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経済産業省がニューロダイバーシティへの取り組みを発表 、産官学の連携で「日本橋ニューロダイバーシティプロジェクト 」が発足するなど、2022年は「ニューロダイバーシティ」への関心が高まった1年だった。
ニューロダイバーシティ(neurodiversity)とは、 neuro(脳・神経)とdiversity(多様性)の2つが組み合わさった言葉で、「脳や神経の多様性を尊重し、社会の中で活かしていこう」という考え方だ。
この言葉がまだあまり聞かれなかった2020年に出版された『ニューロダイバーシティの教科書 』。著者の村中直人さんは臨床心理士・公認心理師であり、昨年話題となった『〈叱る依存〉がとまらない 』の著者でもある。
長年、発達障害の子どもたちの支援をしてきた村中さんは、「発達障害≒ニューロダイバーシティ」と捉えられがちな現状に、「ニューロダイバーシティは発達障害の言い換えではなく、私たちが人間を理解するためのパラダイム」だという。
その意味とは?
「みんな同じが当たり前」ではない社会のあり方
━━「ニューロダイバーシティ」という言葉、考え方は広がりを見せていますが、現状をどう捉えていますか?
ニューロダイバーシティとは、 neuro(脳・神経)とdiversity(多様性)を組み合わせた造語で、直訳すると「脳や神経の多様性」ということになります。その多様性を私たちがどう捉えて、社会のなかでどう活かしていくか。さらには、それを肯定的に捉えて互いに尊重していきましょう、という考え方、ひいては社会運動です。
2022年は、経済産業省がニューロダイバーシティへの取り組みを発表するなど、日本における「ニューロダイバーシティ元年」になったのではないかと感じています。
「脳や神経の多様性」を意味することから「発達障害≒ニューロダイバーシティ」と捉えられがちですが、今後、発達障害の言い換えとしてではなく、どのように使われていくのか。どのような発信がされるのか。2023年はその方向性が決まる重要な年だと思っています。
━━「ニューロダイバーシティ元年」を経て、今後重要になってくるポイントは?
「ニューロダイバーシティ」の対義語は、「ニューロユニバーサリティ(neurouniversality)」という言葉が使われています。
「神経普遍性」=「人間は、だいたいみんな同じような脳の機能、神経の働き方をしている」という前提に立っているのがニューロユニバーサリティです。「人間はみんなだいたい同じ」という社会のあり方ですね。
一方、ニューロダイバーシティは「人間なんだから、みんなが違っていて当たり前」で、それを前提とした社会を作る、ということです。
つまり、「ニューロダイバーシティ」という言葉は「みんなだいたい同じが当たり前」か「みんな違って当たり前」か、どちらの考え方で社会を作っていくのか? そういう問いかけなんです。「人間理解のパラダイム」の問題と言えると思います。
根本をニューロダイバーシティ設定に
━━そのように捉えたときに、課題となるのは?
いまの日本はニューロダイバーシティとは反対の考え方で社会が成り立っています。教育の場合が想像しやすいと思いますが、教育現場はニューロユニバーサリティ的です。
「みんなだいたい同じ」という前提に立つと何が起こるか。みんなが同じ場所、同じタイミングで同じことを学ぶことがよしとされます。さらには「だいたい同じなんだから、全員に合う唯一絶対解の学び方がある」という発想で突き進むわけです。そうすると、どんどん方法が狭くなっていきます。
「さくらんぼ算」などの特定の方法論の急速な普及は、その典型的な例ですね。人間にとって標準的なやり方はひとつだけ、という方向になっていく。やり方が狭くなるのだから、当然合わない人は増えていきます。
そして、「唯一絶対解」であるはずの「標準的なやり方」が通用しない人たちは、「障害がある」「特別なニーズが必要」と分けられていく。
これは経済活動の場面でも共通しています。
多数派中心の、現在の働き方や社会のあり方をまったく変えずに、余力の部分で「少数派に手を差し伸べましょう」という考え方ですね。
もう少し具体的に言えば、「自閉症スペクトラムの人、ADHDの人、障害のある働きづらい人も仲間に入れよう」「特別な才能がある人もいるみたいだから、活躍してもらって生産性を上げよう」という考えになるかと思います。
ニューロダイバーシティは自閉スペクトラム当事者が起こした社会運動なので、少数派の権利や労働環境を守ることは確かにとても重要です。ですが多数派が一切変わろうとしないのならば、結局は多数派中心のニューロユニバーサリティ的な考え方だと感じます。
社会のあり方の根本をニューロユニバーサリティ設定にするのか、ニューロダイバーシティ設定にするのかは、私たちの働き方や生活に大きく影響します。
たとえば、朝型・夜型というように、睡眠のリズムには遺伝子の影響を強く受けた個人差があります。
人間の体内時計はだいたい24時間で回っていますが、人によって24時間よりちょっと長かったり短かったりする。「早寝早起・朝ご飯を実践したら、全員が最高のパフォーマンスを発揮できる」と考えるのがニューロユニバーサリティ的な発想です。
ですが、ニューロダイバーシティ的な発想では、個別性が前提になります。
一人ひとり「私の日内変動リズム」に合わせた生活を送る。完全に個々に合わせるのが難しかったとしても、ある程度一人ひとり選択できる。できる限りそれを実現できるような社会システムを作っていく。そういった特性に合った選択ができる社会が、本質的な意味でのニューロダイバシティだと思います。
私とあなたの働き方が違うのは当たり前
━━「ニューロダイバーシティ設定」の社会を実現するために、どんなことが必要でしょうか。
最近、「インクルージョン(包括)」が話題になっています。とても大切で必要なことですが、落とし穴もあると考えています。
「インクルージョン」は、多数派の外側にいる少数派の人たちを、内側に入れて一緒に活動しようという文脈で使われることの多いワードです。これは、多数派の中にすでに存在している多様性を見落としてしまう危険性があると感じます。
コロナ禍でテレワークの動きが加速しましたが、一斉に「テレワークだ」「いや、出社だ」となった企業も多かった。そこに「個別性」の視点を入れる。人間はそもそもニューロダイバーシティなんだから、テレワーク比率は各個人の特性のあり方によって変えていく。そういう発想が必要です。
脳や神経の働きはみんな違うのだから、「私とあなたの働き方が違うのは当たり前」という考え方です。それが組織のなかで当然視されるような文脈になっておくことが重要です。
私はこれを、「カルティベーション(cultivation)」という言葉で表現しています。
「耕す」という意味ですが、語源をたどると「耕すことで文化を作る」という意味合いも含まれています。まずは組織や社会の「カルティベーション」が必要だと考えています。
カルティベーションを進めて、産業界のスピード感で社会全体が変わっていく。個別最適化された働き方・企業がいくつもある。そんな社会が実現することが経済活動のニューロダイバシティだと思います。
それが実現すると企業が求める人材も変わってくる。「社会に出たら個別の配慮はしてもらえない」という考え方はなくなっていく。そうなったときに、150年変わっていない日本の教育にも、影響が波及してくるのではないかと考えています。
こうやって私が発信し続けることもカルティベーションの一環として、必ず意味があると思っています。
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「ニューロダイバーシティ元年」を経て2023年は方向性が決まる年。第一人者、村中直人さんに聞く