性的マイノリティや黒人・アジア系などの非白人。映画やテレビドラマにおけるマイノリティの役には当事者の俳優を起用すべきーー。
ハリウッドでは近年、マイノリティの役のキャスティングをめぐって、こうした風潮が高まっている。「白人男性偏重」が問題視されるなか、多様性と機会の平等を推し進めようという意図からだ。
アメリカに比べると人種・民族的な多様性が見えづらい日本で、ハリウッドの文脈をそのまま持ち込むことには議論の余地もありそうだ。ハリウッドを中心に高まるこうした機運を、日本の映画関係者はどう見ているのか。
「アカデミー賞とSDGs」をテーマに配信した「ハフライブ」では、映画監督の深田晃司さん、国内外の映画産業を取材する朝日新聞社記者の藤えりかさんがそれぞれの立場から意見を交わした。
ハフライブ「声をあげる映画界。アカデミー賞とSDGs」(4月22日配信)のアーカイブはこちら
「マイノリティ役には当事者を起用すべき」。背景にある「機会の不平等」とは?
2018年、俳優のスカーレット・ヨハンソンさんの「降板劇」がハリウッドで物議を醸した。実在のトランスジェンダー男性の役を演じることを発表した矢先、トランスジェンダーの俳優らから批判が噴出したのだ。
「トランスジェンダーの機会を奪わないで」。批判が高まった背景には、トランスジェンダーの俳優らには、シスジェンダーの俳優と同等のキャスティングのチャンスが与えられていないという問題がある。
シスジェンダー:出生時に割り当てられた性別と自分が認識する性別が一致している人
トランスジェンダー:出生時に割り当てられた性別と自分が認識する性別が一致していない人
ハリウッドでは、ヒラリー・スワンク(『ボーイズ・ドント・クライ』)やジャレッド・レト(『ダラス・バイヤーズクラブ』)、エル・ファニング(『アバウト・レイ』)など、多くのシスジェンダーの俳優がトランスジェンダーの役を演じてきた。しかし、その逆(トランスジェンダーの俳優がシスジェンダーの役を演じること)は、ほとんどない。この「ダブルスタンダード」によって、トランスジェンダーの俳優が演じられる役は、必然的に当事者の役に限られてしまっている現状がある。
しかし、性的マイノリティの役そのものも非常に少ないのが実態だ。
南カリフォルニア大学(USC)アネンバーグ・インクルージョン・イニシアチブが発表した調査結果によると、2019年に全米で興行収入が高かった100の映画のうち、LGBTQの役は1.4%。トランスジェンダーの役に限ると、0.1%にも満たない。しかも、その半数以上が主要な登場人物以外の役だ。
ヨハンソンさんが演じる予定だった役は、トランスジェンダーの主役。当事者の俳優にとって数少ないチャンスを押しのけて、ハリウッドで引く手あまたの人気俳優が起用されたことに猛反発が起きたのだった。
最近では、1980年代のニューヨークを舞台にLGBTQコミュニティを描いたドラマ『POSE』で、メインキャストを含めて総勢50人のトランスジェンダーの俳優が起用されるなど、変化の兆しも見える。
しかし、依然として「白人・シスジェンダー」偏重のハリウッドのスクリーン。機会の不平等はトランスジェンダーに限らず、他の性的マイノリティや人種・民族的マイノリティ、障がい者も同様に抱える問題だ。
深田晃司監督が打ち明けた葛藤。表現者の説明責任とは
トランスジェンダーではない俳優がトランスジェンダーの役を演じることは、誤った偏見を植え付けてしまうという、という問題もある。
深田監督は、ハリウッドでトランスジェンダーがいかに差別的に描かれてきたかを指摘するドキュメンタリー『トランスジェンダーとハリウッド』をきっかけに、問題の深刻さへの理解を深めたと話す。
「たとえば、トランス女性の役を当事者ではない俳優が見事に演じるとします。でも授賞式では、その俳優は男性の姿で出てくるんですよね。そうなると、どうしても『トランスジェンダーの格好は女装』というイメージを振りまくことになってしまう」
一方で、「複雑な問題」と繰り返しながら、相反する思いも打ち明けた。
「表現の重要な側面は『他者をいかに知るか』ということ」。当事者でない俳優が、「演じること」を通してマイノリティへの理解を深めていくことの意義は否定できないと感じている。
「たとえば自分も障がい者が登場する脚本を書いたら、それについて調べざるを得ないんですね。取材もするし、話も聞くし、本も読む。その過程で、自分自身の障がい者に対する意識が更新されていき、いわばそのフィードバックとして作品ができあがると思っています。俳優も『誰か』を演じるためには、自分のままではいられない。『なぜこの人はこんなことをするんだろう』と(考えることによって)、他者を知ることができる。それはすごく素晴らしいことだと思うんです。だから必ずしも、当事者でなければ(演じては)だめということはない。そこにちゃんと誠意と誠実さがあればいいのではないか、とも思っています」
こうした葛藤を踏まえて、深田監督が語ったのは「表現者の説明責任」だ。
「あらゆる表現は責任を伴うと思っています。撮る人のジェンダー観も問われている。その作品が社会にどんな影響を与えるかということを、本来作り手はきちんと考えなくてはいけません。表現の自由はすごく大事だけれども…。そこと常に向き合い、せめぎ合いながら、表現を一つ一つ選んでいくしかない。ある選択をしたら、その選択に対して自分自身が説明できるようにならなければいけない。それでもし間違えたと思ったら、きちんと謝るべきだと思っています」
「当事者」を突き詰めることで生まれる差別も
一方、藤さんは、マイノリティである俳優の機会の平等は絶対に担保すべきという前提の上で、「当事者が演じるべき」を突き詰めてしまうことへの懸念も指摘した。
マイノリティの俳優が「当事者役」を演じる機会は守られるが、逆にそれ以外の役は回ってこないという状況が加速しかねない。結果的に当事者の俳優同士が小さなパイを奪い合うことになり、マイノリティの出演機会は増えていかないからだ。
また、チャンスを一層失ってしまうマイノリティも出てきてしまう。たとえば、ハリウッド映画で日本人役に日本人俳優をキャスティングする場合だ。制作者が「日本人らしさ」のステレオタイプに固執するあまりに、ミックスルーツの俳優などが対象から外されてしまうという「差別」も起きかねない。
「(マイノリティの)機会を担保しつつ、でも(『当事者が演じるべきだ』という考えを)固定しないことがこの議論の帰結だと思います」藤さんはそう話す。
手垢の付いた「多様性」という言葉だけれども…
「マイノリティ役は当事者が演じるべき」という議論にはいくつもの論点があるが、映画における「リプレゼンテーション(社会を構成する人々や文化の多様性を示す表現)」の重要性には、疑問の余地はない。
4月25日に授賞式が行われた第93回アカデミー賞では、ユン・ヨジョンさんが韓国の俳優として初めて助演女優賞に輝いた。これまでアジアにルーツを持つ人々とって遠い存在だったハリウッドやアカデミー賞。しかし、彼女のようなロールモデルが増えていくことは、次の世代の「自分もいずれは」という自信や活躍に繋がる。
そして、スクリーンの世界の多様性は、現実の社会にも回帰する。深田監督は「多様性って手垢がついて胡散臭い言葉になってしまっていますが…」と前置きしながら、映画における多様性の大切さを改めて訴えた。
「(映画を含む)あらゆる表現は『自分にはこういう風に世界が見えている』ということの(世界に対する)フィードバックだと思うんですね。それを他の誰かが観ることによって、その人の世界が豊かになっていく。だから、いかに(表現の担い手となる多様な)当事者を増やしていけるか。多様な表現を観れて議論できる環境が作れると、自然と社会が豊かになっていくのではないかと思っています」
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身近な話題からSDGsを考える生番組「ハフライブ」。5月のテーマは、教育とSDGsです。
環境問題や貧困、ジェンダー不平等などの社会問題について考える時、「結局は、教育が変わらないといけないよね」という言葉を耳にすることがあります。でも、本当にそうでしょうか?たしかに教育には課題もたくさんありますが、働き方やライフスタイルが変化するように、実は教育内容もかなり変化しています。番組では、そんな「教育の今」を入り口にして、SDGsの課題について考えていきます。
番組概要:
変わるべきは「大人」?教育から考えるSDGs
・配信日時:5月25日(木)夜8時~
・配信URL: YouTube
https://www.youtube.com/watch?v=pVLjde_6a-w
・配信URL: Twitter(ハフポストSDGsアカウントのトップから)
https://twitter.com/i/broadcasts/1ynKOBweRmyxR
(番組は無料です。時間になったら自動的に番組がはじまります)
Source: ハフィントンポスト
トランスジェンダーの役は当事者が演じたほうがいいのか。「エンタメと多様性」を深田晃司監督らと考えた