【関連記事】「子持ち様」と呼ばれる子育て社員。対立招く企業の構造に問題は
子育て中の従業員らに向けた皮肉として使われるネットスラング「子持ち様」を巡り、ハフポスト日本版は4月3日、「『子持ち様』と呼ばれる子育て社員。対立招く企業の構造に問題は」という記事を発信した。
子育て中の従業員らは、子どもの発熱で仕事を休んだり、早退したりすることがあるが、一部企業では、その分の業務の皺寄せが同僚に向かっている。
記事では、そもそも業務の偏りが生じてしまう企業構造の問題について考え、「サポートする側へのインセンティブや評価」、「みんなが早く帰る・休める環境」、「仕事の属人化の解消」のほか、「夫婦間で家事・育児の偏りをなくすこと」の重要性を報じた。
5000件を超えるコメントがつくなど反響を呼び、Xでは「子持ち様」がトレンド入り。タイムラインは記事を読んだ人の感想で埋め尽くされたが、その中に気になる投稿があった。
「私は『子持ち様』がきっかけで転職しました」「子持ちを悪く思う、しかも同じ女性である私が。そんな葛藤も辛かった」
いったいどういうことなのか。ハフポストは投稿者に連絡をとり、投稿の内容について詳しく話を聞いた。また、識者にインタビューし、立場の違う人同士が分断しないために必要なことついて考えた。
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上司が育休。1人で奔走した1年
「上司が産休・育休から戻ってきて『うっ』と思うことがたくさんあり……。Twitter(X)で『子持ち様』というのを知って以降、自分も不満に思うことをつぶやいていた」
関東地方に住む20歳代の会社員女性は4月7日、ハフポストの取材にこう話し始めた。
女性は2018年3月に大学を卒業。同年4月から人材派遣の営業職の仕事を始めたが、週末や祝日にも仕事の電話がかかってくるなど、激務な勤務環境に疲弊していった。21年4月、働き方が改善されるのを期待して都内で調剤薬局を展開する会社に転職した。
従業員は薬剤師・事務合わせて200人ほど。店舗で研修を受けた後、本部の人事担当に配属された。人事担当は2人体制で、女性の課長の下についた。
仕事は採用面接や研修、就活イベントの準備などだ。ワークライフバランスを求めて入った会社だったが、良い人材を採用したり、会社をプレゼンしたりするなどの仕事を通じ、やりがいを感じていた。
一通りの仕事ができるようになった数カ月後、課長が1年間の産休・育休に入ることになった。22年卒、23年卒の新卒の採用、中途採用、研修の対応……。課長が不在となる一方で、人員の補充はなく、この1年間に待ち構えている仕事は全て1人でこなさなければならなかった。
不安に感じつつも実際に臨んでみると、1人でも仕事を苦に感じなかった。課長がいないことにより、承認ルートが一つ減り、自分の考えが反映されやすくなることに楽しさを感じていた。
仕事の多さやプレッシャーから疲れは蓄積されていったが、課長の復帰が近づくにつれ、「よし、あと1カ月だ。頑張ろう」と気持ちを改めた。課長が時短勤務で育休から戻ってきた時には、1人でやり切ったという達成感に心は満ちあふれていた。
「子どもが熱」頭の中を駆け巡った
しかし、職場に戻ってきた課長は月に2〜3回、子どもの熱などで突然休んだ。
すると、課長から承認をもらえないため、目の前に仕事がたまっていく。採用面接はスピード感が重要で、1日遅れるだけで他社に優秀な人材を取られてしまうことにもなりかねない。
課長が子どもの看病で急に休みを取ることは、部下の女性の有給休暇にも影響を及ぼした。課長が行うはずだった面接業務をカバーするため、有休を取りやめて出社せねばならなかった。
採用説明会やインターンシップの業務で土日に出勤する日もあった。課長は週末に出勤せず、1人でこなした。
その度に言われるのは「子どもが熱を出しちゃって」という言葉。頭の中を駆け巡った。仕事の指示をされても「あなたが休んでいる間にその業務のやり方は変わったんだよ」と徐々に聞き入れられなくなった。
課長と顔を合わせることも嫌になったが、薬局店舗の従業員が新型コロナなどで欠勤すると、代わりに業務に入らなければならなかったため、リモート勤務も許されなかった。
とにかく人手が欲しかったが、仕事が属人化し、社員を補充するなどのフォローもなかった。「これなら1人でやっていた時のほうが精神的にも楽じゃん」と不満がたまっていった。
同時に、子育て中の女性に対して負の感情を抱く自分に対する嫌悪感にも悩まされた。
「なんで上司の子どもが大きくなるまで、私が我慢しなくちゃいけないの?ゆくゆくは自分も同じ状況になるかもしれないから理解したいけど、現実では無理。でも、同じ女性に対してそんな感情を持っている自分も嫌」
業務のサポートを見込めない周囲には相談できなかった。だからSNSに吐き出した。「育休明けで時短の上司…」「戻ってきても土日の対応は私」「上司が子持ち様でモチベーションは下がり、残業は爆増」ーー。
「子育ては夫に任せたから夜の面接は私がやるね」「今週の土曜日は私が出ようか」。ずっとこんな言葉を期待していたが、課長の口から発せられることはなかった。
「いつもごめんね。ありがとう」という言葉はあったが、その次には「子どもが……」と必ず始まってしまう。感謝の気持ちというより、「子どものことだからしょうがないでしょ。わかってよ」と言われているような気がして、苛立たしさを感じた。
そして、2023年夏、女性は転職を決断した。
どうすれば転職しなかったのか
では、どのような環境であれば転職を決断しなかったのか。
女性は、「インセンティブと評価があればもちろんいい。私の場合はその中でも評価だったかもしれない。上司が休業中の1年間はフル稼働し、その後も走り切った。でも、当事者の課長を含む誰からも評価されなかったのが悲しい」と語った。
さらに、これ以上頑張っても会社は変わらないという閉塞感もあった。
「私は上司の子どもを育てるために頑張ったわけではない。会社幹部は『支える側』にも目を向けなければ、嫌気がさして退職する人が相次ぐと思う」
転職先の会社でも、部署に子育て中の男性上司がいるが、残業できる日などを利用して業務を進めているため、全ての業務が自らに偏ることはないという。
ただ、女性は前職での経験から、「子どもはほしくない」と思うようになった。それまでは、将来を想像した時に「子育て」という言葉も確かにあった。
「今の社会では仕事と育児を両立できるとはとても思えない。さらに子育てで同僚に迷惑をかけてしまう環境が続くようなら、子どもを産むことを想像できない」
専門家はどう見たのか
この女性のケースや企業が取り組むべきポイントについて、専門家はどう見たのか。ハフポストは、少子化や働き方改革に詳しい相模女子大学大学院の白河桃子特任教授(人的資源管理)に話を聞いた。
白河さんはまず、前述した女性のケースについて、「企業が対策を取るべきだった」と指摘。女性が上司の産休・育休中に1人で仕事をこなしたり、復帰後の上司の仕事を負担させられている点に触れ、「女性の頑張りに応じたインセンティブや評価がなかったのは辛い話だ」と語った。
そもそも、女性は上司の産休・育休中に1人で業務をこなしている。白河さんは、「上司が育休中なのであれば、企業にとってはその間、上司の人件費分が浮いているということになる。にも関わらず、人員を補充するなどの対策をとっていない」と述べた。
人員を新たに雇えない場合も想定されるが、例えば、5人のうち1人が抜けた場合、その分の業務を4人で分担した上、単純な仕事を切り出して派遣社員らにやってもらうことも可能だ。「人員補充について会社の考えを示し、実行していくことが求められる」と話した。
また、DX化や仕事の属人化の解消などのほか、チームで一つの仕事に取り組ませることも重要だ。
例えば、一つの営業先に担当を2人つけている会社もあるといい、「1人が120%の仕事をしてしまうとリスクに対処できない。誰かが休んでも回る職場にしておくためには、複数人で仕事を分担し、1人が80〜100%くらいの状態で仕事に取り組んでもいい」とした。
「カレンダーをプライベートも含めて共有するルール化」することも働き方改革の一つで、例えば「この日は保育園の迎えなので午後3時に帰ります」や、子育て以外の人も「この日は有給を取ります」と事前に共有しておくと、誰かが急に休んだ場合の対策を立てやすくなるという。
夫側の企業が妻側にフリーライド
白河さんによると、子育て中の社員とそのほかの同僚の間に溝ができてしまう問題が顕著になったのは、2010年から。つまり、3歳までの子どもを養育する労働者の時短勤務利用が事業主に義務化されてからということになる。
これ以降、出産後も仕事を継続する女性が増えた。それまでは「お互い様」という気持ちで職場が成り立っていたが、育児をしながら仕事を継続する人が増えたため、そうも言っていられなくなった。
一方で、2010年以前の制度設計から変わっていない企業も多い。
「理想は『誰が休んでも回る職場』だが、そのためにはまず企業の制度設計をアップデートしていかなければならない。インセンティブや評価はなかでも重要で、乗り遅れる会社は優秀な人材を確保できなくなり、淘汰されていくことも考えられる」
さらに、白河さんは家事や育児が女性に偏るジェンダー不平等の問題点についても言及した。
妻に家事や育児の負担が偏っている場合、子どもの熱で休んだり、早退したりする負担が妻側の企業に一方的にかかってしまう。夫婦で家事・育児を分担できていれば、妻側の企業に偏る負担も減る。
妻側の企業が育児支援などを整えている場合、夫側の企業がその支援に「フリーライド」(タダノリ)しているケースもある。こうなると、夫婦間の家事・育児の負担が女性に偏る問題を解決することはできない。
白河さんは、「『子育ては女性の役割だ』という根強いアンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)がいまだにある。女性だけが家事・育児を負担する時代から、夫婦2人でキャリアを築いていく時代に変わってきた。制度設計も同時に変わっていかなければならない」と述べた。
このほか、育休や時短の社員の業務を代替した同僚に「手当」を出すなどの制度を運用する中小企業を対象に、助成金を支払う国の取り組みも始まった。今後、同様の制度が地方自治体にも拡大していくことが予想される。三井住友海上火災保険など、「支える側」へのサポートに乗り出した企業も出てきている。
ただ、制度をつくる際は、「子育て中の女性も仕事を続けてください」ではなく、「夫婦で子育てをする設計」にしなければならないという。こうすることで、夫婦で子育てをする意識が生まれるため、妻側に偏る家事・育児の負担も同時に解消できる。
白河さんは、「会社はこの問題を『ブラックボックス化』してはならない。従業員同士で解決させるのではなく、企業が主体的に対策しなければ社員同士に溝ができる。職場の中で分断が生まれるのは、生産性の面でもデメリットが大きいという研究結果も実際にある」と語った。
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「私は“子持ち様”がきっかけで転職した」育児社員をサポートする側の声。国・企業が目をむけるべきこと