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机上の空論だけではSDGsは実現されない。そんな課題意識から、ナレッジ、ノウハウ、経験を学び、“ソーシャルグッドの社会実装”に挑戦していくための場として、2022年秋、ザ・ソーシャルグッドアカデミア(Makaira Art&Design主催)が開校しました。
最終回となる第9回は株式会社マザーハウス 代表取締役副社長・山崎大佑氏をお招きし、ザ・ソーシャルグッドアカデミア代表・大畑慎治氏とともに、「SDGs2.0時代のソーシャルグッド経営を考える」と題してトークセッションを行いました。
社会性とビジネスとしての成功を両輪に、高い壁を登り続けるマザーハウスの事例から、ソーシャルグッド経営の軸となるマインドや売上と向き合う姿勢を学びます。
ソーシャルビジネスはしんどい
「ソーシャルビジネスはめちゃくちゃしんどい」
山崎さんがマイクを手にし、冒頭口にしたのはこんな言葉でした。
「今回が最終回ですが、これまでキラキラしたソーシャルグッドビジネスの側面を見てきたかもしれません。
“自分が思う社会的に正しいこと”が、世の中に伝わらないときには、経営視点でこれまでとは違った立場から新しいものを生み出していく必要に迫られます。私は、正直、もう二度と経営者にはなりたくない、と思いながらも仕事と向き合っています」
自分の中の問題意識や社会への主観的意見に端を発し、ソーシャルビジネスを企てる方も多いはず。山崎さんは、それを「めちゃくちゃしんどいこと」だと表現します。
16年間、会社を成長させ続けてきた経営者だからこそ伝えられるリアリティの詰まった言葉に、ソーシャルビジネスの厳しさが垣間見えました。
マザーハウスは、「途上国から世界に通用するブランドをつくる。」を企業理念に、2006年バングラデシュを拠点に創業されました。
3つの国で販売されているさまざまなプロダクトは、生産している6つの国の文化や地域特性、伝統が反映されています。それらのプロダクトを生み出す工場は、現地の従業員たちの「第二の家」。労働環境の向上と整備が行われており、セーフティーネットの役割も担っています。
しかし創業時は、「寄付でいいのでは?」「発展途上国の人を搾取するつもりですか?」と冷たい視線も向けられていました。
「そもそもビジネスはソーシャル性を含んでおり、ソーシャル自体にもビジネスマインドは備わっているんですよね。そして、昨今になってようやく“ソーシャルグッド”が当たり前の言葉として広く使われるようになりました」
誰にこのプロダクトの価値が求められているか
また、マザーハウスは視覚障がい者や乳がん経験者といった方々と共にバッグを製造し、それを全店で販売しています。山崎さんは、マイノリティの視点でものづくりをする際に大切なことを2つ挙げました。
1つ目は、目的性を徹底して考え抜くこと。
「弊社が販売している“ブラインドサッカー バックパック”は、“視覚障がい者の方々がストレスを感じずに使えるプロダクトをつくる”という目的を最重要項目にし、“このバッグを必要とする場面とは”を徹底的に議論しました。目的性を追求した商品は、やっぱり売れます」
“ブラインドサッカー バックパック”の場合、「ファッションを楽しみたいけど、バッグが汚れているのが自分で見えないのが嫌だ」という声から、最も汚れづらい素材を日本中から探し出して作られました。
ここで浮かび上がる2つ目の大切なことが、思いを形にする“スキル”を持つこと。思いを形にするには、デザイン、機能要件の洗い出し、素材の知識など、ものづくりに関する幅広いスキルが求められると、山崎さんは語ります。
これを受けて大畑さんは「マイノリティの課題を解決するための商品やサービスの開発は、経済的な面から後回しにされてしまいがちです。これを打破していくためには、マイノリティの課題解決を追及して生み出した価値が、マスにとっても大きな価値になるという設計が重要」と語り、マイノリティの快適さが結果的にマスにも喜ばれる、という事例を紹介しました。
「たとえば今、感覚過敏の方々の支援もしていますが、触覚過敏の方は『縫い目が痛くて着られる服がない』という悩みがあります。
その悩みを解消した、触覚過敏の人でも心地よく着ることができる生地や縫製の服は、触覚過敏ではない人にとっても、通常の服より『心地いい服』『着やすい服』となります。
そうするとマーケットがマイノリティにとどまらないので、ビジネスとしても成り立つし、企業が挑戦する選択肢になってくるんですよね」
同様のことが、マザーハウスでも起きていました。店舗に“ブラインドサッカー バックパック”を置くと、価値やバックグラウンドをわざわざ説明しなくても「すごく軽いし汚れなくて使いやすい」と幅広い層のお客様が購入していくそう。
「困り事を解決するためにプロダクト開発をする多くのブランドが、『こんな想いを持って、こういうことを頑張っている』とロジカルに説明しすぎるきらいがある」と山崎さん。
「そうではなく、機能とデザインで『あ、いいな』と感覚的に思ってもらえる優れたプロダクトにまで落とし込むことが大事です」
大畑さんはこのようなケースを受けて、ソーシャルグッド経営の特徴を改めて振り返りました。
「D&IやSDGsというと、経済合理性が担保されないからみんな挑戦したがらない、という傾向がありますよね。これがソーシャルグッド経営の難しいポイントだと思っていて。だから、マスにもバリューを産むことができるのだというプロダクトの作り方は、一つの重要な伝え方になると思います」
山崎さんは、「今、政策や市場論やビジネスセオリーは、とかく『マス』を語りたがりますよね」と補足します。
「僕らはマスに売ろうと思ってないんです。でも、マイノリティ当事者と同じことに困っている人は、その当事者以外にもたくさんいるはず。
視覚障害がある人たちが使いやすいバッグを作った時、それは一見マイノリティのために聞こえるかもしれないけど、視力が落ちているシニアのことも考えれば、凄まじいマーケットがありますよね。
でも、それは『マス』という市場の考え方ではない。誰にこのプロダクトの価値が求められているのか、ということを、ちゃんと考えなきゃいけないということですね」
社会を変えたいから、事業は拡大させる
続いて、受講生の中から「どのような売上計画を立てているのか」と、マザーハウスの成長へ注目した質問が向けられました。山崎さんの答えは、「コンフォートゾーンの一歩外に出たグロースレート(成長率)を引く」。
ソーシャルグッドビジネスが売上拡大していくことを是としない反応は少なくありません。しかし、山崎さんは「規模を追求するんですか、とよく聞かれますが、答えはイエスです」と断言。
「社会を変えるためには、私たちが新たな主流にならないといけませんから。
ルイ・ヴィトンが数兆円売っているなら、僕らは数億でいいというわけにはいかない。マザーハウスでは中期経営計画に基づいて予算を決め、お店の売上ランキングも社内公表し、成長にはかなり厳しいスタンスをとっています。
3億の会社と10億の会社は全然ちがう。10億から30億になるのもそうです。成長に合わせてビジネスや組織のモデルを根本的に変える必要がある。
マザーハウスでは、確実な成長を3年続け、1年間“成長の踊り場”を設けて、大規模な改革をするんです。だから、今から6、7年前のうちを見ると、全然違います。やっていることも、売っている場所も違う」
「人間、情熱だけで頑張れるのは4年くらい」
“成長の踊り場”の時期、社内では組織についての議論を徹底して行い、その参加者は300人にもなるそうです。会社を大きくしていくことの意義を社員全員が共有しているマザーハウスですが、ここに至るまでには大きな苦難がありました。山崎さんは創業5年目のころを振り返ります。
「退職者が続き、労働環境を変える必要性を学びました。人間、情熱だけで頑張れるのは4年くらいなんですね。そこを超えると疲弊してみんな辞めてしまう。
でも、理想の就労環境を実現するためには10億規模の会社にならなければならない計算だった。当時の売上は約3億です。僕が全社会議で『10億規模にならないとみんなのお給料は上がりません』と伝えると、大反発が起こりました。僕はそれまでずっと気合と根性で頑張ってきたけれど、やっと、みんなが納得できる中期経営計画を作るようになりました」
しかし、初めは誰もその計画が実現すると信じていなかったと言います。
「それでも毎月の店長会で、10億に達すれば実現できる会社の未来を丁寧に説明し続けたところ、信じてくれる人が少しずつ増えました。それが全員へ伝播するまで、本気で考え、言葉を尽くした結果、4年で売上10億円を達成したんです。
そして実際に会社は変わりました。お給料も上がったし、労働時間も減った。その共通体験が、会社の大きな財産になっています」
大畑さんは、ザ・ソーシャルグッドアカデミア 第1回の冒頭で「ソーシャルグッドの社会実装をもっとマスの選択肢にしていきたい」と、開校への思いを語っていました。ソーシャルビジネスでありながら、質の高いプロダクトでハイブランド市場に挑もうとしているマザーハウスの実例は、まさにザ・ソーシャルグッドアカデミアが目指すものと重なります。
最後に「ザ・ソーシャルグッドアカデミアの第1期は明日で修了しますが、終了ではありません」と受講生へ投げかけた大畑さん。
「ソーシャルグッドの社会実装は、現在を生きる私たちビジネスパーソンの使命ではないでしょうか。その道のりでは、批判する人との出会いや、予想外の困難にも見舞われるでしょう。それでも、熱狂し、共に学んだ仲間と励まし合って進んで行きましょう」
ここがスタートラインだということを強調する言葉で、ザ・ソーシャルグッドアカデミアの締めくくりとなりました。
(執筆:野里のどか、編集:黒木あや)
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ソーシャルビジネスの厳しさ乗り越え、マザーハウスはいかにしてハイブランド市場に挑むのか