メダル獲得ランキングは、オリンピック憲章違反になりかねないーー。
東京オリンピックが終盤を迎えた8月2日、IOCと組織委員会が公式サイトに掲載しているメダル獲得の順位表について、「オリンピック・ムーブメントの価値を損ないかねない」と指摘する意見書を、日本オリンピック・アカデミー(JOA)の理事会有志が提出した。
JOAは国際オリンピックアカデミー(IOA)に加盟する組織で、オリンピック理念の普及や教育などに携わっている。
IOCと組織委のサイトには、それぞれ英語と日本語の、東京オリンピックメダル獲得ランキングが掲載されている。
JOA理事会有志は、順位表の掲載がオリンピック憲章違反になりかねないと指摘しているが、どういった点が問題になるのか。
IOCと組織委のランキング
オリンピック憲章には、「オリンピック競技大会は、 国家間の競争ではなく個人またはチーム間の競技である」と書かれている。
そのため、メダルを獲得した入賞者について「IOCと組織委員会(OCOG)は国ごとの世界ランキングを作成してはならない」と明確に定めている。
この条文に沿えば、IOCと組織委が国別ランキングを掲載するのは許されないはずだ。
ただよく見ると、「国」という言葉は使われておらず、「チーム/NOC(国内オリンピック委員会)」別のランキングとなっている。
これに対して、JOAは「NOCの多くが国や地域単位で置かれているため、一般市民には『国・地域ごとのランキング』と同じ印象を与える」と、国ごとの順位表に相当するものだと指摘。
「国別ランキングを作成してはならない」という憲章に反する点を問題視している。
どんな問題が生じるか
JOAの理事を務める中京大学スポーツ科学部の來田享子教授は、組織委の理事でもある。
メダルランキングの掲載がオリンピック憲章違反になりかねない点を組織委に連絡し、組織委がIOCに確認したところ「過去の大会でも容認しており、サイトを外注して作成しているため時間的にも経費的にも削除ができない」という回答があったという。
來田教授は「オリンピックは国別対抗戦ではありません。徹底した国際主義の下に、国同士の違いや、争いを超えて4年に1度行われる大会です。メダルランキングはそのオリンピックの本質を壊してしまうような機能を持ってしまう」と危惧する。
メダル順位表は誤解を生じさせる
來田氏は、IOCと組織委によるメダル順位掲載の最大の問題は「オリンピックが国別対抗戦であるという誤解を生じさせること」だと話す。
「メダルランキングによって、どの国がメダルをとるかということが人々の関心事になってしまい、本来のオリンピックに対する理解を完全に誤ったものにしてしまいます」
「また、個人の選手たちの努力を大切にし、多様性を認め、そしてお互いの努力を称賛し合うという文脈が失われかねません。メダルを獲得することが選手の将来にも関わるという商業主義的な現実があったとしても、あえてそれを煽るような行為をIOCや大会組織委員会が行う必要はどこにもない」
來田氏は「メダルを数で数え、それを国のメダル数として合算することは、メダルをあたかも国の所有物であるかのように扱うことにもなる。オリンピックがはじまって以来、大切にされてきたスポーツの価値や近年のアスリートファーストという価値のどちらにもそぐわない」とも指摘する。
実際、東京大会をめぐっては、ベラルーシのルカシェンコ大統領が自国の選手のメダル獲得数が少ないことが国の威信に関わるような発言をしている。
IOCと組織委の見解は
メダル順位掲載について、IOCと組織委はどう考えているのか。
ハフポストの取材に対し、組織委は「メダル数に関するウェブサイト掲載は、過去の組織委におけるメダルに関する公表の仕方と同じであり、IOCと組織委で合意したものです」と説明。
オリンピック憲章違反については「IOCに確認して欲しい」と回答した。
ハフポスト日本版はIOCにも問い合わせているが、9月2日時点で返事はない。
オリンピックは国の競争ではない
近代オリンピックは元々、個人での参加だった。これは、スポーツによる国際平和を追い求めるために、過度なナショナリズムの高揚と国家間の対立を避けるためだったとJOAは説明している。
その後参加者が増えて、1908年のロンドン大会から、選手たちは国や地域ごとに設けられたオリンピック委員会(NOC)を通して参加するようになった。
NOCは国から独立した組織として作られ、來田氏によると、選手たちにオリンピック本来の理念を伝えるという役割を担った。
また「国対抗ではない」という精神は、オリンピック憲章に反映されてきた。
オリンピック憲章には、1949年版で初めて「オリンピック大会においては国による採点は行わない」と記述された。
これはちょうど第二次世界大戦が終わった4年後で、戦争の反省があったと來田氏は話す。
「この頃から、国同士が争うことや、自分の国が一番だという思いがあってはならないという条文がオリンピック憲章の根本原則に入ってきます。第二次世界大戦を反省し、国連ができた時期と一致しています」
また、1991年には現在の憲章と同じ「IOCとOCOGは国ごとの世界ランキングを作成してはならない」という記述になり、国ごとのメダルランキングを作ることが禁じられた。
これは、1984年のロサンゼルス大会を経てオリンピックが商業主義化した時期、そして国による経済力の競争が加速した時期と重なると、來田氏は話す。
競技で勝利することが重視され、オリンピック自体がブランド化し、メダルをとることと経済的な利益が密接に関わる中で、「憲章の中でメダルランキングを禁じることが議論されたのではないかと思います」
国同士の競い合いを助長しかねない
戦争などの過去を反省して、改定を重ねてきた、オリンピック憲章。
IOCはオリンピックムーブメントの目的を「若い人たちをスポーツを通して教育し、平和でより良い世界を築くこと」としている。
しかし順位表はその目的を損ないかねず、JOAは「国同士の競い合いを助長する可能性がある」と注意喚起する。
來田氏は「本当にオリンピックがオリンピックであろうとするならば、これは最もやってはいけないことの一つだ」と話す。
Source: ハフィントンポスト
「オリンピックは国別対抗戦ではない」IOCと組織委のメダル順位掲載を問題視