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「警察官の言動は信用に足る、というバイアスが最初からかかっているとしか言いようがない」(原告側弁護団)
公園でトラブルになった相手に対し、自分の氏名や住所といった個人情報を同意なしに提供されるなど、警視庁の警察官から違法な対応を受けたとして、南アジア出身の40代女性Aさんと長女(当時3歳)が東京都に損害賠償を求めた訴訟の判決で、東京地裁(片野正樹裁判長)は5月21日、原告の請求を棄却した。
判決後の記者会見では、被告側の警察官らの主張を全面的に認め、原告の主張を退けた裁判所の判断に、弁護団からは「『公務員は悪いことをしない』という思い込みが裁判官たちにあったのでは」と遺憾の声が上がった。
何が争われていたのか
判決文によると、2021年6月、Aさんと長女が東京都内の公園で遊んでいた際、その場にいた子ども連れの男性に「(長女が)子どもを蹴った」などとして怒鳴りつけられ、男性から詰め寄られた。この男性は、Aさんらに「外人は帰れ」「外人は生きている価値がない」などの発言を繰り返していた。
男性が110番し、警視庁の警察官が駆けつけた。Aさんと長女は公園で聴取を受けた後、警察署内に移動し、電話による英語通訳を介して事情聴取を受けた。その際、Aさんを部屋から退出させ、長女一人に対して警察官が事情を聞く時間があった。
また、警察官は署内でAさんと長女の写真を撮影した。加えて、トラブル相手の男性から、民事裁判の提起を考えているためAさんの連絡先を教えてほしいと警察に打診があり、警察はAさんと長女の氏名、住所、電話番号を相手男性に提供した。
裁判では、公園での警察官の言動や一連の事情聴取、個人情報の提供といった、Aさんと長女に対する警察官たちの対応の違法性が争点となっていた。
原告側は、公園に臨場した警察官たちが、トラブル相手の差別的な言動を制止しなかったと主張。公園を通りかかり、女性と警察官の間で英語通訳をした目撃者の男性は、2023年12月の証人尋問で「警察官が女性の娘さんに対し、『どうせお前が蹴ったんだろう』『本当に日本語しゃべれないのか』などと言っていました」と証言した。
一方、被告側はそうした発言はしていないと否定していた。
これについて、判決では「(目撃者の男性は)原告らとは特段の利害関係を有しない第三者であると認められ」るとし、供述には「一定の信用性の情況的担保があるといえる」と認めた。
だが判決は、警察官が長女に対して「いきなり『お前』と呼びつけたり、高圧的な態度で事情聴取に及んだりしたというのは、いささか唐突」だと指摘。「110番通報に応じて本件トラブルの発生原因について捜査の端緒を得ようとする段階にあった警察官の所為としては不自然といわざるを得ない」として、原告の主張を退けた。
判決から読み取れるのは、原告女性らが主張した警察官の言動は、職務中の警察官としては「いささか唐突」で「不自然」だから、訴えは事実として認められないとする論理だ。
これに対し、原告代理人の西山温子弁護士は「本当にナンセンスだ」と憤る。
「この裁判は、『警察官がAさんに対して信じられない取り扱いをしたこと』が訴えの入り口でした。ですが判決で散見されるのは、『警察官がそんなことをするはずはない』という内容です。警察官のやっていることは信用に足るんだ、との前提から入っている」
「『そんなことを警察官が言うのは不自然だ』という話が持ち出されてしまったら、公権力から深刻な人権侵害を受けても、誰も救済されなくなる。訴えが起きている以上、そしてそれを証言する第三者がいる以上は、決してそこを入り口にしてはいけないと思います」
「公権力による差別」が注目される中での判決
警察などの法執行機関が、「人種」や肌の色、民族、国籍、言語、宗教といった特定の属性であることを根拠に、個人を捜査の対象としたり、犯罪に関わったかどうかを判断したりすることは「レイシャル・プロファイリング」と呼ばれる。
2021年には、「レイシャル・プロファイリングが疑われる事案で、外国人が日本の警察から職務質問を受けたという報告があった」として、在日アメリカ大使館が旧Twitter(X)で異例の警告を出した。
日本でも、レイシャル・プロファイリングの違法性を問う裁判が始まっている。警察官から人種差別的な職務質問を受けたとして、外国出身の3人が1月、損害賠償などを求めて国、東京都、愛知県を相手取り東京地裁に提訴した。
西山弁護士は「公権力の行使の主体たる警察が、人種差別的な対応をとっていることが、まさにいま社会で問題提起されている。その氷山の一角がこの事件」だと強調する。
「警察官は人種差別的な言動をし得るとの問題提起が日本社会にあり、今回の訴訟ではその可能性について慎重に判断をすることが裁判所に求められる姿勢だったのではないでしょうか。それが一片も感じられない判決で、非常に残念に思っています」
個人情報を提供され、引っ越しも
Aさんは、個人情報をトラブル相手に教えることを明確に拒否していたにも関わらず、同意なしに警察官から提供されたと訴えていた。被告はAさんの承諾を得ていたと反論。地裁判決は、「原告が承諾していなかったとの事実を認めるに足りる的確な証拠はない」として、原告の主張を退けている。
トラブルが起きた日以降、Aさんの個人情報がトラブル相手によってSNS上に投稿された。住所を知られたことに恐怖を感じ、Aさんは引っ越しを余儀なくされたという。
「差別的な言動を繰り返している男性に対して、警察官がAさんの個人情報を提供する義務はなく、慎重な対応を取るべきだった。判決ではそのことに一切踏み入らず、警察の責任はないものとして結論づけており、非常に大きな問題を感じます」(西山弁護士)
人種差別撤廃条約は、条約上の「人種差別」の定義を次のように示している。
<この条約において、「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう>
条約の定義上、差別する意図や意思に関わらず、その「効果」があれば差別に当たる。
西山弁護士は「人種差別を助長する結果が、警察官の言動によって引き起こされたのではないか。その点に全く配慮のない判決だ」と指摘した。
このほか▽警察署内でAさんから引き離し、長女一人に対して聴取した▽トイレの利用やおむつ替えが認められなかった▽同意なしに写真を撮影された━といった、原告が違法だと訴えていた点について、いずれも「原告の同意があった」などとして、地裁は原告の主張を採用しなかった。
長女は聴取中に大泣きし、その日以降精神的に不安定になり、医療機関で心的外傷の体験による不眠との診断を受けたという。
Aさんの承諾があったため違法ではない、という被告側の主張を全面的に認めた裁判所の判断に、原告代理人の中島広勝弁護士は「外国ルーツの母子が拒否したと訴えているのに、同意があったんだとこうも易々と認定して良いのか。任意性の判断に一切配慮がなく、Aさんは結果的に警察の求めに応じていたんだと認定したことには問題があります」と批判した。
提訴から3年。判決を受け、Aさんは記者会見でこう訴えた。
「現場にいた目撃者の証言も、認めてもらうことができませんでした。心から尊敬する裁判官たちの考えには、職務に就く警察官の言うことは正しいという前提がありました。人種差別や不公平、不正義を助長する判断です。私にとっても、日本に住む外国人にとっても残念なことだと考えています」
「司法が最後の砦だったはず」
Aさんは公園や警察署での出来事の後、すぐに提訴に至ったわけではない。警察官から不当な扱いを受けたとして、法務省や警視庁の相談窓口に連絡したが、取り合ってもらえなかったという。東京都公安委員会に苦情を申し出ても救済には至らなかった。
西山弁護士は、「日本に国内人権機関(※)が存在しない以上、司法が最後の砦だったはず。一体この国では、弱い立場にある外国人や公権力からの人権侵害に遭った人が、どうやって被害の救済を求めたら良いのだろうか。人権救済が図られない社会で本当に良いのか」と投げかけた。
原告側弁護団は、判決内容が「到底納得できるものではない」として、控訴を検討している。
(※)国内人権機関・・・政府から独立し、独自の調査権限を持つ人権救済機関のこと。人権侵害の被害者が国内人権機関に申し立てると、同機関は事実関係を調査した上で、勧告などの措置を取ることができる。2023年4月時点で、世界の120の国が「国内人権機関の地位に関する原則(パリ原則)」に完全または部分的に準拠する国内人権機関を設置しているが、日本にはない。日本政府は国内人権機関の創設を国連から繰り返し勧告されている。
【アンケート】
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「『警察官は悪いことをしない』という裁判官のバイアス」。外国人女性の訴えを棄却した地裁判決に透けるもの