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大手芸能プロダクション「ジャニーズ事務所」の元所属タレントらが、創業者のジャニー喜多川氏(2019年死去)からの性被害を告発した問題。
同社は5月、再発防止を目的に「ガバナンスをはじめとした社内の事実関係を確認」する外部専門家によるチームを設立した。ただ、チームは6月に開いた記者会見で「網羅的に調査することは目的としていない」として、全容解明を避ける意向を示した。
同社の一連の対応は、喜多川氏による性暴力を受けた元タレントらの救済につながるのか。今なお性暴力の後遺症を抱える被害者の回復を後押しするために、同社が取り組むべきことは何か。「傍観者」だった第三者に責任はあるか――。
性的虐待を受けた子どものトラウマ(心的外傷)の治療に取り組む精神科医の阿部大樹さんに、見解を尋ねた。
被害者の回復に最も大切なことは、原因究明
――ジャニーズ事務所の元所属タレントらが性被害によって負った心の傷の深さを、どう考えていますか。
子ども時代に受けた性暴力は、一生を暗くするほど深い心の傷になります。
本来ならば他人への信頼を学ぶはずの時期なのに、性暴力を受けることで、信頼が根っこから叩き切られてしまうからです。
性暴力の後遺症は、さまざまに表れます。
例えば、他人からの視線や評価に著しく敏感になり、24時間気にして取り憑かれたように感じる人もいます。一見すると「空気を読める人」にみえます。もしかしたら、芸能界ではプラスに評価されるかもしれません。
ただ、尋常ではない心身の消耗になります。
――ジャニー喜多川氏による性暴力の被害にあった元タレントらのために、ジャニーズ事務所がするべきことは何ですか。
被害者の回復のために最も大切なのは、ジャニー喜多川氏による性加害が繰り返された原因を明らかにすることです。
まず事実関係をすべて明らかにする。それから謝罪。最後に賠償。事実関係を説明しないまま謝罪だけしても、被害者は受け入れられません。不信感を植え付けられるだけです。
ジャニーズ事務所は5月、性暴力に至るまでの無数のステップを説明するよりも先に、形だけの謝罪を表明しました。どうして性暴力が繰り返されたのかという、被害者にとって最も重要な情報が隠されたままです。こうした同社の対応を、被害者が疑問に感じるのは当然です。
――ジャニーズ事務所は、所属経験のあるタレントへの心のケアを目的に相談窓口を設置しました。被害者への支援として有効ですか。
性暴力が繰り返された原因などについて何も説明されていないのに、「相談して」と呼びかけられても、被害者の心には「自分や別の誰かが、また被害を受けるかもしれない」との不安が残ります。
なぜ、性暴力が起きる場がつくられたのか。なぜ、被害を訴えても、これまで取りあってもらえなかったのか。なぜ、近くにいた大人は助けてくれなかったのか――。
こうした性暴力を常態化させる原因を明らかにした上で、外部からも検証可能な形で公表しなければ、被害者が安心して相談窓口を利用することは難しいはずです。
「虐待的環境」をなくすための体制に
――原因を探る上で重要なことは。
「喜多川氏だけが悪者だった」として片付けてはいけません。
加害者が1人いるだけでは、何十年にもわたって(喜多川氏の自宅や滞在先のホテルなどの)同じ場所で、何人もの子どもが性被害を受ける事態にはなりません。性暴力を常態化させる環境がどんなものだったか、明らかにする必要があります。
被害を受けた子どもが逃げられなかったり、声を上げても取りあってもらえなかったりする――。そんな構図を、精神医学では「虐待的環境」と呼びます。
ガバナンス(企業統治)の専門家が、ジャニーズ事務所が抱える問題を1つ1つ明らかにする必要があります。その上で、同社は自らの責任を認め、「虐待的環境」をなくすために体制を変えなければいけません。
こうした対応が終わってやっと、被害者の回復に向けた歩みが始まります。
――喜多川氏と被害者以外の「第三者」の責任を、どう考えていますか。
性暴力を黙認することは、性加害そのものと同じくらいの不正行為です。
近くにいた大人が、子どもの性被害について知ったとたんに黙り込み、子どもを守ることも庇うこともしなければ、その大人は性暴力に手を貸しているようなもの。そんな対応は、子どもにとって、性被害そのものよりも深い傷になるといわれています。このことを、全ての人が認識しなくてはなりません。
アメリカでは2014年、大学内での性暴力をなくすため、ホワイトハウスがアメリカ全土に向け、「傍観者」の立場を離れて積極的に性暴力問題の解決に取り組むよう約束するように呼びかけました。当時のオバマ大統領が立ち上げた、“It’s on us” というキャンペーンです。
このような働きかけが、日本でも必要です。
元タレントらの近くにいたジャニーズ事務所の関係者だけでなく、同社のタレントを宣伝などに起用していたスポンサー企業なども含め、性暴力に加担しない意識を持つ。このことが、最初防止につながります。
◆阿部 大樹さん
精神科医。1990年新潟県生まれ。
訳書にH・S・サリヴァン『精神病理学私記』(共訳、第6回日本翻訳大賞)、『個性という幻想』など。
アメリカの精神科医J・L・ハーマンが著した『心的外傷と回復』(みすず書房)増補新版の翻訳を担当。2023年10月に刊行予定。
◆参考文献
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Amnesty International. Report on Torture. Farrar, Straus & Giroux; 1973.
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Herman JL. Truth and Repair. Basic Books; 2023. pp.15-19.
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Rieker PP, Carmen EH. The victim-to-patient process: the disconfirmation and transformation of abuse. Am J Orthopsychiatry. 1986 Jul; 56(3): 360-370.
◆性暴力について相談できる窓口
ワンストップセンター、性犯罪・性暴力に関する相談窓口の全国共通短縮番号
#8891
警察庁の性犯罪被害相談電話全国共通番号
#8103
内閣府「性暴力に関するSNS相談支援促進調査研究事業」 Curetime
時間:24時間365日(17〜21時はチャット、それ以外の時間はメールで相談可能)
方法:チャットのみ。外国語での相談も受け付けている。
相談機関では性暴力専門の相談員が対応している。状況や本人の意思を踏まえて対応を考える。相談員が本人とともに警察へ行く場合もある。
◆衣服と身体を洗わない
性被害にあった証拠を採取するために、重要となるポイントがある。
1. 被害に遭った時の衣服を洗わない
2. 身体を洗わない
薬物の使用が疑われる場合は、尿検査や血液検査をする必要がある。
なるべく早く警察やワンストップセンターに相談することが大切だ。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
ジャニーズ問題、なぜ“虐待的環境”が長年続いたのか。精神科医が指摘する「事務所と第三者の責任」