親世代の経済力の低下や、私立・公立ともに上がり続ける大学の学費、数百万の借金としてのしかかる奨学金が、いま大学生たちを経済的にも精神的にも追い詰めています。
D×Pにも日々、お金に困っている大学生や専門学生、短大生など、さまざまな若者からの切実な相談が多数寄せられています。
こうした学生たちは、18歳未満を対象とする児童福祉法の枠組みからは外れてしまい、生活保護の原則受給対象外であることから、実は、公的な支援からこぼれ落ちやすい存在でもあるのです。
しかしながら、「大学に通うことができる=裕福」というイメージを持ってしまってはいないでしょうか?あるいは「学生時代はお金がないものだよね、自分もそうだった」と決めつけてしまうことはないでしょうか?
大学生の貧困という社会問題の本質に迫るために、D×Pタイムズ編集部は今回、筑波大学の田中洋子先生にお話を伺いました。低賃金・非正規雇用で働く行政職員や女性のパート、学生アルバイトの実態を綴った著書『エッセンシャルワーカー 社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか』が、大きな話題となっている田中先生に、現代における大学生の「働き方」「働かせ方」を聞いてみると、「大学生の貧困」問題の本質が見えてきました。
90年代、ゼロ年代、10年代、20年代。学生の「働き方」の変化
──先生は、教育の現場で長く大学生をご覧になってきました。学生を取り巻く社会の状況に、変化は感じますか?
すごく感じますね。私は同じ大学で30年以上教えてきたので、経年変化が見えやすいんです。
90年代までの学生は、家賃をはじめ生活費も、親からの仕送りで賄っている人が多くて、時々おもしろそうなアルバイトをしながら遊びに使う、という感じの人が多かったように思います。「生活が苦しい」「アルバイトが大変」という話は、あまり聞いた記憶がありません。
それが大きく変わったのが、リーマンショック後の2000年代末から2010年代にかけてです。学生の “働かせ方” が、目に見えてキツくなってきました。ゼミの学生が、バイトで大変な目にあうという状況を頻繁に目にするようになります。「ブラック企業」という言葉が社会的に注目される時期のことでした。
ショッピングモールのデザート屋さんで働いていた学生は、社員からの罵詈雑言、ひどいパワハラを毎日のように経験し、その後精神的に追いつめられた状態になってしまいました。もっと早く気がついてあげればよかったと後悔しました。
あるファッションブランドで働いていた学生の場合は、ゼミの途中に職場から電話がかかってきて、「スタッフに欠員が出て、現場が大変だからすぐ来て」と言われて、本当にゼミを抜けてしまったこともあります。びっくりしましたよ。学生だけど、ゼミより職場対応の方が大事なのか!って。
話を聞いてみると、そのファッションブランドは、セールの期間は仕事が過酷で、アルバイトがばたばたと過呼吸で倒れていくというんです。安いセール商品に喜ぶお客さんがいる背景に、そういう地獄がある。前はそのセールをよく利用していましたが、それを聞いてから行かなくなりました。
学生のアルバイトに大きな要求を押し付ける職場が増えてきたその時期に、「生活が厳しい」という学生も少しずつ増えてきました。
アルバイトを3つ掛け持ち、ギリギリで生きている学生たち
──第一の変化が学生たちの働かせ方のブラック化で、第二の変化が、学生たちの貧困化ということですね。
2000年代から2010年代にかけての不況の中で、学生の親世代がリストラにあったり、長時間労働で病気になったり、手取りや賞与が減るような状況になりました。結果として親の仕送り額が年々減り、「アルバイトをたくさんしないと食べていけない」という学生が増えています。
最近の例ですが、授業時間以外のすべての時間にバイトをめいっぱい入れている学生がいました。聞いてみると、お父さんが働きすぎでうつ病になってしまい,長く休職しているため、生活費や旅行代もとにかく自分で頑張って稼ぐしかない、と言っていました。
別の学生も、実家の収入がとても不安定で、仕送りをあてにできない状態でした。他のきょうだいが大学に行かずに就職した中、自分だけ大学に通わせてもらっているので、生活費も大学の費用も自分で払わないといけないと言っていました。飲食店2つとイベント系バイトの3つを掛け持ちしながら、ギリギリで生きています。
アルバイト先のイベント会社も、これがまたブラックなんですよ……。本人はやりがいを感じているそうなのですが、土日も朝早くから夜遅くまで働いています。
ほぼ3日寝てません、というもうろうとした状態でゼミに来たこともありました。しかも、聞くと、1万人の顧客管理を任されているというんです。21歳の学生がですよ。 「居酒屋のバイトより給料が良いから」とは言いますが、それでも時給1200円程度。真夜中まで働いても残業代は出ません。体調を崩したり精神を病んでも、誰も責任を取らない。ぜんぶ自己責任です。
「クリエイティブな仕事をさせてあげてるんだから、これくらい働いて当然」という企業側のやりがい搾取と、「お金が必要」という学生たちのニーズは、最悪のマッチングを起こしているんです。
安くて、やる気もある。企業にとって「都合がいい」学生アルバイト
──親の経済状況の悪化に加え、「学生だから安く使ってもいい」という企業側の思惑も絡んできているんですね。
日本はかつて、右肩上がりの経済成長の中の日本的雇用関係のもと、男性の正社員は子どもが大きくなる年代に、確実にお給料が上がっていました。80年代くらいまで、そうやって家族全員を養っていたんです。
そういう時代に学生アルバイトの数も増えはじめたので、「どうせ親に養ってもらっているんだろ」「給料は安くていいだろ」という感覚になりました。中にはすごく生活が苦しい学生もいましたが、あくまでも例外でした。
親の雇用や収入が不安定化する中で、学生のアルバイトの給与も改善されてしかるべきなのに、むしろ、安いアルバイトをめいっぱい利用しているのが、いまの状況です。企業としては、そりゃ都合が良いですよ。若くて元気がよくて、いろんなアイディアを持っていて、一生けんめいな人たちが、時給1000円やそこらでまじめに働いてくれるわけですから。
さらにそこへ、アルバイトのモチベーションを高めるため、という理由で、管理責任や、リーダー職など、どんどん店の「基幹的」な部分を任せていくようになっています。売り上げ管理や、シフト管理など、店の利益そのものに直結する重要な仕事を任される人がたくさんいます。それでも、時給はたいしてあがらないのです。
借金の返済で、明るい未来どころじゃない
──学生たちの貧困化の理由として、親の経済力、アルバイトの低賃金という問題以外の要因は何かありますか?
まず学費が上がっています。そして、奨学金も大きな重荷になっています(※)。今年の卒業式のあとに、ゼミ生から「これから〇百万の借金返済がはじまるんですよー」と暗い顔で言われました。卒業と同時に借金の重さで打ちひしがれてしまう学生が多いです。バイトだけでは生活がきついからと奨学金をもらってしまったがために、この先何十年も、数百万という負債を背負っていく。借金の返済で、明るい未来どころじゃないわけです。
大学の授業料免除枠も、どんどん枠が狭くなりました。私は、指導教員として奨学金や授業料免除申請の推薦状をいくどとなく書いてきました。学生の家庭の経済状況を聞くにつけ「これは厳しい状況だ」「絶対に受給(免除)になるだろう」と思うわけですが,これがある時期からどんどん通らなくなりました。予算削減の影響が、もろに学生の生活を追いつめていったのです。
ヨーロッパの多くの国では、そもそも大学の学費はゼロです。授業料や奨学金の問題は、もっと政治的な争点にするべきです。政治家に対して、「若者を卒業と同時に借金漬けにしない高等教育を実現する気がありますか」と、どんどん問うていかなければならない。個人的に話をしているだけだと、「お金がない」「辛い」と愚痴になってしまいます。でもそれは決して個人の話ではなく、多くの学生を共通して苦しめている問題なわけです。だから政治を変えるしかないんですよ。政治家の頭の中を変えていかなきゃいけない。
(※)現在、日本の大学生の半数以上が利用している日本学生支援機構では、無利子の第一種、有利子の第二種のうち第二種奨学金の比重が増している。令和3年度の貸与額は第一種奨学金が2,780億円、第二種奨学金が5,883億円で、2倍以上の開きがある。
私たちは、「ずっと、なんとなくそのまま」にしてきてしまった
──なぜ、日本の政治は若者を大事にするための政策に舵を切れないのでしょうか? 先生がご説明されていたように、「男性稼ぎ主型モデル」が崩壊していることは明らかです。しかし、学生アルバイトだけでなく、女性の働き方(非正規雇用で働く女性は男性の約3倍)もなかなか変わりません。先生は、著書『エッセンシャルワーカー』の中で、「女・子どもを安く使う」という言葉を使っていらっしゃいました。
日本は、同じ政権が長く続いてきてますからね。私たちが決定権や権力を持つ人たちをきちんとチェックしてこなかった。ずっと同じ政権なら、内部の人間関係を適当にいじるだけで維持できるので、社会全体の仕組みをもっと良くしていこうと考える必要もないんでしょう。これまでのやり方を変えるなんて面倒だと思う人が多いんじゃないですか。
結局「ずっと、なんとなくそのまま」にしてきたことが多くて、本質的な解決策が模索されてこなかった。それは、私たち自身の投票行動がもたらしたものでもありますね。
──とはいえ、ただでさえしんどい生活の中で政治に目を向け、アクションするのは簡単ではないですよね。
学生たちを見ていても、社会がこうなっちゃっている、ということを「受け入れている」ように見えます。『エッセンシャルワーカー』の中でも紹介したドイツのマクドナルドの事例をあげて、「ドイツでは正規・非正規の区別がなく、全員が同じ給与表に基づいた給与が支払われている」「学生は職業教育の一環で働いていて、使い捨て要員ではない」と話すと、学生たちはみんな「へぇ〜!」ってなりますよ。でも、そこから先に進まない。「ドイツいいな」「すごい」で終わってしまって、自分たちのやっているアルバイトの状況がおかしいぞ、という方向にはならないんですよね。
現実をそのまま受け入れ、批判的に考えないことに慣れすぎてしまっているんです。小さい頃から自分で考えて意見を言い、まわりとコミュニケーションを取って何かを変えてきたという成功体験が足りません。
でも、悲観ばかりではありません。ここ1、2年で入ってきた学生たちには、自分の意見を人前でてらいなく発表する姿勢が見られて、正直驚いています。小中高での教育が変わりつつあることの影響を、大学で実感しています。
自分が変えられる領域で、何ができるか
──学費値上げへの反対運動など、声をあげる大学生もいますね。長年、大学生を見てきた立場でこうした動きをどうご覧になっていますか。
これは難しい問題ですね。私は、SEALDs(※)のことがすごく心に残っています。マスコミが大きく取り上げて一時的なブームをつくって、世間でバッと消費されて、叩かれ、攻撃される。この国では、声を上げて目立つ人は、追い詰められて傷ついてしまう可能性が大きいと感じます。
だから、若者たちの消極的な態度をはがゆく思うことはあるけれど、同時に学生たちを守りたいから、「もっと声をあげるべきだ」とは言い切れない難しさがあります。苦しいところです。 ただ、年齢やポジションにもよりますが、自分が変えられる現実の領域は、確かにあると思います。例えば、一言だけでも、言いたいことを言うだけで違うはずです。「給料低すぎませんか」と店長に話すとか、「学費を上げるのではなくて下げて」とネットでつぶやくとか。もし小さいチームで自分が裁量をもっていたら、そのチームを変えてみることはできそうです。
──先生のお話で大学生の実態への理解が深まりました。「大学時代は貧乏で当たり前でしょ」と思っている上の世代の大人たちにも、しっかり受け止めて欲しいですね。
政治や社会を少しでもいい方向に変えていくためには、粘り強い活動が大事ですよね。私自身ネット上の発信がとても不得手で、うまくいきませんが、こうした取材で得られたつながりを大事にしながら、問題提起を広げていきたいです。
(※)シールズ:2015年5月から2016年8月まで活動していた日本の政治団体・学生団体。2015年、集団的自衛権行使を認める安全保障関連法案に反対する国会デモで注目を集めた。
お話を聞いた人: 田中洋子さん
筑波大学人文社会系名誉教授。東京大学大学院経済学研究科修了。博士(経済学)。東京大学経済学部助手、筑波大学社会科学系専任講師、准教授、教授をへて2024年より現職。ベルリン・フンボルト大学国際労働史研究所フェロー(2015-16 年)、ハーバード・イェンチン研究所招聘研究員(2017-2018 年)。2024年よりベルリン自由大学フリードリヒ・マイネッケ研究所、法政大学大原社会問題研究所研究員。専門はドイツ社会経済史、日独労働・社会政策。2023年11月に刊行された『エッセンシャルワーカー 社会に不可欠な仕事なのに、なぜ安く使われるのか』が話題となり、元旦・NHKスペシャル 「2024 私たちの選択」など多くのメディアで取り上げられている。
聞き手・執筆:清藤千秋・南麻理江(株式会社湯気)/編集:熊井かおり
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