1979年、鹿児島県大崎町の住宅で男性の遺体が見つかった大崎事件。殺人の罪などで服役した原口アヤ子さん(95)の第四次となる再審請求を、鹿児島地裁は6月22日、棄却した。再審への扉は開かれなかった。
弁護団にとって「まさか」の裁判所の決定だった。決定内容を読みすすめると、弁護団一同は涙が出るどころか、「裁判所は判断を放棄している」と怒りがわいてきたという。「信じられず、えっ?としばらく固まってしまいました」と弁護団事務局長の鴨志田祐美弁護士は語る。
事件直後から一貫して「あたいはやっちょらん」と40年あまり無罪を訴え続けてきた原口さんは、今月95歳になった。最初の再審開始決定は20年前。再審決定が過去に3回も出たが覆えされ続け、今にいたる。
第四次再審請求では新しい医学鑑定と供述証拠の分析といった新証拠を提出して臨んでいた。しかし、「最高裁の壁」を意識せざるを得ない結果になった。
「最高裁に忖度している。正義はどこに」
実は、弁護団にとって棄却される懸念がないわけではなかった。決定の3日前、鴨志田弁護士は「もう大崎事件は終わったと一部では言われるが、変えてみせる」と京都市内の自宅で話していた。
大崎事件は終わったーー。その意味するところは、前回の第三次請求で、一審、二審の再審開始決定を、最高裁が覆したことだ。弁護団によると、地裁、高裁が認めた再審開始決定を最高裁が取り消すのは初めてだとされる。
鴨志田弁護士は、今回の請求棄却を受け、「最高裁に忖度している。最高裁が下級裁判所に与える影響の大きさを感じざるを得ない。正義はどこにあるのか」「同じ法曹界の人間として失望しかない」と憤った。
再審制度に詳しい日弁連の関係者は「地裁は、わずか3年前の最高裁の判断を意識せざるをえない状態だともいえた。『前代未聞』『歴史的誤審』と批判されてきた最高裁の決定だが、地裁には相当なプレッシャーがかかっていただろう」と解説する。
元裁判官らも声を上げた。「刑事裁判の最大の役割は『無実の者を処罰しない』ことだ。新たな証拠によって合理的な疑いが生じる限り再審で救済されるべきだ」と元裁判官10人が同日、連名で決定を非難する声明を発表したのだ。
そのうちの一人の東京高等裁判所の裁判長だった木谷明弁護士は、決定を「承服できない」とし、「新旧の証拠(弁護団が新たに示したものと、有罪が確定された時のもの)を総合的に判断することをしていない」と批判した。
裁判所は、弁護側が提出した事故死を指摘する新しい医学鑑定の一部を「否定はできない」とした。一方で、当時の供述を科学分析した証拠などの検討はされなかった。共犯者とされる人たちの供述は、原口さんを有罪とする重要な証拠とされてきた。こうした旧証拠の信頼性をえん罪かもしれないという疑いの目で検討していなかった点が、問題だと指摘されている。
「それでも、私たちは裁判官を信じるしかない」
鹿児島にいる原口さんは、歩いたり言葉を発したりすることができない。支援者から棄却決定を知らされて、普段の穏やかな表情はなく、ただ、うなずいていたという。
「アヤ子さんがどんな思いを抱えてきたのか。裁判官はもっと、もっと考えてほしい」。支援者の一人で、再審無罪になった冤罪被害者の西山美香さんは涙で声をつまらせながら会見でそう訴えた。
「私たちは何人の裁判官に裏切られればいいのか。それでも、私たちは裁判官を信じるしかない」と西山さん。
弁護団は「必ず無罪を勝ち取る。闘いはやめない」と、6月27日までに即時抗告するという。
(取材・文=井上未雪)
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「それでも裁判官を信じるしか」。再審棄却に憤る弁護団。原口アヤ子さんは、ただうなずいていた【大崎事件】