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「とあるパン屋さんでは、次の日が定休日で売れ残ると分かっていても夕方にやむを得ずパンを焼くそうです。品揃えがまばらだと、『食品ロスを減らしてすごいね』とはならない。別の店舗に行ってしまうお客さんが多いと言っていました」
文美月(ぶん・みつき)さんは、そんな食べ物が「もったいない」現状をビジネスの力で変えたいと、フードシェアリングサービスやアップサイクル事業を行う株式会社ロスゼロを2018年に立ち上げた。
「消費者も食品メーカーも、食べ物がもったいない現状を理解しています。『美味しく食べること』が『社会を良くすること』に直接つながるサービスを、そして持続可能な事業であり続けるために必要な利益もきちんと出せるビジネスを作ろうと思いました」
そこで、美味しく食べられるのに行き先を失ってしまった食べ物の価値を見直し、ECを通じて消費者の食卓に届けるビジネスを始めようと思った文さん。
しかしその“理想”を実現するためには、大きな壁があった。食品ロスに対する「イメージ」や、食品メーカーが恐れる「ブランド毀損」「値崩れ」などだ。
美味しく食べられるのに価値が下がるっておかしくない?
日本で発生している食品ロスは年間522万トン(令和2年度)。食品業界で習慣となっている「3分の1ルール」によって販路を失うものも多いという。東日本大震災以降「3分の1ルール」を見直す動きもあるが、現場レベルではまだまだ根強く残っていると文さんは指摘する。
また、需要と供給がピッタリ合うように作るのは難しく、競争に勝つために「足りないよりは余らせる」選択をせざるを得ない食品メーカーも多いそうだ。
他にも年に一度パッケージをリニューアルする商品やお中元、チョコレートなど季節や日付がずれるだけで価値がなくなってしまう商品などもロスが多い傾向がある。そうして商流から外れた商品たちは、企業がお金を払って廃棄処理したり、「訳あり商品」として水面下で取引され、安く叩き売られたりすることが多いという。
しかし文さんは、「美味しく食べられるのに価値が下がってしまうのはおかしい」と指摘する。
「消費者には食品ロスの背景をまずは知ってほしい。その上で、十分美味しく食べられるものなのに『食品ロス=当然安い』という価値観でいいのか、一度立ち止まって考えてみてほしいです」
一方メーカー側は、食品ロスの行き先は、廃棄か訳あり商品など“叩き売り”しかないと思い込んでいるケースも多いという。
「消費者の中にはロスになった理由をきちんと説明すれば、安すぎない価格でも納得して買ってくれる人がたくさんいます。納得してくれた消費者が適切な価格で買ってくれる、そんなブランドを毀損しない選択肢があると信頼していただけたら嬉しいです。それが結果的に作り手を救うことにつながります」
「美味しく食べて社会貢献できる」ロスゼロのサービスとは?
ロスゼロでは、主に製造から納品までの間に発生した食品ロスを対象にしている。特に人気な商品が「ロスゼロ不定期便」だ。2カ月に一度、ロスが多く発生したタイミングで届けられるセットで、ユーザーにとっては、ちょっとワクワクする福袋のようだ。常温で配送できる食品が5kg前後入っており、賞味期限が残り4週間以上のものが5割ほどを占める。
文さんは「安くてお得」で終わらないよう、商品を届ける箱の中にロスゼロの思いや取り組みを説明する紙も入れているそうだ。美味しい食べ物と一緒に届いたメッセージは、家族や友人との会話のきっかけになっているという。
「ロスゼロをきっかけに意識が変わって、外食先で食べ残しをしなくなったという声も寄せられています。個人で大きいことはできないけれど、ちょっとずつなら行動を変えられる人が増えたらいいなと思っています」
不定期便は値崩れやブランド毀損を恐れる企業にとってもメリットがあると文さんは言う。いつ何が届くのか「お楽しみ」な不定期便では、個々の商品名と価格が出ないため、企業も参加しやすいそうだ。
また、ロスゼロではオリジナル商品「Re:You」も製造販売している。廃棄されるはずだった原料に付加価値をつけて生まれ変わらせる「アップサイクル」のチョコレートだ。
未利用の高級チョコレートに、未利用のナッツやドライフルーツをトッピングした「Re:You」チョコレートは、その時のロスの状況によってトッピングが変わる楽しさがある。パッケージも、紙のロスが出ないサイズにしたり、内側に「Re:You」ができた背景を説明するなど、デザインもこだわった。ブランド名には「食べる理由がある」という意味が込められてる。
「アップサイクルは“付加価値”をつける手法なので、ロスになった原料を提供するメーカーのブランドを毀損しません。もちろんロスゼロがロスを出したら元も子もないですから、販売状況をみて製造しています。今までロスは出していません」
文さんは「本当は生産・製造段階でロスを出さないようにするのが理想」だと言う。そのためには一社だけでなく食糧システム全体の変革が必要だ。2019年に食品ロス削減推進法が制定され、社会の変化は少しずつ見られるものの、根本的な食品ロスの解決にはまだ遠い。
「まず第一歩として、ロスゼロのコンセプトやロスになってしまう背景を知る人を増やし、企業が食品ロスをオープンにすることを歓迎する社会を作っていきたいです」
「人がもったいない」現状を変えたい
文さんが社名を「フードロスゼロ」ではなく「ロスゼロ」にしたのは、世の中には食べ物の他にももったいないものがたくさんあるからだ。起業に至る根底には、文さんが母親になってから「人がもったいない」と感じた経験がある。
子どもを産むまでは仕事に打ち込んでいた文さんだったが、出産後は再就職が全くできなかったそうだ。
「自分の能力と関係のない理由で、再就職したいのにできなかったのが苦しかった。外で職を得られないなら、自分で職を作るしかないと思って起業しました」
同じように本人の能力と関係ない理由で、キャリアを作りたいのに作れない人がいるのは「もったいない」。ロスゼロを立ち上げて雇う側になった文さんは、子育てしながら働きたい人も積極的に採用している。
「微力ですが、自分が雇う側になって少しでも選択肢を増やしたいと思っています」
将来的には食べ物に限らず、社会のいろんな「もったいない」ことの価値を伝えて、笑顔を増やしていきたい、と語った文さん。ロスゼロはまだ小さい会社ながら、この3年で売り上げは20倍になり、利益も出ているという。
「売り上げを別の社会課題解決に使うのではなく、売り上げ=社会課題解決にしたい。ロスゼロみたいに社会課題ど真ん中の事業が利益をあげないと、希望がないじゃないですか。これからも多様なステークホルダーとともに、どんどん挑戦を続けていきます」
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「食べられるのに捨てる」だけが競争に勝つ方法なのか?美味しく食べて社会貢献できるサービス「ロスゼロ」の挑戦