【関連記事】「市場が買ってくれない」サバ200キロ。漁師から引き取り、1カ月で売りさばいた。未利用魚を有効活用した秘策とは?
フードロスに影響を及ぼす「未利用魚」を使った「雑炊」が北海道函館市で誕生した。
市の郷土料理「いかめし」をレトルト加工する技術を活用し、長期保存できるように製造しているため、日常生活から災害時まで幅広いタイミングでの利用を想定している。
開発したのは、同市で小売店を営む傍ら、商品プロデューサーとして「未利用魚介プロジェクト」を進める川崎良平さん。きっかけは、1月1日に発生した能登半島地震だった。
「“災害食”のようなものだけどおいしい。だから常に家にあり、いざという時に活用できる。未利用魚の問題も合わせて解決し、函館の防災や経済に良い影響を与える。そんな商品を目指した」
サバを200キロ引き取り「未利用魚介プロジェクト」を始動
未利用魚とは、サイズが小さかったり、不人気で値段がつかなかったりし、取れても廃棄や再放流されてしまう魚のこと。
国連食糧農業機関(FAO)が公表した「世界漁業・養殖業白書」(2020)によると、世界で漁獲された魚のうち35%程度が廃棄されるなどし、フードロスに大きな影響を及ぼしている。
大量に取れても値段がつかないため、漁師の経済的な負担にもつながっており、漁業が盛んな函館市でも「船を出せば出すほど赤字になる」といった嘆き声が聞かれていた。
川崎さんの耳にもその嘆き声は届いた。SNSで未利用魚の問題を発信していた地元の漁師に連絡をとり、2022年末に未利用魚のサバを200キロも引き取った。
いま思えば大胆な行動に出ていたが、地元が抱える課題を解決したいという一心だった。「地元の産業を支えている漁師さんの力になりたかった。このままでは函館の魅力の一つである漁業が衰退すると思った」
ここからが商品プロデューサーの腕の見せ所だ。
引き取ったサバはまず、函館市の卸問屋「福田海産」で下処理をしてもらい、新鮮なうちに冷凍する。次に、「いかめし」製造で有名な老舗加工会社「ヱビスパック」に納品し、川崎さんが開発した「極UMAMI美人」に漬けて臭み取りと味付けを行う。
なお、極UMAMI美人は地元の真昆布などをふんだんに使った万能調味料で、地元の料理人が肉や魚の臭み取りや味付けで使用している。製造から3年で6万本以上売れ、いまでは市のふるさと納税の返礼品にもなっている。
その後、一夜干しにしてから焼き、レトルト加工を施す。こうすることで、魚は骨まで食べられるほど柔らかくなり、常温で180日間も保存できるようになる。
値段がつかなかったサバは、「さばの美人焼き」(塩焼き)という商品に生まれ変わり、地元の卸問屋やネットで販売したところ、たった1カ月で200キロ分全てが売り切れた。
「未利用魚が引き起こすフードロス問題の解決に加え、1〜3次産業の事業者が互いに助け合うモデルケースになるかもしれない」
この経験をもとに、川崎さんは2023年夏、地元の漁師や加工会社などと連携し、「未利用魚介プロジェクト」を本格始動。
未利用魚は季節でとれるものが変わるが、レトルト技術によりどんな魚でも対応できるため、サバのほか、ガヤ、ソイ、タナゴ、季節外れで引き取り手がないニシンも塩焼きや煮付けにして商品化していった。
特にサバは人気で、23年だけで900キロ分が売れたという。「湯煎やレンジで温めたらそのまま食べられるから簡単」「生臭さがない」「骨まで食べられて子どもも安心」と評判になり、テレビや新聞にも取り上げられた。
川崎さんは、「未利用魚の価値を高められた。フードロス問題や漁師が抱える悩みを解決できると確信した」という。
「家に災害食がある人はいなかった」
そんな中、24年1月1日に能登半島地震が発生した。民家の倒壊、津波、避難所での生活、家族を亡くした人……。連日悲惨な状況が伝えられた。
川崎さんは胸を痛めながら、北海道全域が「ブラックアウト」した「北海道胆振東部地震」(2018年9月)の時のことを思い出していた。
当時、函館市も2日間ほど停電した。地元住民のため、自身が経営する小売店を24時間体制で開けたところ、食料を求める人が相次ぎ、店内はすっからかんになった。
「当時、災害食を家に置いている人はほとんどいなかった。今でも準備している人は少ないのではないか」
こんなことを考えていると、あるニュースが目にとまった。避難所で生活する人々の食事が偏り、栄養面が心配されている、というものだった。
川崎さんも以前、東日本大震災の被災地で自衛隊の食事を作っていた管理栄養士から、「栄養バランスの偏りにより、隊員らが便秘と口内炎に悩まされた」と聞いたことがあった。
「災害が長期化すればするほど『食』が大事になる。栄養価が高く、長期保存が可能なおいしい災害食のようなものがあれば、日頃から自宅に備える人が増えるのではないか」
「それも未利用魚を使ったものであれば、漁師さんも助かり、函館の産業にも良い影響を与えることができる」
「未利用魚を使った雑炊がいいのではないか」
思いついたら即行動。川崎さんは1月の2週目から商品開発に入った。
栄養士に聞いた話では、災害時はタンパク質や水分、食物繊維、ミネラルなどが不足することがある。それなら、水分量を増やした「雑炊」がいいのではないか。
北海道産の未利用魚、玄米、マイタケのほか、ニンジンとゴボウを使おう。保存期間はどうする。これまでに売り出した商品の保存期間は半年ほど。災害食のように食べてもらうには、最低1年は保存できるようにしたい。
ヱビスパックによると、外からの紫外線を防ぐことで1年間の長期保存が可能になる。値は張るが、アルミパウチをパッケージに使おうーー。
こうして完成したのが、「美人雑炊」だ。函館市で水揚げされた未利用魚の「サバ」と「イワシ」のほか、皆が好きな「サケ」の3種類を用意した。
いずれも「極UMAMI美人」のみで味付けしており、道南地域の北斗市産の玄米、福島町産の黒米、厚沢部町のマイタケなども混ぜ込んでいる。
「災害時においしい地元の雑炊を食べることができたら、飢えをしのぐだけでなく、少しは前向きな気持ちになる。必ず災害に強い街づくりにつながる」
「美人雑炊」は4月2日、函館市のデパートに設置された特設ブースでお披露目された。
値段は、税込み450円。「気軽に手が出せなければ、本来の目的である『地域に災害備蓄を浸透させる』ことができない」という思いから設定した。
常に一定量の食品を家庭で備蓄する災害に備えた食品ストック術「ローリングストック」として購入する人が多く、「災害時だけでなく普段からおいしく食べられそう」といった声も聞かれた。
また、味付けは「極UMAMI美人」だけのため、保存料を使っていないことを評価する人もいたという。
川崎さんは、「いま使っている未利用魚はサバとマイワシだけだが、道南でイシダコが未利用魚介として捨てられているという話も聞いた。これまで通り、その時に取れる未利用魚を活用し、雑炊の種類を増やしていきたい」と語った。
「美人雑炊」は、4月16日まで「丸井今井函館店」(函館市本町32ー15)地下1階の特設ブースで販売されている。また、ネットでの販売も今後行う。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
捨てられる魚が「雑炊」に生まれ変わった。ブラックアウトを経験、「地元を災害に強い街に」