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【ペロシ氏台湾訪問】「誰もメリットを説明できない。米中の対話ムードは吹き飛んだ」専門家が指摘

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アメリカのナンシー・ペロシ下院議長は8月2日夜から台湾を訪れ、翌3日には蔡英文・総統と会談。台湾と世界の民主主義を守る「アメリカの決意は揺らがない」などと連帯を表明した。

一方で、訪台に強く反対してきた中国は、台湾を取り囲むような形での軍事演習の実施を発表。台湾海峡をめぐる緊張感が増している。

今回の訪台で、中国からの武力を用いた統一の脅威に晒されてきた台湾が得たものはあったのか。また、台湾へ武器供給をする一方で、中国との対話も続けるなどバランスを保ってきたバイデン政権に与える影響は何か。

米中対立などに詳しい東京大学東洋文化研究所の佐橋亮・准教授(国際政治)に聞いた。

蔡英文相当から勲章を受け取るペロシ下院議長 (Photo by Chien Chih-Hung/Office of The President via Getty Images)蔡英文相当から勲章を受け取るペロシ下院議長 (Photo by Chien Chih-Hung/Office of The President via Getty Images)

■「レガシー作り」「バイデン政権はショック」

Q.ペロシ氏はこれまで蔡英文・総統と会談し「民主主義を守るアメリカの決意は揺らがない」などと話し、超党派で台湾に連帯する姿勢を示しました。蔡英文総統もペロシ氏を「最も揺るぎない友人」と表現し勲章を贈るなど歓迎しました。今回の訪台をどのように評価しますか。

佐橋准教授:

何のための訪台だったのか良く分かりません。「安全保障、経済、民主的統治」が重要だと示すために来たとペロシ氏は話していますが、それは訪問して話さなくても誰でも知っていることです。ペロシ氏は何かを持って来られる立場になく、むしろ勲章をもらって帰るだけです。

米中関係について言えば、まず短期的には、これから台湾の東側も演習区域に含めた(中国人民解放軍の)軍事演習があり、日本も距離的に非常に近い。またサイバー攻撃が発生し、中国と台湾の貿易関係でも様々な制約が輸入・輸出で発生しています。

中長期的に考えれば、当面の間バイデン政権と習近平指導部は対話をする気力を失うでしょう。過去2ヶ月くらいあった対話ムードは完全に吹き飛びました。経済やロシア・ウクライナ戦争などもあり、米中は強硬姿勢を維持しながらも必要な対話をやろうと考えていたのですが、その雰囲気は無くなった。

デメリットはありますが、何がメリットだったのか。誰も説明できない。ペロシ氏の訪台が台湾や台湾海峡の安定にとって何かプラスを生んだのか、説明できないのです。ペロシ氏の下院議員としてのレガシー作りと言えるのではないでしょうか。

Q.アメリカのバイデン政権はこれまで台湾関係法(TRA)に基づき台湾に武器供給をする一方で、中国側との対話を継続するなど、バランスをとってきた印象です。今回の訪台がこうした台湾政策に影響を及ぼすのでしょうか。

佐橋准教授:

台湾海峡の安定を実現し、台湾の民主主義を守るために米台関係を強化していくことは重要です。そのためには粛々とやることが一番大事なのです。台湾はこれまで以上に防衛努力をしなければいけないし、台湾有事が本当に発生した場合に備えてアメリカも日米も米台も動いていかなければいけない。

こういった中でバイデン政権は、対中強硬論または米台関係の強化ということをやりながら、中国との対話チャンネルを拡大していくということを同時に実現しようとしていたわけです。トランプ政権時代よりも対話のウイングを広げようとし、関係を安定させながら中国と競争し、台湾を支援するやり方を模索していました。彼らなりにバランスをとりながら戦略を描いていたわけです。しかしその計算も今回の訪台で当然の間お預けとなったと思います。

佐橋亮・東京大学東洋文化研究所准教授。専門は国際政治学佐橋亮・東京大学東洋文化研究所准教授。専門は国際政治学

Q.バイデン政権は下院議長であるペロシ氏の訪台は「三権分立があるためコントロールできない」と説明しています。しかし中国はその理屈を受け入れませんでした。

佐橋准教授:

バイデン政権が最後のところでペロシ氏を止めきれなかった理由はやはり三権分立にあると思います。議員外交を止める権利を強く主張し続ければ議会との間に禍根を残しかねない。加えて、『何をそんなに恐れているんだ』という話にもなってしまう。アメリカ自体の信頼性にも関わってしまうわけです。

米中首脳会談(7月28日)でも、あそこまで中国側に(ペロシ氏を訪台させないように)言われてしまった。逆に行かせなかったら、アメリカの行動が他国によって変えられた先例を作るということになってしまう。これはアメリカにとって一番良くないことなのです。中国側もアメリカ外交を分かっていないと思います。

Q.中国はすでに、台湾を取り囲むような海域と空域で「重要軍事演習」を実施すると予告しています。軍事的な衝突にまで発展することはない、との見方も強いですが、緊張はどこまでエスカレートするとみられるのでしょうか。

佐橋准教授:

楽観的な見方をすれば、大規模な演習などはそこまで長くは続かないと思われます。

他方で中国からすれば、元々無くなりかけていたバイデン政権への信頼が完全に失われたと思います。バイデン政権はこの1年半、中国との危機管理のためのメカニズムを作ろうとしていました。中国も戦争を望んでいない以上、究極的には(危機管理メカニズムが)必要だと今回の件でも痛感したと思いますが、交渉する雰囲気ではない。

中国ではこれから北戴河会議(党長老らと習近平指導部が意見調整を行う非公式会議)です。8月に何をやれるのかと言えば(対話路線とは)逆で、強気に出ざるを得ない。米中の競争が対決や衝突に変わってはいけない。それを防ぐための土台を作らなければいけないはずですが、アメリカの与党の下院議長が壊してしまった。バイデン政権は相当なショックを受けていると思います。

Q.松野官房長官は「軍事演習の実施地域には日本のEEZ(排他的経済水域)も含まれる」と明らかにしています。この状況下で日本が果たせる役割はあるのでしょうか。

なぜ日本はこんなに悠然と、リラックスして構えていたのでしょうか。(中国軍の)演習区域は日本のEEZに及び、与那国島のすぐ北と南が含まれる。日本にできることといえば、私たちの生命、財産、国土を守るために警戒を続けるということではないでしょうか。

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