ケイトさんは、母国のウクライナが侵攻され、日本に逃れた避難民だ。
母親と2人、キーウからポーランドやセルビアに渡り、知人を通じて日本に避難。現在は通っているキーウの大学の授業をオンラインで継続しながら、日本でアルバイトを始めた。
戦争が終わる兆しが見えず、経済的にも打撃を受けた母国の惨状を鑑みると「仮に帰国できたとしても、仕事があるとは思えません。どうやって食べていけばいいかも分からない」と打ち明ける。
そのため「日本で働けたら」とも考えている。ケイトさんが日本に避難するまでやいまの生活、長期滞在を望む事情を聞いた。
戦争か。「フェイクじゃなく現実」
2月24日午前5時、サイレンの音が響いた。
その日は、ケイトさんが通う大学の二学期の初日。早起きして、登校準備をしている最中だった。
「戦争が始まったのでは…」
すぐにネットで情報を調べた。
「フェイクじゃなくて現実だと分かり、愕然とした」とケイトさんは振り返る。
まだ寝ていた母親を起こし、「サイレンが鳴っている。地下に行かないと」と急かした。当初は「静かな」様子だったが、次第に爆発音がし、通りから叫び声や銃声のような音も聞こえた。
そこから10日間、地下の部屋にこもった。食事や洗い物などの時だけ、地下から上にあがるという生活を送った。
街の中心部にあるテレビ塔が砲撃される瞬間を、肉眼で目の当たりにした。 BBCによると、ロシア軍による砲撃があったのは3月1日午後。
ケイトさんはその日、事態が少し落ち着いたと思われたタイミングを見計らって、母親と上の階で30分ほど過ごしていた。
“束の間の休息”で窓際で紅茶を飲んでいた時、テレビ塔が砲撃され、通りには悲鳴が響いたという。数日後、ケイトさんと母親はウクライナからの避難を決めた。
「状況が悪化し、ウクライナという国がこれ以上私たちを守ることができないと分かったからです」
2人はウクライナから隣国ポーランド、そしてセルビアに渡り、母親の友人宅に身を寄せた。受け入れてもらえたのは1カ月が限度で、次の行き先を探さなければならなかった。
知人の助けで日本に渡る機会が見つかり、4月21日に日本に逃れた。
キーウの大学、授業は続いている
ケイトさんはいま、東京23区内に住んでいる。日本への渡航や生活面で、一般社団法人TTE避難民支援協会の支援を受けている。TTEや身元保証人の助けを借り、最近は児童施設でアルバイトを始めた。
キーウで通っていたグラフィックデザイナーになるための大学の授業は、日本からも引き続き、オンラインで受けている。
「大学は授業をしています。(戦禍なのに)クレイジーですよね。イギリスやドイツなど、みんな国内外の避難先から授業を受けています」
新型コロナウイルスの影響で、ロシアによる侵攻以前からオンライン授業が導入されていた。ケイトさんは幸い、日本への避難後も、学ぶ機会や将来のキャリアへの希望を失わずに済んでいる。
ウクライナ避難民に対して、区が住居提供や一時支援金を支給しているほか、日本財団が日本への渡航費や生活費、住居にかかる費用を支援。ケイトさんとケイトさんの母親も、こうしたサポートを受けながら、日本での生活を送っている。
日本語は簡単な単語しか分からないが、今のところ、買い物など日常生活で大きな困難を抱えていないという。
「私はラッキーです。道に迷った時も毎回、道端で英語が話せる人を見つけることができ、その人たちが助けてくれます」
「日本の人たちに多くのサポートをしてもらっている。日本という安全な場所にいることはとても幸せなこと」と感謝している。
TTEは支援にあたり、避難後のコミュニケーション面を考えて、英語が喋れるかどうかを一つの基準にしている。
団体が支援する避難民で、一緒に避難した家族だけが英語を話せるというケースもある。ケイトさんの母親もそのひとりで、言葉の壁に直面しているという。
もともとは幼稚園に勤務していたが、日本ではハウスキーパーとして働いている。日本語も英語も話せないため、生活でより困難を抱えているという。
「仮に帰国できたとしても、仕事があるとは思えない」
ウクライナからの避難民は、国内滞在を希望する場合、90日間の短期滞在から国内で1年間働ける「特定活動」の在留資格に切り替えることができる。ケイトさんとケイトさんの母親も資格を変更した。
「特定活動」の在留資格は1年ごとの更新。出入国在留管理庁は、いまのウクライナ情勢が続く限り継続すると説明しているが、将来的に打ち切られる可能性もある。
ケイトさんは、いまのウクライナ国内の状況を踏まえると「できるだけ長く日本に滞在したい」と考えている。
「ウクライナはとても困難な状況にあり、仮に帰国できたとしても、仕事があるとは思えません。どうやって食べていけばいいかも分からない」
いま学んでいるグラフィックデザインの領域で、将来につながる職務経験をしたいと望んでいる。
「日本で働くことはとても素晴らしい機会です。もしグラフィックデザイン関連の仕事に就いて、長く働くことできたら、(将来的に)ウクライナに戻った後も日本の人たちと一緒に仕事をすることもできます」
避難民支援は、衣食住といった生活面は手厚い一方で、就労面で大きな課題がある。就職を希望する人が増え、雇用に関心を持ち始めた企業も少なくはないというが、日本の求人市場は日本語能力が重視される。本人の希望に合った就労先を見つけるのが難しい状況にあるという。
日本での滞在に対して、避難民でそれぞれ考えが異なる。
可能なら今すぐにでもウクライナに戻りたいと願う人もいれば、自分のように母国の状況を鑑みて、日本に長く残って勉強や仕事をしたいという人もいると、ケイトさんは説明する。
噛み合わなかった会話
「戦争の巻き込まれた身」として、ロシアによる侵攻に何を思うのか。
ケイトさんには祖父母が住むクリミアを訪れた際や、ネット上で知り合った、ロシア人の知人がいる。彼らとのやりとりで、お互いの立場や事実関係の認識について会話が噛み合わなかったと明かす。
「会話がとても難しかった。(ロシア政府による)プロパガンダが浸透していて、彼らは本気で何が起きているのかを理解できていない」と感じたという。
「ウクライナが侵略国だと思い込んでいる。ウクライナがロシアを攻撃しようとしたから、ロシアは特殊作戦”を開始したのだと。(侵攻でなく)特殊作戦と呼んでいるのです」
ケイトさんは「多くのロシアの人たちがウクライナを支援している」と断った上で、「刑務所に入れられたり、大学を辞めないといけなかったりする可能性を恐れて、行動できないでいるのです」と指摘する。
ロシアの人たちに対して「プロパガンダと戦って、“根拠のある事実”を(共有して)」と願った。
SNSからつながる支援
ケイトさんを迎え入れたTTEは、これまでに20人ほどの避難民を支援している。そのほとんどが大学生とその親だ。
日本への避難を望むウクライナ人と、身元保証人になってもらえる人とを引き合わせる。航空券の購入や空港での出迎えなどの入国対応から、住居の用意や就学・就労までを一括サポートしている。
代表理事の渡邊修平さんは「金銭面の公的支援があっても、避難民本人だけで生活するのは難しい。出入国管理局でのビザ変更の手続きや、行政機関での住民登録・保険加入、銀行口座の開設など、日本での生活をサポートする人が必要です」と説明する。
渡邊さんは3月、国際機関で働いていた知人のつながりで、ウクライナ避難民2人を日本に迎え入れた。それをきっかけに団体を立ち上げ、本格的な支援に乗り出した。
避難民2人の知り合いも迎え入れ、ポーランドで避難民支援をしている日本人からの連絡・紹介などから、ウクライナ人の日本への避難を手助けしている
「SNSでの発信を大事にしています。ウクライナ支援で募金先はあっても、そのお金が何に使われているのか見えづらい。日本に来ている避難民を顔の見える形で支援しています。(生活必需品などを)Amazonのほしい物リストで募集し、(支援者に)買ってもらったものが実際に届いている様子も伝えています」
「PrayforUkraineのハッシュタグからウクライナの子たちがTTEのアカウントを見つけて、ダイレクトメッセージで『私も日本に行きたい』と連絡が来て、日本に入国したというケースもあります」
学生が1人で来る場合には、家族の同意などを確認した上で「希望者は基本的に全て受け入れる」というスタンスで支援している。
4月には、クラウドファンディングサイト「Ready For」で避難民への支援金を募った。公開後すぐに第1目標としていた100万円を達成し、318人から計900万円超が集まった。
「クラウドファンディングは終了し、ありがたいことに多くのご支援をいただきました。ただ、サポートを継続していくためには長期的なファンドレイズが必要となります。支援の熱は熱し易く冷め易くどうやって継続していけるかが課題です」
ウクライナ侵攻が始まってから、まもなく半年を迎える。終わりの兆しが見えない以上、継続的な支援が欠かせないと渡邊さんは訴えた。
紛争や迫害などにより故郷を追われた「難民・避難民」。その数は5月、世界で初めて1億人を超えました。
深刻化する難民問題の解消に期待されているのが「企業」の力です。
時に国家に匹敵するパワーとインパクトを持ち、国境を超えた経済活動を行う企業の可能性について、難民支援に力を入れる企業の一つ「ユニクロ」、そして難民の就労事業をするNPO法人の担当者をゲストに迎えて話し合います。
<ハフライブ「難民問題、企業と探る新たな道」>
番組視聴は無料です。
配信日時:8月30日(火)夜9時~配信
配信URL: YouTube
https://youtu.be/NMVQ6Cm0GSA
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ウクライナ避難民の大学生「帰国できたとしても、どう食べていけば…」。日本滞在や就職を望む事情