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「うちにはいろんなスタッフがいますけど、みんな本当に性格も得意なこともバラバラで、その良さはどうしたらもっと伸びるんだろう、っていつも考えてます」
世界有数のデニムの産地として知られる岡山県倉敷市児島で、デニムの製造加工会社「癒toRi18株式会社」を率いる畝尾賢一(うねお・けんいち)さんは語る。多くの職場で人手不足が叫ばれる今、デニム業界も例外ではない。若い人材から職人仕事が敬遠され、担い手不足で産業は閉鎖的になり成長も鈍化する。そんな業界に新しい風を入れたいと畝尾賢一さんが企画したのが、SETO INLAND LINK(10月7日~9日)というアートイベント。
「デニムの製造加工会社なので、みんなが持っている良いものを存分に発信できる場が限られています。今回のイベントはその場作りでもありますし、業界も立場も関係なく色んな人たちがニュートラルに集まる場を見て欲しかった」
デニムという素材の可能性とともに、人と人とのつながりが生む力を提示したイベント。その背景にある畝尾さんの思いと共にふりかえる。
歴史ある土地で風通しのいい環境をどう作るか
高校を卒業してから職を転々としていた畝尾さんがデニム加工のバイトに出会い、経験を積んで創業したのが癒toRi18だ。来年20周年を迎える。ブランド層、国内外を問わずOEM事業、デニムの加工を幅広く手掛けてきた。
児島はデニム製造の特徴である分業制により小規模の事業者が多い。畝尾さんは、人と人の距離が近く親身なつながりが町の魅力だと語る。一方で、歴史があるがゆえに残る古い慣習が時代の変化に対応しきれなくなり、産業の成長を阻む原因にもなる。
「今回SETO INLAND LINKに共催として参加してくださっている美東有限会社さん、株式会社WHOVALさんは僕らの先輩に当たる会社ですが、独立してから苦労したことなどをしっかり教えてくれて、守ってくれた部分もありました。おかげさまで、地域の中ではかなり自由にやらせてもらっていると思います」
地域の前例にとらわれず風通しの良い経営を心がけてきた畝尾さんは、社内でもスタッフ一人ひとりが能力を発揮できる風通しの良い職場づくりを普段から心がけている。
「独立精神があるくらいのスタッフがいる時って、会社全体も伸びるタイミングだと思います。それで本当に独立しても良いと思っているし、一方で、会社で働き続けたいと思ってくれている社員にしっかりと成長の苗床を用意しなければならないのも、僕の仕事です」
これはつまり、社員が幸福感を感じながら働くことが会社の成長にもつながるという、ウェルビーイング経営の極意ではないだろうか? 聞いてみると、畝尾さんは「すいません、僕、横文字は全然わかんないです」と申し訳なさそうに笑った。
「僕の意見や会社がやることに賛同するか、それはスタッフの自由」
近年、日本でもビジネスのトレンドとして頻繁に目にするようになったウェルビーイング経営。その根幹には「社員が心身ともに健康だと生産性が上がる」という数値に裏打ちされた論拠がある。
ウェルビーイング経営は経営層の課題へのコミットが不可欠だが、「儲かるから社員を幸せにしておこう」と利潤追求が優先されているように見えるケースも多い。思惑はなんであれ働きやすい職場づくりに意義はあるだろうが、やはり「儲かるから」「生産性が上がるから」という理由以前に、人が人として幸せであること、その環境は必ず用意されるべきであるという考えから入るほうが健全ではないだろうか。
畝尾さんはことさら大袈裟なプレゼンテーションをするまでもなく、理想のウェルビーイング経営を体現しているように見える。癒toRi18では30代を中心に10代から60代まで、さまざまな背景を持つスタッフが日本全国から集まって働いているが、工場の見学に来る人には「若い会社ですね」と驚かれることが多いという。
「デニムの製造加工会社なので、みんなが持っている良いものを存分に発信できる場が限られています。今回のイベントはその場作りでもありますし、業界も立場も関係なく色んな人たちがニュートラルに集まる場を見て欲しかった」
「僕自身、現場で納期を抱えながら第一線で働く職人でもあるので、スタッフ54人を全員巻き込んで毎日目線を合わせていくのは難しい。直接的に伝える、ってけっこう難しくて。このイベントは、スタッフにもっともっと、会社を好きになってもらえる努力の一つかなと」
「僕の意見や会社がやることに賛同するか、それはスタッフの自由です。今回のイベントも、レセプションにスタッフを呼んでますが、当然来ない人もいます。来ないからダメというわけじゃない。寡黙に仕事をするのが好きだという人もいるから、それはその人の良さだと思っていて。その良さを、経営者である僕自信がしっかりわかってるってことが重要です」
デザイナー、アーティスト、企業、さまざまな立場の人々が集った
とにかく「人が好き」と語る畝尾さんは、癒toRi18の経営だけでなく、発達に特性のある子どもたちの放課後デイサービス「パントーン・フューチャー・スクール」の代表でもある。妻の美友紀さんが元保育士であったことで事業者の認証を受け、発達障害の就労支援などを担う大手「Kaien」とプログラムを提携し、子どもたちの一人ひとりの個性を伸ばす支援を行う。
定型発達の「型」に押し込められてしまいがちな発達障害の子どもたちに寄り添うことと、癒toRi18での経営の考え方は、畝尾さんの中で同一線上に存在しているものだということがわかる。
今回開催されたSETO INLAND LINKのキュレーターの一人、中西大輔さん(亜洲中西屋副社長)は、「彼の言葉にはすごくたくさんのレイヤーがあるように感じます」と語ってくれた。
「『多様性』という簡単な言葉で表現していても、その言葉だけでは捉えられないような世界を見ていらっしゃる方だと思います」
アート展・SETO INLAND LINKにはさまざまなクリエイターたちが集い、多様性を体現するような作品展示を行なった。
児島のデニム加工製造加工会社から技術を学んだ学生たちによる作品。若者に人気のカジュアルファッションブランドを展開する株式会社アダストリアが開催したワークショップで生まれた、デニムの残反を使った作品。精神科の看護師という異色の経験を持つファッションデザイナー・津野青嵐さんと「パントーン・フューチャー・スクール」の子どもたちによる共同制作──。
来場した人からは、「デニムの加工技術の高さと、職人の熱意を感じた」「アーティストの自由な発想に驚いた」という声も上がった。
人と人、人とモノ、人と企業がデニムを通じて出会い、つながっていく。SETO INLAND LINKは、「LINK」という言葉の通りそうした営みをそのまま可視化したイベントとなった。
幸福感のある関係性を築けるかどうか
「けっきょく、仕事は人と人でしかないと思います」と、SETO INLAND LINKの開催を迎えて畝尾さんは言う。
「お取引先様はうち以外にも色んな工場に行かれているわけなので、『この会社いいな』『かっこいいものできそうだな』と直感的に思っていただけるかどうか。それは、若いスタッフが溌剌と働いているとか、工場が整理整頓されているとか、そういう細かいところから感じるもので。大手の企業さんは取引先の監査が厳しいので、僕らがその水準を満たせるかどうかというシビアな点も当然ありますが、会社がNGだと判断しても『なんとか説得します』と言ってくださる担当者の方もいる。そういう時は本当に心打たれます」
「幸福な関係性っていうんですかね。僕は、自分の人生も仕事もそうなんですけど、『幸せか幸せじゃないか』という二択で考えてます。わかりやすい損得じゃない。今回のイベントにも、本当に、ぜんぜん違う分野からよくこんなに人が集まってくださったな、と思います。これからも2回、3回と、継続して開催して、お互いに幸せを感じられるつながりをつくっていきたい。結果的にそれが産業振興につながるのか、結果はまだわからないけれど、楽しいのは間違いないじゃないですか。楽しければ絶対に何かが生まれると思うから」
(取材・文:清藤千秋 編集:泉谷由梨子)
ハフポスト日本版は、SETO INLAND LINK(セト インランド リンク) より招待を受け、現地の取材ツアーに参加しました。執筆・編集は独自に行っています。
SETO INLAND LINK(セト インランド リンク)
主催:癒toRi18株式会社
共催:ARIKA株式会社、株式会社BerBerJin、美東有限会社、株式会社WHOVAL
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
損得ではなく「幸せか幸せじゃないか」を考える。倉敷のデニム工場が見据える世界。