株式会社リブ・コンサルティング ディレクター・松尾大輔さんが登場しました(ファシリテーション:ザ・ソーシャルグッドアカデミア 代表・大畑慎治)。
大企業の中で、新規事業開発の立ち上げ・マネジメントに尽力してきた石原さんと、コンサルティング会社で規模問わずさまざまな企業の新規事業立ち上げに伴走してきた松尾さん。大手企業が社会事業を行う際に抱えがちな課題と、その解決のヒントを話し合いました。
「インパクト>リターン・リスク」で進める
松尾さんは、これまで見てきた数多くの企業の事業開発の実例から、大手企業が社会事業を行う際にハードルとなりやすいものとして、以下の3つを挙げました。
①意思決定
②組織風土
③タイムリミット
最初のハードルとなるのが意思決定。多くの経営者は、事業立ち上げに伴ってリターン・リスク・インパクトの3つの評価軸を用いて、投資判断を行います。この“物差し”のコントロールが重要である、と松尾さんは考えています。
「社会事業の始まりは、インパクト重視であることが多いです。この事業を実行すればどれだけ社会に良い影響があるか?先進性や独自性は高いか?……そこを意識して事業を開発するのに、段々と評価基準がリターンとリスクばかりを重視するようになり、道半ばで頓挫してしまうことが往々にしてあります」(松尾さん)
意思決定がブレていく原因の一つに、経営層の過去の成功体験が根強くあるのではないかとオムロンの石原さんは分析します。
「大手企業の経営層には、新規事業の開発を経験したことのある人はあまりいないと考えます。つまり、インパクトをスタート地点に事業を考えたことがない。既存事業を強化することに秀でた人たちが多いため、売上や優位性に言及しがちなんです。しかし、そもそもリターンとリスクが保証されていたら、すでに他の人がその事業はやっているはずですよね」(石原さん)
もちろん事業である以上、リターンとリスクを度外視することはできませんが、物差しを使う順番を意識すべきだと石原さんは付け加え、次のように続けました。
「オムロンの場合、(1)解決したい課題(2)課題解決の仮説(3)それを事業化できる社会的な潮流、この3つが揃っていれば事業開発の最初のフェーズを満たしていると考えます。そこから、ヒトとカネを投資するフェーズに進んで初めてリターンとリスクに目を向けるんです」(石原さん)
新規事業を開発するにあたって辿るフェーズと、そのフェーズごとに使うべき物差し。オムロンでは、これらが明確化されたことで、経営層での議論のフォーマットも確立され、意思決定がスムーズになったと言います。
石原さんは、何度も「とにかく事業開発の過程をオープンに」と繰り返しました。情報格差の生まれやすさも大手企業が抱えがちな課題だと感じているからこそ事業の透明性を追求すべきだといいます。
「応援者」を巻き込む
続いて二人が話し合ったのは、2つ目のハードルである「組織風土」。
大企業が社会事業に取り組む際に組織風土が壁になる理由は、会社とプレイヤーの関係性にあります。これまで、ザ・ソーシャルグッドアカデミアでは、課題発見と解決策の事業化を自身で成してきた社会起業家たちに話を聞いてきましたが、そうした起業家と、大手企業の一員として社会事業を開発するプレイヤーには「違いがある」と松尾さんは指摘します。
「大手企業ならではのプレイヤーの悩みというのがあるんですよね。自分の意志よりも組織への貢献が優先されたり、会社からのミッションとして社会課題解決が振られたり、プロボノ活動(※)としてやるしかなかったり……」(松尾さん)
(※プロボノ活動:本業で培った専門スキルを用いて無償で社会貢献を行うこと)
この時、不可欠なのは「応援者の存在」だと松尾さん。
「思いが強い個人だけが頑張っている状態は危険なんです。アセットを有効活用するには、投資の権限を持っている人が応援者となり、挑戦者(思いを持つ個人)を後押しするような組織風土が育まれているか否かが重要ですね」(松尾さん)
新規事業を担うイノベーション推進本部に約100名のメンバーが在籍し、複数の新規事業が同時多発的に起こっているオムロンは、どのように応援者を増やす工夫をしているのでしょうか。
石原さんはずばり「コミュニケーション」だといい、「事業の中身と同じくらいメンバー間のコミュニケーションを大切にしている」と語ります。
「(新規事業創出に向けた)フェーズごとに明確な意思決定をし、組織内で細やかにコミュニケーションをとります。こうした積み重ねが組織風土にもポジティブに働くんです。フェーズをきちんと分けることで、事業開発のステップが明確になり、経営層が安心する。お客様にも、事業の進捗と次の成長を明示できるので信頼していただける。担当メンバーも今何をすればよいか、次に進むためには何が必要なのか共通言語のもと理解できる。コミュニケーションの風通しがよくなり、結果、お互いが応援を得やすい環境になっていると思います」(石原さん)
期限を決めて、より多くの変化を
3つ目のハードルは、タイムリミット。豊富なアセットを持つ大手企業ですが、裏を返せば、“いつまでも事業を継続できてしまう”ということ。出資を募り、資金が尽きるまでに結果を出さなければいけないスタートアップ企業には、明確なタイムリミットが存在しますが、大手企業は、安定して利益を生む既存事業があるからこそ“期限を決めて動く”という意識に欠ける場合が多いと松尾さんは指摘します。
期限がなくとも、事業自体のモメンタム(勢い)は、時間の経過と共に減退していくものです。ウォーターフォール型(※)開発モデルを用いて、2、3年後のリリースを目指していては、時代の潮流も変わってしまいます。松尾さんは「事業開発は何よりスピード感が大事」とし、「モメンタムの賞味期限は2年」と強調します。
(※ウォーターフォール型:上流工程から下流にそって開発を進める手法。開発を小さな単位に分けてPDCAを何度も繰り返す「アジャイル型」と対照的なものとして用いられることが多い)
「限られた時間のなかで成果を出すには、組織の内部と外部とで、仮説検証をとにかく繰り返すことが肝心です」という松尾さんに、石原さんも同意しました。
「オムロンでは、テストマーケティングで事業化の道筋が見えた後、トライアルの期間を設けています。おおよそ2年間程度、予算を決めて事業の採算性と拡張性を検証計画のもと見極めるんです。KPIをどこに置くかは事業によって異なります。重要なのは達成できたかどうかではなく、達成するための課題が明確になるかという点なのです」(石原さん)
また、「仮説検証の過程で、最初に想定していた手段の変更を受け止めることも必要」だと石原さん。
「自分たちの強みはこれだ!と、最初の目論見に固執していてはピボット(事業戦略の軌道修正)を妨げてしまいます」
最後に松尾さんは、ゴールとイシューを明確にすることが必要不可欠だと力説。「一次情報を自ら取りに行き、解決できる課題と、それができた未来をはっきりと描くことが大事」と議論をまとめました。
安定した企業活動を行っている大企業ゆえに芽生える新規事業開発の課題。資金やリソースなど外的要因に左右されにくいからこそ、細やかなコミュニケーションと仕組みで解決していくことが重要なのでしょう。
(執筆:野里のどか、編集:黒木あや、毛谷村真木/ハフポスト日本版)
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