2022年夏、音楽フェス「SUMMER SONIC 2022」ーー。
「LGBTの人は人間です。LGBTの人は日本人です。愛は愛。家族は家族です。一緒に闘ってください」
ステージからそう訴えたのはシンガーソングライターのリナ・サワヤマ。日本で初出演となったフェスの舞台から発したのは自身のヒット曲だけでなく、日本で暮らすLGBTQ当事者たちの権利だった。
日本出身でロンドンを拠点に活動する彼女は、レディー・ガガやエルトン・ジョンとコラボ、ハリウッド映画に出演、イギリスの権威ある音楽賞「マーキュリー・プライズ」にノミネートされるなど、世界に名を轟かせるポップスターだ。そして、楽曲やライブなどを通して社会問題に声を上げることをためらわない。
2022年9月には「SAWAYAMA」に続くセカンドアルバムとなる「Hold The Girl」をリリース。現在ワールドツアーの最中で、2023年1月には、17日の名古屋を皮切りに日本でも単独公演が予定されている。
今作は「フェミニスト・アルバム」だというリナ。マイノリティとの連帯、シングルマザーの母親に向けた曲、そして自身の成長について聞いた。
どんな「地獄」でも、一人ではない
「This hell is better with you(あなたがいるなら、この地獄も悪くない)」
新アルバムの代表曲の一つ「This Hell」の歌詞の一部だ。
この曲はLGBTQコミュニティと連帯するために書いた曲だというリナ。カミングアウトがうまくいかず、信仰を理由に家族から拒絶されたり、コミュニティの繋がりを失ってしまったりした当事者の友人の体験が背景にある。
「宗教だけでなく、法律や社会そのものが、当事者たちに自分たちが平等な権利に値しないと感じさせてしまうことがあると思います。自分たちは地獄に落ちるのだ、と」
「『This Hell』では、『クィアの人たちが全員地獄に落ちるのであれば、すごく楽しい場所なはず』『パーティがあるみたいだからみんなで一緒に地獄へ行ってみよう』と言いたかったのです」
自身もバイセクシャル当事者であることをオープンにしているリナ。MVでも、周りから抗議を受けながらも結婚式場で祝福され、仲間と共に踊る姿はまさにパーティだ。そして、抑圧に屈しないLGBTQコミュニティとの連帯が描かれている。
リナの人権問題に声を上げる姿勢は、ライブ中でも変わらない。「SUMMER SONIC」のステージでも、「結婚の平等」の実現に支援を呼びかける場面があった。
私と、私の友だち、チョーズン・ファミリー(選ばれた家族)を受け入れて平等な権利を与えられるべきだと、平等な権利を持つべきだと思う人たちは、皆さん私たちのために闘ってください。LGBTの人は人間です。LGBTの人は日本人です。愛は愛。家族は家族です。一緒に闘ってください。
日本では戸籍上の性別が同じカップルの結婚が認められておらず、LGBTQ当事者を差別から守る法律もない。リナは自分のもう一つの母国の現状に「G7で唯一、同性カップルの結婚や平等な権利が認められていないのは恥ずかしい」と話す。
イギリスでも、扇情的なマスコミ報道や排他的なフェミニストによってトランスジェンダー当事者に対するバッシングが激化しているという。
「ただ平等な権利を求めているだけの少数者なのに、トランスジェンダーの人たちがまるで社会の悪者であるかのような描写は本当におかしいと思います」
「This Hell」を作詞したのはパンデミックのピーク時。世間の何もかもが変わってしまう中、当時の状況がこの世の地獄のように感じられたと話す。
「『This hell is better with you (あなたがいるなら、この地獄も悪くない)』という歌詞は色々な形をした『地獄』に通ずると思います」
「コロナ禍の世の中、今置かれているコミュニティ、あなたを法律で守ってくれない国ーー。どんな『地獄』にいようと、あなたを愛する人がそばにいるのだと伝えたいと思いました」
シングルマザーの母親、親子の関係性を描いた曲
今回のアルバムは「フェミニスト・アルバム」だと話す。
故・ダイアナ妃やブリトニー・スピアーズの名前、パリス・ヒルトンの名フレーズ(“That’s hot”)などが「This Hell」の歌詞に登場するのも、彼女たちがパパラッチや水面化で受けていた不条理に光を当て、社会の逆境に立ち向かった女性たちを讃えるためだったと明かす。「アイコン」として知られる彼女らに、リナも勇気をもらっている。
アルバムに収録されている曲にはもう1人、リナにとって重要な女性が登場する。自身の母親だ。
前半と後半で親と子どもの視点が入れ替わる曲「Catch Me In The Air」は、シングルマザーで自分を育てた母親に向けられた曲。詞を書いていた当時、出産や子育ての話をする人が身の回りに増え、母親の立場に立ってみるきっかけになったとインスタグラムで語っている。
日本で生まれ、幼い頃に家族とともにイギリスへ移住したリナ。両親が離婚してからは母親との二人暮らしが始まったが、当時の関係は決して良好ではなかったという。
新潟育ちで英語が不自由な母親と、ロンドン育ちの自分。自分とは違いすぎる母親に「恥ずかしさ」を感じていたと話す。
インタビューの数日前、リナは32歳の誕生日を迎えた。母親が自分を産んだ年齢に近づくと共に、理解が深まる感触。想像できなかった、移民として暮らす苦労。かつて母親に抱いていた「憤り」の感情が「共感」に変わり始めたという。
「その国で暮らすために親がどんな犠牲を払っているかは、子どもの内は分かりにくいのだと思います」
「私が羽目を外したりグングン大人になっていく姿を見て、母はそれが怖かったのかもしれません。離婚を経験して、そういった不安を伝えられる相談先や支えもなかったと感じます」
リナ自身も、鬱といったメンタルヘルスの不調に苦しめられた経験もあった。今も「セルフメンテナンス」のためにカウンセリングを続けていて、視点を広げる支えとなっている。
「自分自身をよく理解することで、他の人を理解し、共感することができると感じています。そうやって得た視点が、過去に起きたことや『憤り』を感じていた家族を許すことに繋がる。私にとって生きるために大切なことです」
いつまでも自分らしく
「SUMMER SONIC」の出演は2022年が初めてだったが、実は10年前、リナはこのフェスの観客席にいた。
当時の大阪会場は台風で、まるで「この世の地獄」だった。雷雨の中観た、リアーナやアジーリア・バンクスのパフォーマンスを未だに覚えている。
あの日見上げていたその舞台に、自身が立つことになるとは想像できただろうか。かつて憧れていたポップスターに自分も成長した今、リナに世界はどう見えているのか。
「面白いことに、活動を続けるなかで目指す『ゴール』の場所は常に動き続けてしまうのです。『ゴール』が動きすぎないように気をつけないと、何かを達成できた時の感謝の気持ちを感じられない。前へ進み続けるための意欲も湧かない気もします」
「ただ立ち止まって、これまでを振り返ってみた時の気持ちは本当に最高です。もちろん、それは私の活動を支えるたくさんの人が頑張っているおかげであって、それも人の目に触れるのは氷山の一角に過ぎません」
リナは「SUMMER SONIC」出演に続き、2023年には東京、名古屋、大阪での単独公演で来日予定だ。
「イギリスで普段暮らしている自分の楽曲が、日本で暮らす人にも親しまれていることを本当に光栄に感じています」
「一番嬉しいのは『あなたの曲があったからパンデミックを乗り越えられた』と言われること。私もパンデミックで助けられたアルバムに身に覚えがあるので、そういったアーティストに向けられる気持ちをよく知っています」
「それが私に向けられるだなんて信じられません。ただ自分らしくあり続けて、今の活動を続けたいと思っています」
Hair / TOMI ROPPONGI
Make-up / Rie Shiraishi
Stylist / Jordan Kelsey
Stylist Assistant / MAO MIYAKOSHI
ニットミニドレス 、ネックレス、ブレスレット:アンブッシュ®️
ブーツ:ジミー・チュウ
イヤリング、リング、ヘアクリップ:ジャスティーヌ・クランケ
【アルバム情報】
リナ・サワヤマ 2nd Album『ホールド・ザ・ガール』
https://umj.lnk.to/RinaSawayama_HoldTheGirl
【来日公演】
2023年1月17日(火)名古屋:ダイアモンドホール
2023年1月18日(水)大阪:Zepp Osaka Bayside
2023年1月20日(金)東京:東京ガーデンシアター
https://www.livenation.co.jp/artist-rina-sawayama-1159943
https://www.creativeman.co.jp/event/rina-sawayama/
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「この世の地獄」を生き抜く。歌手リナ・サワヤマがシングルマザーの母親に向けて書いた曲と、自身の成長