「経口中絶薬」が国内で初めて製造販売承認され、朝日新聞デジタルによると5月中にも使用が開始される見通しだ。
これまで初期の人工妊娠中絶は手術しか選べなかったが、選択肢が広がったと言える。
しかし、日本の中絶環境をめぐっては依然として大きな課題が残っている。その一つが、母体保護法が規定する「配偶者の同意要件」だ。日本では原則として、配偶者がいる場合は女性だけの意思では中絶を行うことができない。配偶者がいない場合も、病院によっては相手の同意を求められることもあるのが現状だ。
70年以上前にできたこの要件に振り回された女性たちの話からは、自己決定できない理不尽さや女性が負担を強いられる現状、中絶に対する「スティグマ(負の烙印)」の大きさが伝わってくる。
避妊を拒否され妊娠、病院では「ここは人生相談する場所じゃない」
「『人間だぞこちらは』という気持ちでした。人間扱いされていないと感じたんです」
ユカさん(仮名)は、中絶を希望した際に配偶者からの同意を求められたことについて、こう振り返る。
ユカさんはもともと子どもを望んでおらず、元夫にはそう伝えた上で2018年に結婚。しかし直後から、元夫は避妊をしなくなった。
結婚後は自分の思い通りにならないと暴れ、手当たり次第家の中のものを投げるようになった元夫。性行為を断った際にも暴れられたことで、ユカさんは何も言えなくなったという。
その後、妊娠が発覚。元夫が借金していたことも分かり、「とても育てられない」と病院で泣きながら相談した。しかしそこで待っていたのは「妊娠できたのにおろすのか」「中絶したいなら同意書をとってきなさい」といった言葉。元夫には同意を拒否され、一度は中絶を諦めた。
別の病院でも相談したものの、しかしそこで待っていたのは、病院側からの“説教”だった。「ここは人生相談する場所じゃない」「母体は胎児のゆりかごだよ」などと言われ、詳しく話をすることもできなかったという。
中絶という選択肢を断たれたユカさんは出産後、元夫からの更なる暴力をきっかけに実家に戻り、離婚。当時を振り返って、ユカさんはこう感じている。
「私のことを私の判断で決められないなんて、人間扱いされてないですよね」
母体保護法では「本人及び配偶者の同意を得て、人工妊娠中絶を行うことができる」と定めており、配偶者がいる場合、女性ひとりの意思では中絶することができない。
厚労省は、配偶者からドメスティックバイオレンス(DV)を受けたケースなど、事実上婚姻関係が破綻していて同意を得ることができない場合、本人の同意のみで中絶できるとの見解を示しているものの、トラブルを避けるなどの目的で配偶者の同意を求めるケースは少なくないとみられる。
ユカさんの元夫のように、避妊に協力しない・暴れるなどの行為はDVに当たるが、病院ではそういった話をすることもできなかった。
「中絶について語ることはタブー視されているけど、いろんな事情があるのだと知ってほしい。見えないだけで、私のような人もいるんです」
結婚していなくても同意求められ…「罪悪感抱かせる雰囲気」
相手が配偶者でなくても同意を求められたケースもある。
交際相手との間で妊娠したアヤカさん(仮名)。妊娠に気づく前から低用量ピルの服用を続けており、進学も控えていたためパニックになりながら病院で中絶したいと伝えると、相手男性から同意書にサインをもらうよう求められた。
「その時は結婚していなければ同意は必要ないと知らず、『そういうものなのか』と思いました」
相手が住んでいたのは飛行機を使わないと行けない距離。重いつわりの中で遠方まで行き、相手の仕事が終わるのを待ち、なんとか同意書にサインをもらった。手術の予約もしたが、迷いながらも出産することを決め、現在はシングルで子育てをしている。
アヤカさんは中絶について色々と調べる中で、海外では手術ではなく薬が使えること、配偶者の同意が必要ない国が多いことなどを知った。
「私の権利はどこに行った?と思いました。精神的、身体的な負担をするのは女性なのにもかかわらず、自分で決められない。男性中心のものの考え方だなと感じます」
さらに、中絶に関する情報の偏りも感じたという。
「中絶について検索した際も、女性本人の意思決定を尊重するような情報は出てきませんでした。責めるような情報が多く、女性に寄り添うようなものではなかったです」
アヤカさんのようなケースは、決して珍しいものではない。
NHKが医療情報専門サイトと共同で全国の産婦人科医を対象に行ったアンケートでは、結婚していない女性が中絶手術を受ける際にも33%が「どのような状況でも同意を求める」、62%が「状況によって同意を求めないこともある」と答えており、本来は必要のない男性の同意が求められていることが明らかになっている。
「なくさなければ、望まない妊娠の継続や出産強要に追い込まれる人は必ず出てくる」
国際的には、中絶に配偶者の同意が必要な国や地域は非常に少数だ。国連の女性差別撤廃委員会も2016年、配偶者同意の要件を廃止するよう日本に勧告している。医療関係者や中絶の当事者らでつくる複数の団体も、同意要件をなくすよう国に求めてきた。
厚労省は配偶者の同意が必要な理由について、1948年に「旧優生保護法」(のちに母体保護法に改正)が議員立法で制定された際に設けられていたとし、「当時立法した趣旨がどのようなものだったかについては明確なお答えは困難」と2022年に開かれた院内集会で説明している。
研究者らでつくる団体「#もっと安全な中絶をアクション」などで活動し、同意要件に中絶を阻まれた経験のある女性にアンケートを行うなどしてきた梶谷風音さんは、経口中絶薬が承認されたことを「遅すぎるかもしれませんが、 より安全で、 女性の身体に負担が少ない選択肢が増えることは歓迎」とした上で、こう指摘する。
「当事者に日本で中絶を受けることが困難だと感じる理由を聞くと、例外なく配偶者の同意と価格の高さが挙げられます。中絶薬という選択肢が増えたとしても、この2つの障壁を失くさなければ、今と同じように望まない妊娠の継続や出産強要に追い込まれる人は必ず出てきてしまいます」
「全ての人の選択が守られる、 自己決定権を国や法律によって侵害されない社会に向けて、 さらに声を大きくしていく必要があると感じています」
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避妊を拒否され妊娠したのに…配偶者の同意がないと中絶できない日本の現状「人間扱いされていない」