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つわりの吐き気に襲われながらの海外ライブ、産後のステージ上でまさかの尿漏れ、子の誕生後の夫婦に現れたうつの症状ーー。
バンド・SEKAI NO OWARIではSaoriとしても活躍する、作家の藤崎彩織さん。
最新のエッセー本『ざくろちゃん、はじめまして』(水鈴社)には、目まぐるしいアーティスト活動と並行してやってきた初めての「妊娠出産」、産前産後の心身の急激な変化に翻弄される日々、小さな命と過ごす温かくてかけがえのない時間が、ありのままに描かれている。
20代前半のデビュー直後の頃、「“幸せの軸”が仕事にしかなかった」と振り返る。
新たな家族を迎えたことで、バンドメンバーやスタッフとの向き合い方にどんな変化が生まれたのか。産後に自身とパートナーにうつの症状が出て、初めて見えたこととは。
藤崎さんはインタビューで、今だからこそ語れる言葉を紡いだ。
「全人生をかける」やり方では、いつか倒れてしまう
━妊娠出産から5〜6年たってからの書籍化となりました。当時から、妊娠や出産をテーマに執筆することを考えていましたか
自分にとって、妊娠出産は2回目があるか分からない経験だと考えていたので、書き残したいという気持ちはありました。
母は「妊娠中、幸せだったわ」と言っていて、「絶対美化してるでしょ」って思ったんです(笑)。大変だった記憶も数年でなくなっちゃうかもしれない。なので、身の回りに起きたことや感じたことをメモするようにしていました。
━妊娠が分かった時は、アジアと国内のツアー、シングルリリースにプロモーション、初の小説『ふたご』の発売と、すでに出産予定日の一年後までスケジュールがびっしり詰まっていたんですよね
ずっと仕事があって、産後の1カ月以外はほとんど休まずにきたんですね。当時は大変だと思っていたけれど、長い休みがあって家にずっといられたら楽なのかと言ったら、私の場合はそれも違いました。
時々あった休みの日に家にいると、ものすごく不安になったり落ち込んだりしていました。出産前は「赤ちゃんが無事に生まれるのか」という不安が特に強くて。
もちろん体調が悪い人や精神的にきつい人はお休みをとった方が良いですけど、100人が100人、絶対にゆっくり過ごした方がいいというのは違うんじゃないかと思いました。妊娠出産期に仕事があるのは大変だったけど、私にとっては結果的に良かったんじゃないかなと思います。
━過去には、レコーディング中にスタッフの男性が、ジャングルジムから小さな娘が落ちたと妻の電話を受け、すぐに病院に行くと話しているのを耳にした時、藤崎さんは「覚悟が足りないんじゃないか」と訝しんだことがある、と本では正直に書かれていました
デビュー直後の23、24歳くらいのことです。当時は「幸せの軸」が仕事にしかありませんでした。他のもので幸せや達成感、充実感を得られるとは全く想像もできなくて。家族や友達との時間を大事にする人の生活を、今では信じられないくらい当時は考えることができなかった。
「100%を仕事に向けないなら覚悟が足りないんじゃないの?」という空気が、SEKAI NO OWARI全体にあったんです。何もかも投げ打って、プライベートの時間もなく、家族とも会わずにとにかくバンドだけ、という時間が続いていました。
今、家族がありながら仕事をしてみると、「全人生をかけて仕事するんだ」っていうのは数年はいいんですけど、何十年も続けていけるものではないなと思っていて。短距離走みたいに瞬発力で短い期間を走ることはできても、ずっと走り続けることはできない。どっかで倒れちゃうやり方だったと、今は分かってきました。
家族がいたり、このバンド以外の仕事があったり、生活も大切にすることも人それぞれです。メンバーやスタッフに対しても、相手の抱えている世界ごと大事にしたい。その方が、今ある仕事をみんなが頑張ってくれるとも思っています。
「上手く笑えなくなった」パートナーにも現れた、うつの症状
━産後1か月の時、「悲しい」と「イライラする」の感情を繰り返し、パートナーに敵意剥き出しの言葉を浴びせ続けてしまったエピソードもありました。いくつかのチェックリストを使うと、全てで「産後うつの可能性が高い」という結果になったんですよね
産後に限らないですけど、落ち込みのゾーンにドンって入っちゃうと、そこから抜けるための出口が見えなくなってしまう。
日光を浴びればいい、運動すればいい、食事に気をつければいい、早く眠ればいい。そういうよく知られている方法を取り入れれば、いい循環に乗せることもできるかもしれない。でも、まずそれができないんですよね。
運動するエネルギーさえない、という状態に陥ってしまったんです。何かを「頑張ろう」という気持ちが一気になくなっちゃう。産後うつの状態って、こんなに抗いようのない症状なんだと経験して初めて知りました。
━病院に行ったり、カウンセリングを受けたりすることも難しかったとつづられていました
「症状を改善しよう」とすら思えなくなってしまったんです。そのエネルギーすらなくなって、病院に行くのも辛い、面倒くさいと思ってしまうんですよね。自分は当時、その状態だったんだと今は分かります。
身近な人でもそういう状態になりそうな人、今まさになっている人がいます。子どもを産んでホルモンバランスが崩れて、気持ちがドンっと落ち込んじゃう。そういう時、プレッシャーを与えないようにしたいとは思っていますね。とにかく自分を責めないで、と伝えたい。
━子どもが生まれて半年ほど経った頃、パートナーから「何だか上手く笑えなくなった」と言われた時の話が印象的でした
夫がメインで育児をしていて、日中は子どもと一緒にいる時間が長く、夫にもうつの症状が出るようになりました。
女性だと、「赤ちゃんの世話が大変で辛くて」と相談すると、「生まれたばかりで大変だよね、休んだ方がいいよ」とか、周りに理解される土壌はできてきていると思うんです。でも、夫の場合はそうではありませんでした。
周りから「最近何してるの?」と聞かれ、夫が「子育てしてる」と答えても「そうなんだ。で、仕事は?」と返される。仕事をしていないと、どんなに育児をしていようが一人前じゃない、という風潮は男性に圧倒的に強いように感じました。
子育てをどんなに頑張っていても「不十分だ」という圧を、夫は私よりはるかに受けていたと思うんですね。どんなに一生懸命に子どもの世話をしても満たされない苦しさが長くあったんだろうなと、後になって気づきました。
━そうしたパートナーの立場での苦しさに、目を向けられるようになったのはいつ頃からでしたか
しばらくは自分のことで精一杯だったので、産後2年くらいは無理でしたね。だんだん私の心と体が回復してきて、一人の時間もつくれるようになってくると、「なんでこの人はあんなに怒っていたんだろう」「なんであんなにつらそうだったんだろう」とようやく考えられるようになりました。
━『ざくろちゃん、はじめまして』の読者の中には、自らの妊娠出産の体験と藤崎さんのエピソードを重ねる人も多いのではないでしょうか
出産を経験した女性からは、自分もホルモンバランスの変化が辛かったという声が多くありました。産後、別人格に乗っ取られる感じは、すごくよく分かると言ってもらえました。
他にも、子どもが生まれたばかりという男性からも感想をいただいています。「妻がなんであんなに攻撃的だったのか全く分からなくて、絶望的な気持ちだった。本を読んで、ようやく妻がどういう気持ちだったのか想像できました」と言ってもらえたのはうれしかったですね。
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「人生がうまくいかなくなった時に、もしくは社会の中でマイノリティになって悩んだ時に、それが大きな傷となって人生の障壁にならない世界になってほしい」━。
近日公開予定のインタビュー後編では、バンドメンバーやスタッフのうち男性が多数を占める中での妊娠・出産の経験や、親になったことで変化した社会に対する見方、家庭で実践している「性教育」のことなどを聞いた。
<取材・執筆=國崎万智(@machiruda0702)/ハフポスト日本版>
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