もし、自分が差別をされたらどう感じるだろうか。外見や性別で、性格や好きなもの、将来を決めつけられたら?それを公然と行うのが教師で、自分がまだ幼かったら?
それを実際に体験する授業がこの夏、立教大学で行われた。
「(女の子が)算数を頑張ってどうするの」「(男の子は)もっと元気よく」
こういった言葉を教師から投げかけられ続けた学生たちは、諦めとともに教師の求める「正しさ」を受け入れ、スムーズに授業が進むよう立ち回り始めてしまうーー。
大学生たちの体験を追った。
男女差別を擬似的に体験
「差別体験授業」を受けたのは、立教大学で教職課程を履修している1、2年生。担当する川村学園女子大学教育学部教授の内海﨑貴子さんは、2004年からこの授業を続けている。
科目は「道徳教育の理論と方法」。体験授業は道徳の授業方法の一例であり、子どもの人権について深く考えるという狙いもある。
6月に行われた体験授業に参加したのは男女22人。学生たちは10歳の小学4年生で、新しいクラスの最初の授業という設定だ。
内海﨑さんは「これは男女差別を擬似的に体験するものです」「10歳だったら何と言うか考えながら発言してください」とした上で、自分が教員という立場だったら、という視点も持ちながら授業を受けるよう呼びかけ、体験授業が始まった。
初めにするのはじゃんけん。勝った人は目立つところに黄色いリボンを結んで教室の前方に、負けた人は後方に座るよう指示される。
「まずは委員長を決めます。委員長はクラスをまとめる人だから、リーダーシップがあって、みんなの意見を調整できる人。そういうのはリボンありの仕事だと思います」
「リボンがない子はみんなきちんと足を揃えて座って。ほらそこ、足を広げない」
内海﨑さんは学生たちをリボンの「あり」「なし」のみで判断し、威圧的に「あるべき姿」を何度も何度も押し付ける。
多くの学生たちは笑いとため息まじりにその要請に応じるが、明らかな不快感を示す学生もいる。しかし、内海﨑さんは「足を閉じて座りなさい。あなたはリボンなしなんだから」などと一歩も引かない。
その後も好きな色や教科、将来の夢などを尋ねるプリントを配って自由に書かせるが、それらには全て「正しい答え」が用意されている。
例えばこうだ。
リボンあり=青や黒などの色が好きで、理系科目や体育などを好む
リボンなし=ピンクや黄色などの色が好きで、文系科目や家庭科などを好む
「リボンなし」の学生が「算数が好きです」と言えば、「国語にしなさい」。「国語嫌いです」と言われても、「リボンのないお友達が算数頑張ってどうするの。じゃあ音楽にしなさい。そのうち先生の言ってることが分かるから」。
折り紙の買取価格にも差「クオリティを上げればいい」
「保育園の子どもたちに贈る折り紙を作る」というワークでは、はっきりとした差別に空気が凍った。
リボンありの子が作った折り紙は1個100円、リボンなしの子が作った折り紙は1個50円で校長先生が買い取るというのだ。学生たちから笑みが消え、教室がシンと静まり返る。
不満そうなリボンなしの学生。リボンありからは「クオリティを上げればいい」「倍作ればいい」というアイデアも出る。
リボンなしの1人が「校長先生にお願いに行く」と言うが、一緒に行く人を募っても手を挙げたのはリボンなし2人、リボンあり1人だけ。手を上げなかったリボンありの1人は理由を聞かれ「そういうの積極的にやるタイプじゃないから」とだけ答えた。
結局内海﨑さんが「これは決まりです。もらえないより良いでしょ。このあと、リボンなしの子は折り紙のラッピングのお手伝いをしてください。リボンのある子は外で元気に遊んでね」とし、体験授業を締めくくった。
「こういうふうに個性を抑えつけると学級運営はうまくいってしまうんだろうな」
印象的だったのは、内海﨑さんとのやりとりを続けるうち、教室内では徐々に「正しい答え」に合わせることが諦めとともに受け入れられていったことだ。ある「リボンあり」の学生は内海﨑さんに当てられる前に、好きな科目に「社会」と書いてあったのを消し、「算数」に直した。
従わなくても指導されるだけ。教室の雰囲気が悪くなるし、「空気を読めないヤツ」になってしまう。先生の望む答えを出した方がスムーズに授業が進むし、「さすがリボンありだね」などと褒められる。
諦めて差別を受け入れることで教室という社会がうまく回る。その恐ろしさを、学生も感じていた。
法学部1年の米川櫻子さんは授業後「正直、こういうふうに個性を抑えつけてしまうと学級運営はうまくいってしまうんだろうなとも感じました」と話した。
「今の自分は先生の言っていることが100%正しいわけじゃないと分かってるけど、小中学生がそういうことに気づくのは難しいと思う」
「通常、小学生の6年間というのはあらゆる面で大きく成長する時期だと思うけど、教師によっては逆に視野が広がらなかったり、成長を止めてしまったりするのではないかと感じた」
この他にも学生からは、「個性を否定された感じがした」「先生がそばに来るのが嫌だった」「ユニークな人がいなくなる」「『空気読めよ』っていういじめの原因になる」などの感想が出た。
学生は体験授業の前に2ヶ月以上内海﨑さんの講義を受けており、内海﨑さんがこういった差別を行わない相手だとよく知っている。本気でないと分かっていても、笑いが起こっていても、笑顔で応じていたとしても、嫌な思いをしていたことが伝わってきた。
専攻分野の偏り、賃金格差…社会を反映
このような差別は「過去のもの」ではない。極端に表現している部分もあるが、事実に基づいている。
例えば、理系の分野を学ぶ女子が男子に比べて少ない理由は成績ではなく、環境だ。
内閣府の男女共同参画白書(2019年度版)によると、国際的な学力調査の結果では、女子の科学的リテラシーや数学的リテラシーの点数は、国内では男子よりは低いが諸外国の女子、男子よりも高い。しかし大学の専攻分野では特に理学・工学では特に女子が少なく、国際的に見ても女性研究者が少ない。
この原因について白書では「周囲の女子の進学動向、親の意向、ロールモデルの不在等の環境が影響していると考えられる」「女子の理系回避の原因は成績ではなく環境」と結論づけている。
また、厚労省による2021年の調査では、男女間の賃金格差は男性を100とした時に女性が75.2。いまだ差は大きい。
折り紙のワークで弱い立場の「リボンなし」だけが「クオリティを上げる」などの努力を求められる、状況を変えるために動こうとしても同調する人が少ない、などの状況は、いかに「こういうもの」とされてきた慣習を変えることが難しいかという現実を写しているかのようだった。
「弱者としての視点を覚えておいてほしい」
授業のまとめで、内海﨑さんは慣習の恐ろしさについても触れた。
「繰り返し繰り返し属性で区別・差別をしていると、そういうものだと思い込ませてしまいます。もちろん配慮や区別が必要な時もありますが、なぜ区別するのか説明できるかどうかが重要です。教育実習に行った時には、ぜひそういう視点で学校を見てみてください」
学生たちにとって、この授業の印象はかなり強い。卒業時のアンケートで一番印象に残っている授業として上げる学生も少なくないのだという。
川村学園女子大学や立教大学、教育委員会や自治体が行う教職員向けの人権講座などでも長くこの授業を続ける内海﨑さん。ハフポスト日本版の取材に「学校教育で、ダイバーシティを大切にしていくというのは人権の視点から言って最も重要」とし、体験授業に込めた思いをこう振り返った。
「体験では、絶対的な弱者に置かれたわけですよね。その弱者としての視点を覚えておいてほしい。弱者への眼差しを、自分がどうなのかというのを振り返ってほしいと思います」
「教員が持っている権威というのは、子どもたちに大きな影響を与えます。子どもたちの長い人生のたった1年でも、発達から考えるとかけがえのない1年だと忘れないでほしい」
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「差別体験授業」を受けた大学生に何が起こったか。漂う諦めと、強烈な不快感