政府が閣議決定した2022年版の男女共同参画白書で、配偶者控除などの制度を見直す必要があるとの提言が盛り込まれた。
「もはや昭和ではない」
「家族の姿は変化し、人生は多様化しており、こうした変化・多様化に対応した制度設計や政策が求められている」ーー。
共働き世帯が増える一方、専業主婦の減少傾向が続いていることなどを踏まえ、時代に合った制度への変更を求める内容だ。
見直しの提言を前向きに受け止める声が上がる一方、生活介助が必要な親や子など家族のケアのため、働きたくても働けない状況に置かれた人たちからは不安の声も聞こえる。
配偶者控除は、日本では不十分な公的福祉を補うため、ケアの担い手を家庭内に置き、その人が外で働けない分の事実上の“補填”とされてきた側面もあるからだ。
何が問題になっているのか。配偶者控除が廃止されるとしたら、代わりにどんな福祉制度が必要なのか。
医療的なケアを必要とする子どもの親や専門家に聞いた。
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妊娠31週の妊婦健診の日。稲葉さん=福岡県=は、おなかの子の心臓などに異常があると医師に告げられた。その1か月後の検査で、染色体に異常がある「18トリソミー症候群」との診断を受けた。
「もうすぐ生まれるという時に、私たち夫婦は赤ちゃんをどう看取るかという話をしなければならなくて。頭が真っ白になりました」
「生きて生まれてくることはできない」と医師から告知を受けていた赤ちゃんは、お産時に仮死だったものの、新生児集中治療室での入院を経て奇跡的に命をつないだ。誕生から1か月足らずで、きょうだいの待つ自宅に連れ帰ることができた。
稲葉さんの第三子であるじゅん君は現在、1歳8か月。首も腰も座らず、酸素チューブを24時間装着したまま、ベッドで寝たきりだ。10を超える合併症を抱え、体調はいつ急変してもおかしくないため、一日中付き添いが欠かせない。
病院勤務の夫は夜勤が多い。この2年弱、夫の勤務時間中は稲葉さんがじゅん君のケアを担っている。夫が自宅にいる時間に合わせて仮眠をとる生活だ。双方の実家の両親はいずれも持病や高齢のため、頼れない。
複数の保育園に掛け合ったが、障害の重いじゅん君を受け入れる態勢が整っていないとして拒まれたという。
一日に利用できる訪問看護サービスは1時間ほど。じゅん君を受け入れてくれる通所支援のデイサービスが見つかり負担は軽減されたものの、重度の障害児に対応できる看護師は人数が足りず、利用できるのは月に2〜6日。その上預けられるのは送迎時間込みで一日4時間だ。
高校時代から志した仕事
稲葉さんは、病院のケアワーカーとして15年以上のキャリアを積んできた。志したきっかけは高校生のとき。パーキンソン病の祖母がスプーンを使って食べ物を口に運ぼうとした際、訪問看護師が「こぼれたら掃除しなきゃいけないでしょ。こっちが食べさせるからやめて」と、きつくたしなめたことにショックを受けた。
「自分の体で人生を少しでも楽しんでほしい。生きてるっていいなって、いくつになっても思ってもらえるようお手伝いがしたかったんです」
日常生活の介助をサポートする中で、その人のできることが一つひとつ増えて笑顔になる。退院後、患者さんが「顔が見たくなっちゃって」と会いにきてくれる。仕事にこの上ないやりがいを感じていた。
じゅん君が生まれてからは、預け先がないため復職が叶わず育休を取得している。秋には2年間の期限を迎え、このままいけば稲葉さんは職を失うことになる。
配偶者控除や障害者控除を受けているほか、特別児童扶養手当や介護手当などで毎月約7万7000円が支給されるものの、フルタイムで働きボーナスも受け取っていた頃の収入には程遠い。
「上の子2人もこれからますますお金がかかる時期になるのに、今の状況でさらに配偶者控除が見直しとなったらどう暮らしていけばいいのか…」
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2022年版の男女共同参画白書は、共働き世帯は増加している一方、「男性雇用者と無業の妻」のいわゆる「夫と専業主婦」世帯は減少傾向にあると明記。
さらに、配偶者の所得制限を設ける配偶者控除などの税制や社会保障、企業の配偶者手当てといった制度・慣行が、「女性を専業主婦、または妻は働くとしても家計の補助というモデルの枠内にとどめている一因ではないかと考えられる」と指摘した。
その上で、配偶者控除などを念頭に、「育児・介護等無償ケア労働の担い手に配慮する場合にも、専業主婦全般を対象にしたものから、無償ケア労働を担っている人への配慮へと切り替えていくべき時である」と提案している。
「無償ケア労働を担う人への配慮」と言及されているものの具体策は記されず、稲葉さんは不安を拭えないという。
「障害のある子どもを産んだり、家族が突然障害者になったりすることは誰にでも起こる可能性があります。預け先も経済的支援も不十分では、これからの世代は怖くて子どもを産みたい場合にも産めなくなってしまうのでは。制度を見直すのであれば、当事者の声を聞いた上で政策に生かしてほしい」
医ケア児の預け先、確保に困難は6割弱
人工呼吸器など医療的なケアが必要な子ども(医療的ケア児)の家族を対象にした厚労省の調査(回答数:843件)では、「家族以外の方に、医療的ケアを必要とする子どもを預けられるところがない状況にあるか」(学校を除く)との質問に、「当てはまる」「まあ当てはまる」と答えたのは計57%に上った。
預け先がない状況を改善するために必要なサービス(複数回答)は、「日中のあずかり支援」(75.6%)、「学校や通所サービスにおける看護の支援」(56.3%)、「宿泊でのあずかり支援」(54%)の順に多かった。
「医療的ケアに必要な費用で家計が圧迫されている状況にあるか」との問いには、「当てはまる」「まあ当てはまる」は計39.2%だった。
医療的ケア児などの家族を支援する会「ウイングス」代表の本郷朋博さんは、「重い障害のある子どもは特に社会の受け皿が確保されてなく、地域格差も大きい。運よく通所施設に通えたとしても、こうした子どもたちは体調を崩しやすいため入院や自宅でのケアが突然必要になる。在宅ワークや短時間労働など、柔軟な働き方が認められる職場でなければ仕事を継続することは極めて難しいです」と話す。
ウイングスと関わりのある医療的ケア児らの家庭では、母親が仕事を諦めざるを得ないケースが多いという。子どものケアのため離職した人の中には、看護師や教員など専門スキルを持っていたり、語学力に長けていたりと社会で活躍してきた人もいる。
医療的ケア児を育てる親に限らない。親の介護のほか、事故や病気などで生活介助が必要になった人のサポートなど、様々な事情で家族のケアを担い、地域に預け先がなく外での仕事を諦めざるを得ない人たちがいる。
本郷さんは「働きたい意思のある人たちが働けない状況は、社会にとっても損失なはず」とみる。
ケアは「家族がするもの」という意識
配偶者控除の撤廃を含む見直しは過去にも叫ばれたが、廃止には至っていない。今回の白書の提言も、どこまで議論が深まるかは不透明だ。
鹿児島大の伊藤周平教授(社会保障法)は、「障害者や高齢者の介護は家族がするのが当たり前という意識が日本でいまだに根強く、家族への支援が圧倒的に足りていない」と指摘する。
伊藤教授によるとドイツでは、介護者のいる世帯への現金給付のほか、介護を担う家族を賃金労働者として自治体が雇い、生活介助中のけがなどを労災の対象とする仕組みがあるという。
「ドイツでは介護は家族がするものではなく社会化され、家族が担う場合も賃金を支払うべき労働としてみなされています。そのため介護する家族も追い詰められることなく、経済的・心理的な余裕を持ってケアに当たることができます」
日本では、ケアや介護をする家族が大きな負担を抱えているのが現状だ。配偶者控除が廃止となった場合、代わりにどのような福祉制度や支援策が必要なのか。
伊藤教授は、「障害児らに対する手当や現金給付が少ない中で、配偶者控除が経済的な負担を軽減する一端を担ってきた側面がある」と話す。
「ケアの必要な子や親と暮らしていても働きたい人が働けるよう、預け先の施設を拡充すること、そのために看護師ら専門職の待遇を改善して人手不足を解消することが長期的には必須です。ただ、そうしたサービスをすぐに提供できない中で配偶者控除を見直すのであれば、少なくとも障害児らに対する手当を増額するなど経済的な支援の強化とセットにするべきです」
<取材・文=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>
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配偶者控除の見直し提言に、重度障害児の親「働きたい。でも…」識者は手当の拡充求める