子どもを産むにはタイムリミットがある、というのは多くの女性の知る事実だが、そこには、主語が女性であるとして、子どもの父親になる人との出会いがまず前提にある。でももし一人で妊娠し、子どもを産み育てることができ、恋人は欲しくなった時に出会えば良いとすればどうだろう?今回はそんな選択をする女性たちの話。
デンマークのソロママたち
1997年に不妊治療が解禁されたデンマーク。当時、その対象は結婚またはパートナーシップ制のもとに同棲している男女に限られていた。2007年になると、その対象はレズビアンカップル(デンマークは同性間のパートナーシップ制度を世界に先駆け1989年に制定。同性婚は2012年)だけでなく、シングル女性にも適応される。それ以来、パートナーはいないが子どもを持ちたい女性たちが、匿名の精子ドナー提供や公的医療機関の支援を受けて、妊娠出産している。
パートナーとの子どもを望まず、一人で妊娠出産する女性のことをデンマークではソロママ(solomor)と呼ぶそうだ。ソロママになることを望むシングル女性の多くは、30代半ばを過ぎ、そろそろ妊娠のタイムリミットを意識し始めた人たちだった。しかし最近では、20代のシングル女性も妊娠を希望し、クリニックを訪れているという。2010年には76人だった20代の希望者は、2019年には177人(デンマークの人口は日本の約20分の1)。まだそれほど多くはないといえど、確実に増加傾向にある。
パートナーと子どもをもうけるのではなく、一人で産み育てることのメリットは、何といってもパートナーとの離婚、関係解消を気にすることなく、子どもとずっと継続して関われることだそうだ。デンマークでは夫婦ともに子育てに関わり、離婚率は48%(2020年)。離婚をしても共同親権で、親同士の関わりは続く。円満な関係であれば良いが、もしそうでなければ子どもをめぐっての対立もある。そういったことに振り回されず、自分一人で責任を持てることが魅力でもある。
また、子どもが一週間ごとに両親の家を行き来する場合、親子ともに離れる期間が辛い場合もある。ソロママを選ぶ女性たちの中には、自分が子どもの頃の体験を振り返り、自身と子どもとの関係をより安定させたいと考えている人もいる。
女性たちの中には、子どもを持ちたいという思いが既にあるのだから、体力のある今産んでおきたいと考えている人もいる。妊娠、出産にはタイムリミットはあっても、人生のパートナーを見つけるだけなら、男性と同じくそこにはタイムリミットはない。20代でソロママになることを選ぶ理由にはそういった人生設計もあるようだ。
しかしもちろん大変なことも想像できる。それは何より全てが「ワンオペ」であり、子育ての責任も重いということ。働きながら子どもを保育園に一人で送り迎えする(デンマークでは夫婦で交互にしている人も多い)ために、朝6時半に預けにいき、夕方のお迎えも閉園ぎりぎりになることもあるだろう。帰宅後は夕飯づくりやお風呂なども全部一人でこなさなくてはいけない。友人と会ったり、夜出かけることも難しい。日本では結婚していてもそれが叶わないことは多いけれど、子育てに関わる男性が多いデンマークでは、敢えてパートナーなしでの子育てを選ぶには勇気がいるともいえる。
ソロママ選択が可能な理由
あえてシングルで子育て、しかも20代でとなると、まず考えてしまうのが経済的な不安。
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デンマークでは、一人親世帯の貧困率が世界的に比較しても非常に低い。特に日本と比較するとその違いは明らかだ。この国では教育費と医療費が税金で補填されるためまずその不安がないだけでなく、児童手当も子供の成長とともに減額されるとはいえ18歳まで支給される。さらに、一人親がもし経済的にひっ迫している場合には、子どもの衣服購入手当や、休暇先を申し込む制度などもある。こういった環境があってこそできる選択なのかもしれない。
次に挙げられる理由は、職場での理解。一人目の子どもが生まれてから、離婚やパートナーシップの解消後、新しいパートナーと再婚、出産など、家族の形が変化していくことの多いデンマークでは、このような事情に対して職場の理解がある。あるいは、こういった事情を企業や職場が一切汲まなければ、優秀な社員を確保できなくなる可能性があるとも言われている。その結果、ソロママであっても、ワークライフバランスは整えやすいのだろう。
そして社会における家族形態の多様化も理由のひとつ。他の北欧諸国と同様に、家族の多様化はデンマークでも非常に進んでいる。公式な調査でも、37種類の家族形態があるといわれている。子どもと実の両親のみとの家族形態はそのひとつに過ぎず、全体の50%程度。あとは、一人親と子ども、親とそのパートナーとそれぞれの子ども、同性カップルとその子どもなど様々な形がある。(3世代同居はほとんどない)
わたしの子どもたちの友人にも、ソロママのもとに生まれた子や、レズビアンカップルのもとに生まれた子たちがいる。19歳で出産し、大学に通いながら子育てをしてきた人もいる。また両親が離婚・パートナーシップ解消をし、子どもたちはそれぞれの家庭に一週間ずつ暮らすという例も多い。親の離婚後、親の新しいパートナーとともにきょうだいが増えた子たちもいる。子どもたち自身がそういった多様な家族形態を日常的に経験しており、多様な家族の形はもう慣れっこなようだ。
ソロママといえば、デンマークの現教会・文化大臣、ジョイ・モーエンセンもその一人。彼女は2019年にソロママになる予定だったが、死産を経験。そして今年の終わりに、二度目の出産を予定している。現職大臣の出産・育児休暇はデンマークでは初めてではない。2011年にも別の女性の大臣が数か月間の産・育児休暇を取得。また今年は、男性の財務大臣も産児休暇の14日間に加え、育児休暇を2か月取得して話題になった。男性の育児休暇取得については、デンマークは他の北欧諸国に比べて遅れていることもあり、大臣は自ら休暇を取得することで、男性にも積極的に休暇取得を推進したい考えだ。ちなみにこの大臣の年齢は50歳。他にも子どもがいるようなので、もしかすると彼も多様な家族形態を経験しているのかもしれない。
選択肢が多いほど生きやすい社会
経済的な不安が少なく、多様な家族形態が一般的になってくると、女性たちがソロママを選択しやすくなるのだろう。パートナーと子どもを巡って対立することを避け、自分の人生を自分でカスタマイズしたいという発想も、とても現代的だ。それでも、子どもたちが豊かに育つ環境が保障されているのであれば、それもありなのかもしれない。実際、国際的な研究調査では、ソロママのもとで育った子どもと、実の両親のもとで育った子どもとの間に大きな違いはないそうだ。だとすれば、出生率を上げるためには20代、30代での婚姻数を増やすのではなく、子どもを産みたいと考える女性が、出産後もワークライフバランスが取れて生きやすい社会を実現することが必要だという結論にまた辿りつく。この結論はなにも新しいものではなく、ずっと語られてきたことだ。日本でも仕組みを整えていけば、子どもを産む人は増えるだろう。逆に社会が伝統的な家族の形にこだわり、多様性を認められなければ、子どもの数を増やすことは難しいのかもしれない。
【参考資料】
(2021年8月4日さわひろあやさんのnote掲載記事「子どもは欲しいがパートナーは未定ーソロママを選択をするデンマークの女性たち」より転載)
Source: ハフィントンポスト
子どもは欲しいがパートナーは未定〜ソロママを選択をするデンマークの女性たち〜