「元消防士と元警察官のゲイカップル」として、2021年からYouTubeで動画投稿を始めた2人がいる。大阪市消防局に11年務めた平田金重さんと、京都府警で16年間勤務した勝山こうへいさんだ。
同年に公務員を辞めた2人。今、平田さんはKANE(カネ)、勝山さんはKOTFE(コッフェ)と名乗り、YouTubeで『KANE and KOTFE』として、水族館デートや物件探しといった日常をおさめた動画を投稿している。
背景にあるのは、「自分らしさを我慢せずに生きられる社会にしたい」との思い。特に「体育会系」や「男社会」と言われる環境は、性的マイノリティなどが生きにくい現状にあると感じてきた。
守秘義務などの観点からなかなか実態が見えない消防や警察という組織で、LGBTQ当事者はどういった思いを抱えて働いているのだろうか。
KANEさんは「ゲイであることを理由に苦しんだり、無理して隠したり、仕事を辞めたりしなくてもいい社会になってほしい」と力を込める。
(2日連続で掲載。前編はKANEさん、後編はKOTFEさんに思いを聞いた)
◆「普通」に縛られ、「ゲイだと思われたくなかった」
思えばずっと、「普通」に憧れてきた人生だった。今も脳裏に焼き付いているのは、両親がよく口にしていた「お金がない」「電気を切りなさい」という言葉。幼い頃から生活保護を受けていた家は常に寒く、貧しさからか劣等感があった。周りの子の話に当たり前のように出てくる楽しい旅行や習い事は、自分にはなかった。
一時期は、高校に行かず働くことも考えた。早くお金を稼いで、普通に生活してみたかったから。なんとか進学した後も、ボロボロの服を着ている自分と周囲の差に、なんとも言えない虚しさがあった。
卒業後、スポーツ用品に関連する仕事に就いた。将来について考える中で、子どもの頃から漠然と、公務員になって安定したかったことを思い出した。特に「誰かの役に立ちたい。人を助けられて、かっこいい」という思いから、消防士に憧れていた。劣等感を抱いていたからこそ夢を叶えて自信を持ちたいという思いもあった。会社は1年で辞めて、アルバイトをしながら公務員予備校に通った。
ある日、本屋でゲイ向けの雑誌を見つけた。今までにないくらいドキドキしたが、そんな自分を認められなかった。当時、テレビ番組やコントの中に出てくるゲイはみんな笑われるキャラクターだった。
「自分は少し、性的な興味があるだけ。絶対、男なんて好きにならない」
高校時代は女の子に恋をすることもあり、自分のように「ゲイではないけれど、男性に興味がある」ような人と友達になりたいと考え、ゲイ向けのSNSを通していろんな人に会った。だがなかなかうまくいかず、体を重ねて終わるばかりの日々が続いた。
23歳で念願叶い、大阪市消防局の消防士になった。翌年の12月22日、SNSでやりとりをしていたKOTFEさんに初めて会った。
そのKOTFEさんに告白された。真っ直ぐで裏表のない素直な性格に惹かれたと言ってくれた。一緒に遊ぶ中で、これまで経験のない楽しさを感じてはいたが、「自分は友達が欲しいだけ。人を信じるのも怖いし、踏み込んでこないでほしい」という葛藤もあり、返事を保留した。
あえて仲の良い女性がいることなども繰り返し伝えて牽制すると、KOTFEさんに「KANE君のこと、めっちゃ好きになっているからしんどい。望みがないなら、もう会わんとこ」と言われた。
自分が悪いと分かりつつも、KOTFEさんを失うのは嫌で涙が溢れた。 頭の中でぐちゃぐちゃになった感情を吐き出した。
「ずっと世間体を気にして生きてきたから、どうすれば良いかわからない。貧乏だったから、普通の家庭に憧れていたし、自分がゲイだと認められない。ゲイという枠組みに入るのも怖いし嫌なんだと思う。それに、男同士で幸せになれるのか分からない」
KOTFEさんは「傷つけてごめんね、わかったよ。無理せず、その気持ちを大切にして、納得するまで一緒にいよう」と言ってくれた。
実家からKOTFEさんの部屋へなだれ込むようにして、同棲が始まった。時間を共有するうちに2人でいることがかけがえのないものになり、1、2年かけてKOTFEさんを好きになっていった。
◆辞めてから、疲弊していた自分に気づく
念願だった消防士の仕事はとてもやりがいがあった。消火器などの設置指導業務は一見地味だが、何万人もの命を救うことにつながる。救急搬送は傷病者に希望を持ってもらい、支えになれる。多くの人の役に立てる仕事を、誇りに思った。
2021年3月、体調が悪くなっていたKOTFEさんが京都府警を去るのに合わせ、11年間従事した消防士の仕事を辞めた。心理学などたくさんの本を読むようになり、新しい挑戦をしてみたいと思ったことがきっかけだった。
当時、辞職の背景と職場環境に、直接的な結びつきはないと思っていた。だが仕事から離れて初めて、職場での生きにくさも、辞めたい気持ちに繋がっていると気づいた。
消防の現場は昔ながらの男社会で、性に関する話が頻繁にあった。よく「彼女おらんのか?」と聞かれ、合コンや性風俗にも誘われた。階級社会で「先輩の言うことは絶対」という時代でもあり、断れずに行くこともあった。
一方、同僚と長い時間一緒に働く泊まり勤務では、プライベートな会話は避けられなかった。6年目で上司に、「自分はゲイで、嘘をつき続けないといけない泊まり勤務がしんどい」と伝え、日勤のみの部署に異動させてもらった。計11年続けられたのはそのおかげも大きく、感謝している。
それでも職場には事実に基づかない「ゲイはみんなエイズ持っとるわ」といった偏見や、「息子がゲイだったら嫌やわ」といった心無い発言が多くあった。無意識の我慢が自分を疲弊させていたことに、辞めてから気づいた。受け止めていたら、働けなかったのだと思う。
消防士の活躍を見ると、寂しくなる自分もいる。あの仕事が誇りだったからこそ、「仕事を好きな人が辞めなくても良い組織になってほしい」。
◆「無理」をやめたら、何が見えるのだろう
消防士を辞めて時間ができてから、LGBTQ当事者をはじめ、いろんな友人もできた。
昔はLGBTQに関するニュースを見ても「みんな、セクシュアリティに関わらず、しんどいことはあるんだから、我慢しろよ」と思っていた。自分が差別をする側になっていたことを反省し、今は「我慢を強いるのではなく、おかしいことを少しずつなくしていきたい」と思う。
まずは自分が無理をせず、隠さずに生きてみるところから始めることにした。他のゲイカップルの動画を見て、漠然とKOTFEさんに「YouTubeをやってみたい」と提案した。何を具体的にやりたいという明確な軸はなかったが、発信していけば何か見えてくるかもしれないと思った。
KANEさんは、「同性婚の法制化など、社会が変わってほしいと思っていますが、正直、自分達が生きている間は難しいかもしれない。ただ、発信する人は一人でも多い方が良いと思う。また、ありのまま自由に生きたらどうなるか、試してみたいんです」と話す。
動画では、自分がいろんな人に触れて少しずつ変わったように、自分たちの日常を通して、見てくれた人にまずは色々なことを感じてほしい。性的マイノリティが周りに当たり前にいることが伝われば良いなと、漠然と思っている。
やってみて嬉しかったのは、現役でゲイの警察官や、カミングアウトできない50〜60代のゲイの人から「なんだか、救われた気持ちになった」などとメッセージをもらったことだ。
「社会ではLGBTQ当事者だけでなく、自分のことを隠したり、思ったことを言えなかったりする人がたくさんいると感じます。僕らが発信していくことで、もしかしたらそういった人の力になれるかもしれない。やっていく中で、自分にできることが見えてくれば良いなと思っています」
<取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>
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「ゲイはみんなエイズを持っている」と偏見。消防士を辞めた僕は、“無意識の我慢“に疲弊していたと気づいた