難病のため芸能活動を無期限で休止し、コーヒーの焙煎士というセカンドキャリアを切り開いてきた坂口憲二さん。「The Rising Sun Coffee(ザ・ライジング・サン・コーヒー)」の3店舗目は、鶴見の商店街に誕生する。その店構えは、これまでの爽やかなイメージと違い、渋くレトロな雰囲気だ。
「地域の色に合わせた雰囲気にしたいんですよね。うちの店だけ目立っても仕方ない。あたかも10年前からあったかのように、溶け込みたいなって」
店が増え、より自分たちらしい経営の姿が見えてきたという坂口さん。大切にしてきたのは、成功を求める向上心を持ち続けること、そして、得た成果を「お裾分け」すること。その理想が、新たな店のあり方に詰め込まれていた。
CINRA編集長の生田綾さんが、現在の坂口さんの挑戦を追った。
「活気があって驚いた」。商店街は、幸せの記憶。
12月12日、神奈川・鶴見に3番目の店舗がプレオープンした。閑静な住宅街で、下町風情が残る土地柄でもある。
「商店街って、廃れつつある文化というイメージだったんですけど、初めて物件を紹介してもらった時、活気があって驚いたんです。それで、この商店街にマッチする店づくりにしたいと思いました。これまでうちがやってきた青、白を基調とした海やサーフィンのイメージとはガラッと変わります。地域の色に合わせた雰囲気にしたいんですよね」
サーファーとして、地域で支え合い、つながるコミュニティの温かさに触れてきた坂口さん。デザインは変えても、サーフィンを取り巻くカルチャーはそのままに、鶴見でも商店街での出会いと縁で化学反応が起こせるのでは、と考えている。
「うちはコーヒーだけのお店なので、例えばおいしいパンを商店街の別のお店で買って一緒に公園で食べる、とか。自分の店がうまく街全体の盛り上がりに貢献できたらいいな、と」
お店のコンセプト作りでは、自身が子ども時代を過ごした東京・世田谷の喫茶店での記憶も蘇ってきたそうだ。
「昔ながらの、商店街のオーセンティックな喫茶店でした。親父が散歩のついでによく連れて行ってくれたんです。親父はコーヒーを飲んで、僕はジュースと、ナポリタンやエビピラフを頼む。その居心地の良い、幸せな記憶を思い起こさせるような雰囲気を作りたいと考えてます」
都内の一等地で勝負をかけるより、遠くからでも来てもらう流れを自分たちで築いていく。その核となるのは、確かな品質のコーヒーと、そして、一緒に店を作っていく、若いバリスタたちだ。
バリスタが「30代で年収1000万円を稼げるように」
新しい店作りでは、若いスタッフに任せるという大きな挑戦もしている。
「今まで、割と僕が全て決めてきたんですけど、今回はあえて口を出さず、入社して3年目のスタッフに1から10まで任せてみようと思ったんです。自分で決めると、お店を守らなきゃという責任感にも繋がって一生懸命勉強するし、その分愛着も湧きますよね。実際、出来上がったお店を見てみると、すごく良い。スタッフみんなで盛り上げていかないと、特に僕の場合は自分の名前が一人歩きしがち。そうではなく、儲けはみんなで分け合おうよって言ってます。鶴見のお店も、軌道に乗ったら今任せているスタッフに買い取ってもらってもいい。そんな経営形態を確立させていきたいな、と思います」
若いスタッフに託すこと、その先には坂口さんがコーヒーの世界の未来のために変えたいと思っていることがあるのだという。
「もっとバリスタの地位を上げていきたいんですよね。うちのスタッフには、30代で年収1000万円を稼げるようになろうよ、と言っていて。皆、ずっとそんなマインドで頑張っていると思います」
「The Rising Sun Coffee」では今、日本でもトップクラスとなったバリスタが活躍している。立ち上げ当初からのメンバーであるバリスタの成澤敬介さんは、ジャパンコーヒーロースティングチャンピオンシップ 2022で見事第3位に輝いた。
「日本一稼げるバリスタになりなよ!って、僕は常々言っています。やっぱり、夢がないと。そして、成功したバリスタが次のバリスタを育てて、夢が連鎖していくような仕組みを自分の会社で作りたい」
最近は提携先のカフェのスタッフにも、「The Rising Sun Coffee」のバリスタ研修に参加してもらうこともあるそう。それも、コーヒーという世界を一緒に守り、育てていきたいという気持ちの現れだ。
商店街に店を構え、地域を一緒に作り上げていくこと。若いバリスタを育て、活躍の場を用意すること。たとえ元人気俳優でも簡単ではない夢を今、追いかけている。そのために、坂口さんは経営者として、さらなる仕掛けを用意していた。
「The Rising Sun Coffee」は、2022年7月から自動販売機とのコラボレーションもスタートさせているのだ。焙煎にこだわったクオリティコーヒーと、自動販売機。異色の組み合わせに思えるが、その狙いは何だろうか。
自動販売機で全国展開、そして、芸能活動も
自動販売機の事業で協業しているのは、サービスエリアなどで豆から挽いて販売するコーヒーの自動販売機を展開する「トーヨーベンディング」。現在、佐野SA、海老名SA、宝塚北SAに「The Rising Sun Coffee」のコーヒー豆を使ったコラボ機が設置されており、今後も拡大予定だという。
「今後、AIが発達すればコーヒーの焙煎や淹れ方にも使われていくでしょう。でも、美味しくないとやる意味はない。『クオリティは絶対に任せてください!』とおっしゃってくださったので、先取りしてみようと思いました。機械の視察や試飲会で、何度も味を調整して、最終的に納得のいくものができました。『バリスタを育てる』と正反対のことに聞こえるかもしれないけど、これはプロモーション戦略の一環。お店を出さなくてもブランドの世界観を伝えることができます。今後は、病院や図書館など、公共のスペースにも広げられると嬉しいですね」
【坂口憲二さんの他のインタビューはこちら】
・芸能活動を休止中の坂口憲二さん、コーヒー焙煎士になっていた。新たなチャレンジにかけた思いを聞いた
そして2022年9月、EDWINのWEB CMに坂口さんが登場した時、きっと多くのファンが驚いたことだろう。コーヒーの焙煎所で作業し、海辺を歩く等身大の姿が印象的だった。芸能界復帰の可能性はあるのだろうか?
「コーヒーのことが伝えられるならと出演しましたが、大勢の人に見られながら焙煎するのは、ちょっと恥ずかしかったです(笑)。おかげさまで今、体調はいいので、子育てが落ち着いて、自分と向き合う時間ができた時に、もしタイミングとご縁があれば……という感じです。大変な世界ですから。中途半端な気持ちだと、今活躍されている俳優さんたちにも、コーヒーをやっている人にも失礼ですし」
あまり先のことは考えないようにしている、と坂口さん。しかし、人とのつながりを大切にする姿や、常識にとらわれない経営者としての目線から、彼が思い描く理想の「未来」の姿が浮かび上がってくる。
「コーヒーをやっていて本当に良かったな、と改めて思うのが、『美味しい』という人の喜びにつながりやすい仕事ということ。人生、喜ばせたもん勝ちです。生きていて、世界中の人たち全員とは知り合えないからこそ、ちょっと縁ができると喜んで欲しくなる。それがいつか実は自分に返ってくるかもしれない。成功した人が得たものを独り占めせず、お裾分けしながらどんどん周りの人を巻き込んでいく……そんなコミュニティが作れたら一番サイコーですよね」
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「人生、喜ばせたもん勝ち」。坂口憲二さんのコーヒー店、3つ目は鶴見の商店街に。次に目指すのは、夢の連鎖。