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<学校でからかいを受けたことなんて家で話したら、怒鳴られ厳しく練習をさせられる。からかわれるしゃべり方をするお前が悪いのだと。しゃべれるように練習をしないお前が悪いのだと。だんだん自分を欠陥品なのだと思っていきました>(『きつねびより』より)
100人に1人がもつとされる「吃音」。話し言葉が滑らかに出ない発話障害の一つだ。
97人の吃音者たちの声を集めた体験談集『きつねびより』には、学校でのいじめ、家族の無理解、就職活動の困難など、当事者たちのリアルな日常が刻まれている。
本書は、自身も吃音がある原真琴さん=福岡県=が、SNS上で体験談を募って制作・編集した。
「狐日和(きつねびより)」には、「照っているかと思えば雨が降ったりする天気」という意味がある。
日や環境などによって良くなったり悪くなったりする吃音の症状と似ていること、「吃音」がきつねとも読めることから、タイトルに付けたという。
「吃音は吃(ども)ることだけじゃない 氷山の隠れている部分を知ってください」
表紙の背面には、そんなメッセージを寄せた。
単純化された表現から漏れる人たちがいる
なぜ体験談集を作ろうと決めたのか。
「メディアで近年、吃音のことが取り上げられるようになりうれしく思っています。
ですが、吃音は『あ、あ、あ』と語音を繰り返す連発性や『あー』と引き伸ばす伸発性、言葉が出にくい難発性があるという代表的な症状や、詰まっている時に遮って言葉を先取りしてはいけないとか、“わかりやすい”説明がさまざまな吃音のあり方を固定化してしまっているように感じました」(原さん)
主に福岡在住の若い吃音者たちで作るグループで、中心メンバーとして活動する原さん。
吃音の認知度が広まる一方で、単純化された表現から漏れてしまう人たちがいると気づいたという。
「例えば、『吃音者は電話ができないんでしょ。じゃあ電話対応しなくていいよ』というように、本人の意思に反した“配慮”が起きてしまうんじゃないか。実際には、つっかえてでも電話に挑戦してみたいという人もいれば、言葉が出ず苦しいので言葉の先取りをしてほしいという人もいます。
他にも、難発性とひと口に言っても特定の場面だけどもるとか、しゃっくりのような話し方になるとか、症状は何通りにもあるんです。
吃音の代表的な特徴が何か、ではなく、吃音とは○○だ、という定義が逆にわからなくなるような、その結果吃音者は人それぞれなんだと知ってもらえるような伝え方をしたくて、体験談を集めました」
「毎日が地獄」苦しんだ過去
Twitter上で呼びかけたところ、47都道府県の20〜70代の当事者たちから声が届いた。
<同級生から喋り方をまねされ、部活の先輩から「幼稚園から言語教育をやり直せ!」と、教師からも「ちゃんと話せ!」と言われました>(20歳、警備員、神奈川)
<学校という小さな箱の中でみんなに笑われた記憶しかない。毎日が地獄だった>(39歳、言語聴覚士、大阪)
<面接官からは、「ちゃんと準備しているの」「ゆっくり落ち着いて話しなさい」と言われ、悔しくて泣いて帰ったこともある>(21歳、カフェのホール、福岡)
<上司や先輩社員から「人をイライラさせる話し方だよね」とお叱りを受け、それはお客様から罵声や叱咤・叱責を浴びるよりもショックな一言であった>(33歳、サービスエンジニア、北海道)
授業中の音読、自己紹介、採用面接…。ライフステージのさまざまな場面で、思い通りにならない吃音の症状と、周囲の誤解や無理解に苦しんだ経験が寄せられた。
<吃音のない人生と吃音のある人生を今選び直せるなら、吃音のない人生を選びたい>
そう率直につづった寄稿者もいた。原さんは「どもる自分が嫌い、吃音と一生付き合っていくのは嫌、吃音者と知られたくない。吃音が社会で受け入れられてこなかった経緯からそう感じ、吃音と向き合えない当事者は今も多いです」と話す。
葛藤を経て見つけた、自分なりの付き合い方
一方で、挫折や絶望の先に見出した希望をつづる文章も多数届いた。
生徒会役員の決意表明。全校生徒の前でどもって笑われたが、吃音があることを告白すると大きな拍手を浴びた。
吃音の当事者会と出合い、一人じゃないと心強く思えた。
上司から、しゃべり方は関係なく「企画力やリーダーシップの面で頼りにしている」と言われ、涙がこぼれた。
吃音が原因で中学3年間いじめを受け、死を考える自死念慮もわいたが、今は接客業という「天職」に巡り合え生きる喜びを感じているーー。
<吃音があってよかった、とまでは言えませんが、「吃音があっても悪くない」と思っています>(20歳)
<私自身は、吃音があるありのままの自分を肯定してくれる社会であれば、たとえ一生治らなくても幸せかもしれません>(24歳)
<今でも吃音で困ることのない日はなく、吃音の症状がなくなることはない。また、吃音が改善されることを願わない日もない。しかし、「周りがどう思うかではなく、自分がどう思うのか」を考え変えていくことで、ずっと生きやすくなることもあるのだと、今、私個人は思っている>(25歳)
葛藤を経てたどり着いた、自分なりの吃音との付き合い方が刻まれている。
「コロナ禍が始まった当初は、オンライン例会も今ほど広まっていなく、当事者同士が話す機会が激減してしまいました。自分以外の吃音者はどんな悩みを抱え、どう対処してきたのか。体験談集が、自分だけだと感じてしまう苦しさを和らげるきっかけになったらと願っています」(原さん)
医療機関や自助グループが足りない
吃音を取り上げる報道の増加に加え、「スタッフが全員吃音者」のカフェが話題を呼ぶなど、当事者自らが声を上げる動きも高まりつつある。
原さんは、「吃音をオープンにできる社会になることはうれしい」とした上で、「置いてけぼりになる人がいないか、という視点を持っていたい」とも心に留める。
「職場などで吃音を必死に隠して生きる人は今でもたくさんいます。自分が吃音だと分かっても、診てもらえる医療機関やセルフヘルプグループが全く足りていないのが現状です。吃音の認知が広がるのと同時に、当事者同士で思いを打ち明けられる場や専門家に相談できる病院が、今後さらに必要になってくるのではないでしょうか」
『きつねびより』を求めるのは、当事者だけではない。保育園や幼稚園、小中学校のほか、言語聴覚士を育成する専門学校、図書館などからも購入依頼があったという。
「自分も似たような経験をしたことがあるなとか、過去に同じクラスで言葉がつっかえる人がいたなとか、就活でこんなふうに困る吃音者もいるんだなとか。吃音のない人にも、同じ時を生きている吃音者がどれだけ身近にいるかを知ってもらえたら」
【吃音とは?】
話し言葉が滑らかに出ない発話障害の一つ。出現率は幼児期が5〜8%、学齢児以降は1%程度で、全国に120万人ほどいるとされる。
原因は解明されていないが、生まれ持った体質的要因や発達的要因、環境要因が関わって生じるといわれる。
発話指導などを通して症状が軽減されたり、言葉を出しやすくなったりすることがある。毎年10月22日は「国際吃音啓発の日」。
<取材・執筆=國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版>
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
どもると「幼稚園からやり直せ」。いじめや嘲笑、その先に見つけた希望。吃音者たちのリアル