罪を犯した人に寄り添い、更生を支える保護司の奮闘を描いた映画『前科者』が1月28日に全国公開される。有村架純さん演じる主人公・阿川佳代は28歳の新人保護司。コンビニのアルバイトで生計を立てる傍ら、刑務所出所者らの社会復帰に情熱を傾ける。人生に躓いた「前科者」たちを、寄り添い続けることで救えるのかー。社会に問いかけるヒューマンドラマだ。
しかし、現実として主人公のような20〜30代の保護司は「絶滅危惧種」とも言えるほど希少な存在だ。年々高齢化と先細りが進み、40代が「若手」と呼ばれている。保護司の存在意義とは。そして若者が参入しない背景は。作品の公開を機に、現役の20代保護司らとともに現状を考えたい。
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国家公務員だけれど、給与のないボランティア。保護司の役目とは
そもそも、保護司という仕事自体をご存知だろうか。
刑務所の仮釈放者や少年院の仮退院者、非行少年たちには、社会の中で更生を図るため、一定期間の「保護観察」と呼ばれる処分が下される。保護観察を担うのは、全国各地の保護観察所に配置される保護観察官と、民間の保護司。互いの専門性と地域性を生かしながら、生活状況を把握したり、指導や助言を行ったりするものだ。
保護司は法務大臣から委嘱された非常勤の国家公務員という身分ではあるものの、給与の支払いはなく、実態は民間ボランティアと言っていい。月に2回程度、自身が担当する仮釈放者らと面会し、生活や仕事について話し合ったり、保護観察開始時に定められた遵守事項(共犯者との交際を断つなど…)が守られているかを確認したりするのが主な仕事だ。
他にも、刑務所や少年院などにいる人の釈放後の住居や身元引受人などを調査する「生活環境調整」や、犯罪防止活動など、活動は多岐にわたる。定期的な異動が多い保護観察官に対し、地域の事情に精通し、息長く対象者と寄り添える保護司の存在は、スムーズな社会復帰に欠かせない。
40歳未満の保護司はたった0.8%しかいない
実はこの保護司制度、日本発祥の取り組み。フィリピンなどにも制度が「輸出」されており、国際的な注目を集めている。
しかし、保護司の数は年々減り、2021年1月時点で4万6358人。平均年齢は65歳。定年退職した60歳以上の高齢者が保護司の中核を担ってきたものの、定年年齢の引き上げなどにより、人材確保が難しくなっている。
年齢層にも着目したい。保護司のうち8割近くを占めるのが60歳〜70歳以上の高齢者。一方で40歳未満は0.8%にとどまる。
さらに、法務省保護局によると、主人公と同じ20代の保護司は4万6358人中、12人しかいない。うち女性は2割程度と推定されるため、「20代女性保護司」は日本に2、3人しかいない計算になる。
保護司の再任は原則は76歳まで、特例でも78歳までのため、8割近くを占める60歳以上の保護司は、ここ十数年の間に退任時期を迎えてしまう。退任者数が新任者数を上回る状況が続いており、担い手不足はかなり深刻だ。なぜ、保護司は年々減り続けているのだろうか。
大阪府でたった一人の20代の保護司。「年齢が近いからこそ話せることがある」
大阪府北部に住む櫛辺悠介さん(くしべ ゆうすけさん、28歳)は3年前に保護司になった。府内に約2900人いる保護司のうち、20代の保護司は櫛辺さんただ一人。私立高の教員時代、担任で受け持った非行少年たちから保護司の存在を知ったという。
「少年院に入っていた生徒の一人が『保護司と話すのは好きだ』と言っていたのが印象的でした。不登校や虐待、非行など多くの問題を抱えている生徒と触れ合ってきましたが、彼らの仲間までフォローすることは一教師としては難しい。そこまで手を差し伸べるにはどうしたらどうしたらいいのだろうと考えた時、民間の支援団体などにアプローチして出会った一つの道しるべが保護司でした」
学校の理解もあり、教員と保護司の二足のわらじを履いてきたが、「子どもたちに居場所を作りたい」との思いが強くなり、学校を退職。一般社団法人を立ち上げ、家庭に事情のある子どもたちの見守りなども行っている。
2021年秋、初めて保護観察対象者を受け持つことになった。ベテラン保護司と組んで担当するのは、無免許運転などの非行内容で、家庭裁判所から保護観察処分を受けた少年。今はまだ目を合わせて話すことすら難しく、月に2回の面談に来ないこともある。非行と向き合わせる難しさも感じているが、若手保護司ならではの「強み」もあるという。
「年齢が近いからこそ、よくも悪くも壁を作らずにコミュニケーションがとれるのではないでしょうか。人生の失敗は誰にでもあること。でも、その『失敗』がしてはいけない一線を超えたものだということを、これから丁寧に伝えていこうと思っています」
保護観察の対象者が少年などの若年層であった場合、60歳以上が8割を占める現状では、保護司と対象者の世代間ギャップが大きくなってしまう。法務省保護局の担当者も「40代以下の若い世代にも引き受けてもらい、年齢層の偏りを少なくしていくことが大切」と言う。
一方で、保護司の知名度不足は否めない。2014年の「基本的法制度に関する世論調査」によると、20代のうち63%が「保護司という言葉を聞いたことがない」と答えた。櫛辺さんも同じく、教員になるまで「保護司の『ほ』の字すら知らない」状態だった。
「同世代の友人に話しても『保護司ってなにそれ?』と言われることが圧倒的に多いですね。保護司が関わるであろう罪を犯した人たちを『触りたくない層』と考え、線引きしている人たちも多いと思います」
地域とのつながりが希薄な若者が保護司になる難しさ
保護司は各地域にある「保護司会」単位での活動も多く、定年が近づくと、住民同士の縁によって脈々と世代交代が図られてきた。こうした特性上、地域とのつながりが希薄な若年層を保護司に引き込むのは難しい側面もある。
20〜30代の保護司の場合は特に、親族に地盤を引き継ぐ「世襲政治家」のように、祖父母や両親からその役目を引き継ぐケースが多く見られる。さらに、地域のさまざまな事情に精通していることも求められるため、40代以下の保護司は他世代と比べても、寺院の僧侶など「宗教者」の割合が高いという。
大阪市平野区の「浄覚寺」住職の巖水法光さん(いわみず のりみつさん、44歳)もその一人。刑務所などで受刑者らを諭す「教誨師(きょうかいし)」を務める父の影響もあり、保護司でもあった檀家の誘いを受け、32歳で保護司となった。父は「塀の中」、息子の巖水さんは「塀の外」でそれぞれ更生を下支えしている。
これまで少年院の仮退院者ら19人を担当。ネグレクトなど家庭に事情を抱えた少年少女たちの社会復帰を見守ってきた。関係性は月に2回の面談にとどまらない。ある少年が保護観察中に事故を起こした時には、実母の代わりに深夜2時に警察署へと迎えに行った。就職に迷う別の少年には、電気工事士の資格取得を勧め、一緒になって試験勉強に打ち込むことすらあった。
「他の保護司よりちょっと若い分、彼・彼女らの感覚に立って『分かる分かる』と理解してあげることもできますし、小さい子どもを育てているからこそ、親の目線で諭すこともできます。子どもと親の間、ちょうどいい位置に立てるのではないかなと思います」
こうした寄り添った少年たちの多くは再犯などに至らず、無事に保護観察を終えている。ちなみに、『前科者』の作中ではこうして保護観察を終了した人々と主人公がその後も交流を続ける姿も描かれているが、実世界ではあまり推奨されていない。
保護司と対象者が接触するのは、あくまで定められた保護観察期間までであり、その後に特別な理由なく関わりを持とうとすることは、人権侵害になる恐れがあるからだという。また、保護司が関わり続けることで、保護観察を終えた人々の前科前歴の暴露にもつながりかねない。
「保護観察を終える子たちには『もう保護司としては会わへんで』と伝えています。道端で見かけることもありますが、あえて私から話しかけることは控えています。それでも『友人』として連絡をくれる子たちもいますけどね」
保護司は地域での顔が広い分、あえて一線を引くことが却ってスムーズな社会復帰の後押しになることもある。
「大丈夫なん?」 家族や友人から心配されることも
一方で、家族や友人からは、前科のある人と関わることへの抵抗感をあらわにされることもあるという。
「始める時に妻には『ほんまに大丈夫なん?』と心配されましたし、今もその不安は拭えないそうです。保護観察の対象者が来る時は、妻や子どもが会わないように気を使っています。知人を保護司に誘っても『そんな世界に関わってこなかったから怖い』と断られることは多いですね…」
2018年の「再犯防止対策に関する世論調査」によると、犯罪や非行をした人たちの立ち直りに協力したくない理由のうち、「犯罪をした人とどのように接すればいいのかわからない」(44.9%)、「自分や家族の身になにか起きないか不安」(43.0%)といった回答が目立った。一度社会のレールから外れた人々と関わる心理的ハードルが高いことを伺わせる。
「犯した事件が大きくなればなるほど就職が不利になるなど、周囲から『犯罪者』という目で見られがちです。でも、そうは思っていない保護司という存在が傍にいてあげたら、支えになる部分もあるのではないでしょうか。罪を犯した人たちが地域の中でやり直しができなければ、治安はますます悪くなります。保護司がそのための活動であることがメディアを通して伝われば、周囲の受け止め方も少しずつ変わっていくのではないかと思っています」
罪を犯した者はすべてが「悪」なのかー。前科者に寄り添う人たちの目
保護司と保護観察対象者の面談はこれまで、保護司の自宅で行うことが通例化されてきた。しかし近年は、複雑な問題を抱えた人々を自宅に招き入れることへの抵抗感が高まっているという。
家族の理解が得られず、保護司になるのを断念するケースも多く、「犯罪者の味方をするのか」と、知人から蔑まれる保護司もいると聞く。
罪を犯した者はすべてが「悪」なのかー。
映画『前科者』は、保護司の奮闘を描くとともにそんな問いを投げかける作品でもある。
無差別殺傷事件など凶悪犯罪が起こるたび、世間の「前科者」へのイメージは「悪」へと画一化されがちだ。ただ、彼らにはそれぞれ犯罪や非行に至るまでの背景があり、三者三様のストーリーがあるのだ。
保護司とは、それぞれ事情を抱える前科者たちに寄り添いながら、そのストーリーの描き直しを隣で見守る仕事のように思う。社会から、あるいは家族からも断絶されて生きていく彼らにとって、たった一人でも掛け値なしで傍にいてくれる存在は、大きいに違いない。
「『前科者』が描く阿川佳代さんは『アルバイトで生計を立てる若い独身女性』という設定から見れば、実は保護司のイメージとは異なりますが、罪を犯した過去から立ち直ろうとする人の苦難に寄り添い、ともに悩む姿はまさに保護司そのものです。映画を通じて、一人でも多くの方に、保護司というボランティアの存在を知ってもらい、『自分もやりたい』と名乗り出る方が現れることを願っています」(法務省保護局の担当者)
映画『前科者』は、2022年1月28日(金)から全国で公開される。配給は日活・WOWOW。
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罪を犯した人に寄り添う「保護司」、20代はわずか10数人しかいない。映画『前科者』公開で知ってほしい現状