夫婦別姓を認めず、婚姻届を受理しないのは憲法に違反すると訴えた3件の家事審判の決定で、最高裁大法廷は6月23日午後、憲法判断を示す。
大法廷は2015年に、夫婦同姓を定めた民法規定を「合憲」と判断していた。
しかし、15人の裁判官のうち5人が「違憲」との意見を示し、3人の女性裁判官は全員が「違憲」としていた。
岡部喜代子裁判官(肩書はいずれも当時)は2015年の「大法廷判決」の中で、「上告を棄却すべきであるとする多数意見の結論には賛成するが,本件規定が憲法に違反するものではないとする説示には同調することができない」として、4000文字以上にわたる意見を示した。
これに、櫻井龍子裁判官、鬼丸かおる裁判官も同調していることを明記した。
「意見」で指摘していた「アイデンティティを失ったような喪失感」
意見の中では(こちらの15ページから)、女性の社会進出が進む中で、「婚姻前の氏から婚姻後の氏に変更することによって,当該個人が同一人であるという個人の識別,特定に困難を引き起こす事態が生じてきた」と指摘した。
同一人物であるという個人の「識別困難」が発生することが「不便である」だけでなく、「婚姻前に営業実績を積み上げた者が婚姻後の氏に変更したことによって外観上その実績による評価を受けることができないおそれがある」などの「業績,実績,成果などの法的利益に影響を与えかねない状況となることは容易に推察できるところ」とした。
氏を変更した一方が直面しうる「アイデンティティを失ったような喪失感」の問題にも言及した。そして、96%もの夫婦が夫の氏を称する婚姻をしている背景には、女性の社会的経済的な立場の弱さや、種々の事実上の圧力など様々な要因があると分析していた。
こういった指摘をした上で、「現時点においては,夫婦が別の氏を称することを認めないものである点において,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超える状態に至っており,憲法24条に違反するものといわざるを得ない」などとしていた。
男性裁判官2人も「違憲」としていた
同じく「違憲」としたのは木内道祥裁判官と山浦善樹裁判官の2人だった。
木内裁判官も意見(こちらの21ページから)を、山浦裁判官は反対意見(こちらの27ページから)を出している。
なお、当時「違憲」とした5人の裁判官は、すでに全員が退官しており、今回の判断には参加しない。
女性裁判官の2015年の意見【全文】
裁判官岡部喜代子の意見は,次のとおりである。
私は,本件上告を棄却すべきであるとする多数意見の結論には賛成するが,本件規定が憲法に違反するものではないとする説示には同調することができないので,その点に関して意見を述べることとしたい。
1 本件規定の憲法24条適合性
(1) 本件規定の昭和22年民法改正時の憲法24条適合性
多数意見の述べるとおり,氏は個人の呼称としての意義があり,名とあいまって社会的に個人を他から識別し特定する機能を有するものである。そして,夫婦と親子という身分関係は,人間社会の最も基本的な社会関係であると同時に重要な役割を担っているものであり,このような関係を表象するために同一の氏という記号を用いることは一般的には合理的な制度であると考えられる。社会生活の上でその身分関係をある程度判断することができ,夫婦とその間の未成熟子という共同生活上のまとまりを表すことも有益である。
夫婦同氏の制度は,明治民法(昭和22年法律第222号による改正前の明治31年法律第9号)の下において,多くの場合妻は婚姻により夫の家に入り,家の名称である夫の氏を称することによって実現されていた。昭和22年法律第222号による民法改正時においても,夫婦とその間の未成熟子という家族を念頭に,妻は家庭内において家事育児に携わるという近代的家族生活が標準的な姿として考えられており,夫の氏は婚姻によって変更されず妻の氏が夫と同一になることに問題があるとは考えられなかった。実際の生活の上でも,夫が生計を担い,妻がそれを助けあるいは家事育児を担うという態様が多かったことによって,妻がその氏を変更しても特に問題を生ずることは少なかったといえる。本件規定は,夫婦が家から独立し各自が独立した法主体として協議してどちらの氏を称するかを決定するという形式的平等を規定した点に意義があり,昭和22年に制定された当時としては合理性のある規定であった。したがって,本件規定は,制定当時においては憲法24条に適合するものであったといえる。
(2) 本件規定の現時点の憲法24条適合性
ア ところが,本件規定の制定後に長期間が経過し,近年女性の社会進出は著しく進んでいる。婚姻前に稼働する女性が増加したばかりではなく,婚姻後に稼働する女性も増加した。その職業も夫の助けを行う家内的な仕事にとどまらず,個人,会社,機関その他との間で独立した法主体として契約等をして稼働する,あるいは事業主体として経済活動を行うなど,社会と広く接触する活動に携わる機会も増加してきた。そうすると,婚姻前の氏から婚姻後の氏に変更することによって,当該個人が同一人であるという個人の識別,特定に困難を引き起こす事態が生じてきたのである。そのために婚姻後も婚姻前の氏によって社会的経済的な場面における生活を継続したいという欲求が高まってきたことは公知の事実である。そして識別困難であることは単に不便であるというだけではない。例えば,婚姻前に営業実績を積み上げた者が婚姻後の氏に変更したことによって外観上その実績による評価を受けることができないおそれがあり,また,婚姻前に特許を取得した者と婚姻後に特許を取得した者とが同一人と認識されないおそれがあり,あるいは論文の連続性が認められないおそれがある等,それが業績,実績,成果などの法的利益に影響を与えかねない状況となることは容易に推察できるところである。氏の第一義的な機能が同一性識別機能であると考えられることからすれば,婚姻によって取得した新しい氏を使用することによって当該個人の同一性識別に支障の及ぶことを避けるために婚姻前の氏使用を希望することには十分な合理的理由があるといわなければならない。このような同一性識別のための婚姻前の氏使用は,女性の社会進出の推進,仕事と家庭の両立策などによって婚姻前から継続する社会生活を送る女性が増加するとともにその合理性と必要性が増しているといえる。現在進行している社会のグローバル化やインターネット等で氏名が検索されることがあるなどの,いわば氏名自体が世界的な広がりを有するようになった社会においては,氏による個人識別性の重要性はより大きいものであって,婚姻前からの氏使用の有用性,必要性は更に高くなっているといわなければならない。我が国が昭和60年に批准した「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」に基づき設置された女子差別撤廃委員会からも,平成15年以降,繰り返し,我が国の民法に夫婦の氏の選択に関する差別的な法規定が含まれていることについて懸念が表明され,その廃止が要請されているところである。
イ 次に,氏は名との複合によって個人識別の記号とされているのであるが,単なる記号にとどまるものではない。氏は身分関係の変動によって変動することから身分関係に内在する血縁ないし家族,民族,出身地等当該個人の背景や属性等を含むものであり,氏を変更した一方はいわゆるアイデンティティを失ったような喪失感を持つに至ることもあり得るといえる。そして,現実に96%を超える夫婦が夫の氏を称する婚姻をしているところからすると,近時大きなものとなってきた上記の個人識別機能に対する支障,自己喪失感などの負担は,ほぼ妻について生じているといえる。夫の氏を称することは夫婦となろうとする者双方の協議によるものであるが,96%もの多数が夫の氏を称することは,女性の社会的経済的な立場の弱さ,家庭生活における立場の弱さ,種々の事実上の圧力など様々な要因のもたらすところであるといえるのであって,夫の氏を称することが妻の意思に基づくものであるとしても,その意思決定の過程に現実の不平等と力関係が作用しているのである。そうすると,その点の配慮をしないまま夫婦同氏に例外を設けないことは,多くの場合妻となった者のみが個人の尊厳の基礎である個人識別機能を損ねられ,また,自己喪失感といった負担を負うこととなり,個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚した制度とはいえない。
ウ そして,氏を改めることにより生ずる上記のような個人識別機能への支障,自己喪失感などの負担が大きくなってきているため,現在では,夫婦となろうとする者のいずれかがこれらの不利益を受けることを避けるためにあえて法律上の婚姻をしないという選択をする者を生んでいる。
本件規定は,婚姻の効力の一つとして夫婦が夫又は妻の氏を称することを定めたものである。しかし,婚姻は,戸籍法の定めるところにより,これを届け出ることによってその効力を生ずるとされ(民法739条1項),夫婦が称する氏は婚姻届の必要的記載事項である(戸籍法74条1号)。したがって,現時点においては,夫婦が称する氏を選択しなければならないことは,婚姻成立に不合理な要件を課したものとして婚姻の自由を制約するものである。
エ 多数意見は,氏が家族という社会の自然かつ基礎的な集団単位の呼称であることにその合理性の根拠を求め,氏が家族を構成する一員であることを公示し識別する機能,またそれを実感することの意義等を強調する。私もそのこと自体に異を唱えるわけではない。しかし,それは全く例外を許さないことの根拠になるものではない。離婚や再婚の増加,非婚化,晩婚化,高齢化などにより家族形態も多様化している現在において,氏が果たす家族の呼称という意義や機能をそれほどまでに重視することはできない。世の中の家族は多数意見の指摘するような夫婦とその間の嫡出子のみを構成員としている場合ばかりではない。民法が夫婦と嫡出子を原則的な家族形態と考えていることまでは了解するとしても,そのような家族以外の形態の家族の出現を法が否定しているわけではない。既に家族と氏の結び付きには例外が存在するのである。また,多数意見は,氏を改めることによって生ずる上記の不利益は婚姻前の氏の通称使用が広まることによって一定程度は緩和され得るとする。しかし,通称は便宜的なもので,使用の許否,許される範囲等が定まっているわけではなく,現在のところ公的な文書には使用できない場合があるという欠陥がある上,通称名と戸籍名との同一性という新たな問題を惹起することになる。そもそも通称使用は婚姻によって変動した氏では当該個人の同一性の識別に支障があることを示す証左なのである。既に婚姻をためらう事態が生じている現在において,上記の不利益が一定程度緩和されているからといって夫婦が別の氏を称することを全く認めないことに合理性が認められるものではない。
オ 以上のとおりであるから,本件規定は,昭和22年の民法改正後,社会の変化とともにその合理性は徐々に揺らぎ,少なくとも現時点においては,夫婦が別の氏を称することを認めないものである点において,個人の尊厳と両性の本質的平等の要請に照らして合理性を欠き,国会の立法裁量の範囲を超える状態に至っており,憲法24条に違反するものといわざるを得ない。
2 本件規定を改廃する立法措置をとらない立法不作為の違法について
(1) 上記のとおり,本件規定は,少なくとも現時点においては憲法24条に違反するものである。もっとも,これまで当裁判所や下級審において本件規定が憲法24条に適合しない旨の判断がされたこともうかがわれない。また,本件規定については,平成6年に法制審議会民法部会身分法小委員会の審議に基づくものとして法務省民事局参事官室により公表された「婚姻制度等に関する民法改正要綱試案」及びこれを更に検討した上で平成8年に法制審議会が法務大臣に答申した「民法の一部を改正する法律案要綱」においては,いわゆる選択的夫婦別氏制という本件規定の改正案が示されていた。しかし,同改正案は,個人の氏に対する人格的利益を法制度上保護すべき時期が到来しているとの説明が付されているものの,本件規定が違憲であることを前提とした議論がされた結果作成されたものとはうかがわれない。婚姻及び家族に関する事項については,その具体的な制度の構築が第一次的には国会の合理的な立法裁量に委ねられる事柄であることに照らせば,本件規定について違憲の問題が生ずるとの司法判断がされてこなかった状況の下において,本件規定が憲法24条に違反することが明白であるということは困難である。
(2) 以上によれば,本件規定は憲法24条に違反するものとなっているものの,これを国家賠償法1条1項の適用の観点からみた場合には,憲法上保障され又は保護されている権利利益を合理的な理由なく制約するものとして憲法の規定に違反することが明白であるにもかかわらず国会が正当な理由なく長期にわたって改廃等の立法措置を怠っていたと評価することはできない。したがって,本件立法不作為は,国家賠償法1条1項の適用上違法の評価を受けるものではなく,本件上告を棄却すべきであると考えるものである。
裁判官櫻井龍子,同鬼丸かおるは,裁判官岡部喜代子の意見に同調する。
Source: ハフィントンポスト
2015年の夫婦同姓「合憲」判断。しかし3人の女性裁判官は「違憲」の意見を示していた【意見全文】