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2024年4月、お茶の水女子大に新しい工学部が誕生する。
「共創工学部」の名の通り、SDGsや多様性を包摂する社会を実現するために、文理の垣根を越え、工学と人文学・社会科学の「共創」でイノベーションを生み出すことを目指す。
同時に、イノベーションのためには多様な人材も必要だ。共創工学部は工学分野の女性人材を増やすことも重要なミッションの一つとして見据えているという。
「日本は世界と比べて、特に工学分野の女性が少なすぎます。しかし、女子大の工学部はこのジェンダーギャップを解消するブレイクスルーになる可能性があると思っています」
そう話すのは、共創工学部に着任する秋元文(あきもと・あや)准教授だ。
工学分野のジェンダーギャップによって、現場で何が起きているのか、ジェンダーギャップ解消に必要なシステムチェンジは何なのか。
ハフポスト日本版の泉谷由梨子編集長と秋元准教授が語り合った。
工学分野の女性人材が少ない=競争力が低下
泉谷由梨子編集長(以下泉谷):
15歳時点の学習到達度調査(PISA)で、「数学的リテラシー」や「科学的リテラシー」の平均点は日本の男女でほとんど差がないことが判明しています(22年度調査)。
「女性は理系が苦手」というのは誤ったイメージであるにも関わらず、OECDの調査によると、日本の工学部に進学する女性の割合は16%とOECD諸国で最下位。総務省のデータでは、工学分野の研究者の女性割合は約7.3%と著しく低い数字です。研究者から見て、工学分野のジェンダーギャップによってどのような影響があると考えていますか?
秋元文准教授(以下秋元):
現在、多くの工業製品は男性をモデルとして開発されていて、女性にとっての使い勝手の良さ・体格への配慮などは行われていないことが多いんです。例えばよく知られている例では、車のシートベルトは男性の体型を基準に作られていて、男女で安全率が違った…というような問題がありますが、この社会的格差は大きな問題だと考えています。
また、工学の基礎研究分野においても、日本の競争力を高めるためには多様な視点からの取り組みが必要になってきます。研究分野においての「競争力」は、発表論文数や論文がどれだけ引用されたかで測りますが、日本はそのどちらも減っている状況です。
秋元:
誤解を恐れずに言うと、私の研究分野周辺では、大事な研究ってやり尽くされている感もあるんです。技術的には進歩していますが、新しい技術を使って、昔の焼き直しをするような研究にとどまってしまっていることも多い。
それをどうやって打破してイノベーションを生み出せるかというと、異分野融合しかないと思っています。海外を見ても、多様なジェンダーやバックグラウンドを持った異分野の研究員が集まっているチームは、素晴らしい研究結果を残している印象です。
泉谷:
異分野融合は、まさに4月から始まるお茶の水女子大の「共創工学部」の根幹にある考えですね。多様性のある人材が必要不可欠だということが、綺麗事じゃないとよく分かります。具体的に異分野を融合した好事例はありますか?
秋元:
例えば、ちょうど最近書いた論文でも異分野融合の強さを感じたことがありました。
その研究では、ハイドロゲルというゼリーのような材料で、医療用テープに使われるような、表面がベタベタしたゲルを作りたかったんです。
しかし、市販の装置では、私のゲルの接着性を定量的に測定することができなかった。そこでお茶大の人間工学の先生に相談したら、自作の装置を作ってくださったんです。研究って、評価できる方法が生まれて進んでいくものなんです。おかげでゲルの接着性を定量的に評価することができ、論文にまとめることができました。
「女性が極端に少ない」工学分野で目の当たりにしたこと
泉谷:
秋元さんはご自身が工学分野の研究者でもあり、前職において大の工学系研究科 男女共同参画委員会でジェンダーギャップの解消に向けて取り組んできた経験もあると思います。実際にジェンダーギャップによる弊害を目の当たりにしたことはありますか?
秋元:
私は、女性の方が多い、男女比半々、男性の方が多いが女性も複数いる、女性が極めて少ない、といった様々な男女比の組織でこれまで研究を行ってきました。
若い頃は「ダイバーシティの問題解決のためにはとにかく数の増加が必要」という「ポジティブアクション」に賛同できなかったのですが、実際に仕事をしてみると、マイノリティというものは予想以上に発言ができず、自信を失いがちなものなのだということを体感しました。
例えば、自分以外スーツを着た男性しかいない学会の会場に入ると、自然と「すみません場違いで」と思ってしまって、予想以上に心理的な打撃が大きくて驚いたこともありました。
もちろん人によって感じ方は違うと思いますが、学生さんや他の教員の話を聞いても、圧倒的に男性が多いところに飛び込むのはやっぱり勇気がいると。工学部を「自分の居場所とは思わなかった」と思う人も少なくなくて、工学部に興味があっても進学の選択肢に最初から入らない、というようなことが起こってしまっています。
東大の工学系研究科 男女共同参画委員会でも、工学部に女性の教員や学生を増やすための取り組みに関与してきましたが、「女性はこうあるべき」という根強い無意識の価値観や、出産や育児にともなう仕事時間の確保の困難さは、個人の裁量で乗り越えられるものではないと強く実感しました。やっぱり環境作りをしていかないと絶対改善されないだろうというのが、今のところ私の結論になっています。
どうすれば工学分野のジェンダーギャップを解消できるか
泉谷:
近年STEM分野のジェンダーギャップを解消しようと、理系の大学や学部で「女子枠」を設けるような「ポジティブアクション」の動きも増えているようです。
私は、基本的にポジティブアクションは必要だと思います。しかし、「なぜ理系に女性が少ないのか」の著書がある東京大の横山広美教授(科学技術社会論)は、朝日新聞へのコメントでスティグマ(偏見による差別)、つまり「女性の能力が足りない」という誤った認識を社会で強化する可能性について指摘していました。
また、是正への移行期間では、現状を作ってきた年長世代ではなく、今の若い男性に影響がのしかかることになるため、年長者ではなく女性に対しての感情的な反発を生み、それがバックラッシュにつながることもあるだろうと思います。
秋元:
工学分野のジェンダーギャップはこれまでの長い年月の積み重ねなので、それを短期間に解消しようとすると、その年代の男性に負担がかかるという側面もあるかと思います。負の歴史を現代の男性のみに背負わせることは決して良いこととは思いません。現代におけるジェンダー間の不和につながる可能性もある問題なので、慎重に時間をかけて是正していくべき問題なのだと思います。
工学分野で女性を増やすためには、技術的な解決もある程度可能だと思います。例えば、力仕事や長時間業務をロボット/AI活用で自動化することで、男性基準で作られた「重いものを持つことが当然なプロセス」、「なるべく長い時間現場にいないといけない雰囲気」というような「伝統」を修正できます 。
また、環境づくりという面では、お茶の水女子大共創工学部や奈良女子大学工学部のような、女子大の工学部は大きなブレイクスルーの一つになるのではないかと思います。女性だけの環境だからこそ、工学部でも飛び込むハードルが下がると感じる人も多いのではないかと。
本学の共創工学部で育った学生たちが、世界を含めていろんな工学の道に進んでくれたら、絶対数がどんどん増えていって、ジェンダーギャップの解消へ向かっていくのではないかと期待しています。
泉谷:
工学部に進学する女子中高生を増やすためには、本当はあるはずの自分の能力を過小評価することなく自分のキャリアを選択できること、また中高生が工学を知る機会を得る必要があると思います。中高生への教育についてはどのようにお考えですか?
秋元:
特に地方では、ジェンダーや属性によって進路選択をしないように教育し、生徒の可能性を広げることが重要だと思います。工学は高校の授業科目から見えにくい、分かりにくい分野だと思うので、大学教員が積極的にアウトリーチを行う必要があると考えています。
秋元:
今の中高生の人たちが働き盛りになる時代は、人間の働き方が大きく変わる可能性があります。波がありすぎると辛いのも、安定を求めるのもわかりますが、科学的に見ても生命というのは「非平衡」で、常に変化し続けている存在です。安定を求めるなら、常に変化し続ける必要があります。
研究者ってとんでもなく学力や能力が必要なイメージがあるかもしれませんが、そんなことはありません。大抵のことは、「能力」よりも「飛び込めるかどうか」「継続できるかどうか」の方が重要です。
時間がかかってもいいので自分と向き合って、自分が「楽しい」と感じる、その内なる声にしっかり耳を傾けてみてください。
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