毎年夏になると、暑い車内に取り残された子どもが死亡するニュースが流れる。
2019年、ニューヨークのソーシャルワーカーの男性、ロドリゲスさんは、4歳の子どもをデイケアに預け出勤し、下の子どもたちである1歳の双子を後部座席に置き去りにしてしまった。双子は熱中症で死亡した。
ロドリゲスさんは事後、双子について「忘れてしまっていた」「僕のせいで死んでしまった」と警察に話した。検察によると、男性は双子を保育園に預けたつもりでいた、と話したという。
日本でも、新潟県で5月、1歳児が車内に数時間置き去りにされ、死亡する事故があった。父親が出勤途中に子どもを保育園へ預けるのを忘れ、そのまま職場で勤務した。昼食を買いに車に戻った際に気づいたが、すでに意識はなかったという。
2021年には、福岡県の保育園で、5歳の園児が送迎バスに取り残され亡くなった。
他にも、毎年のように同様の事故が発生している。
このように、子どもを車に置き忘れるという悪夢のようなニュースを読むと、「でも、自分は忘れることはない」と思うかもしれない。
しかし現実は、私たち誰もが、致命的な結果に繋がりかねない記憶の欠落に陥る可能性がある。
暑い車内に置き去りにされた子どもの死亡事故を研究し情報を提供するウェブサイトnoheatstroke.orgを設立した気象学者のジャン・ヌル氏によると、1998年から2021年の間に、アメリカでは少なくとも887人の子どもが車内での熱中症で死亡している。2021年の1年間だけでも23人の子どもが亡くなっている。
熱中症は、体温が上昇し、体の調節機能がうまく稼働しなくなり発症する。車内では、普通の夏の日でも致命的になりかねない。
子どもたちは特に危険だ。「特に赤ちゃんや小さな子どもたちの体は、私たち大人の3〜5倍の速さで熱くなります」とヌル氏は述べる。
意図的に車に残される子どももいるが、こういった状況での死亡の大半は、保護者が故意がなく「置き忘れ」た場合であるとヌル氏は指摘。
このようなケースを「親が不注意すぎる」と非難するのは容易だが、脳はストレス下で自分にとって最も大切な人を忘れてしまう、という内容を示す心理学研究が出ているという。
そこでハフポストUS版は2人の研究者に話を聞き、脳はいかに簡単に忘れてしまうのか、そしてそれをどう防げば良いかを説明してもらった。
南フロリダ大学の心理学教授で神経科学者であるデービッド・ダイアモンド氏は、なぜ子どもが意図せず車内に置き去りにされてしまうのか、その心理を過去15年間研究してきた。ニューヨークの双子事故の父親、ロドリゲスさんをはじめ、子どもを車内に忘れて置き去りにしてしまった多くの親と話をしてきたという。
こういったケースでは、意識的な記憶と潜在意識が競い合っていると説明する。
「私たちの脳には、マルチタスクを可能にする自動操縦システムがあり、自動的に物事を行うことができます。つまり、A点からB点まで、何も考えなくても行くことができます。そして、この自動操縦を起動させる過程で、競い合っている意識的な記憶システムへの認識を失うのです」
ダイアモンド氏は、ロドリゲスさんの場合…つまり、1人の子どもを保育園に送り、双子を送り忘れたというのは珍しいケースではないという。
このようなケースの典型的なパターンは、親はいつも、もしかすると何年もの間、上の子を保育園に送っており、それが習慣となっている。そこに新しい赤ちゃんがきて、その古いパターンを崩す。しかし新しい赤ちゃんを保育園に連れて行くという行為は、これまでの習慣と競い合うことになる。
「1人目を保育園に預けた後、古い習慣が働き、そのまま仕事に行ってしまう。そして双子たちを次に送って行くという認識を失ってしまうのです」とダイアモンド氏は話す。
職場に到着すると、脳が別のルーティンに入るので、警鐘は鳴らない。「職場に到着する時には、いつも車内に子どもがいなかったのなら、『子どもはいない。もう1人だ』と脳は語りかけます。そのため、親は『さぁ、今日のやることを進めよう』という人工的な記憶を持つことになるのです」
この問題をさらに深刻にしているのが、幼い子どもたちの世話をすることによるストレスだ。
「人生の中でとてもストレスが多く、睡眠不足の時期でもあります。この2つの要素によって、人は習慣的に行動する可能性が高くなり、意識的な記憶システムが低下してしまうのです」とダイアモンド氏は述べる。
ダイアモンド氏は、保護者が子どものことを忘れるということは誰にでも起こりうる、と受け入れることが1番のアドバイスだと言う。
「買い物に行くときはリストを作るし、予定はカレンダーに書き込みます。それは、忘れるかもしれない、と思っているからです。でも子どもが車にいることを思い出すための工夫はしません。だってそれは、子どもを忘れる可能性があると認めるようなものだからです」
子どもを忘れるはずがないと油断している時こそ、破滅的な記憶の過ちを起こしやすくなるとダイアモンド氏は語る。
子どもと話をしていれば子どもの存在を忘れるはずがないと考える親もいるかもしれないが、後ろ向きベビーシートで寝ている3カ月の子どもに話しかけることはしないだろう。
もちろん、このようなことが起こらないようにするためのアイデアもある。
例えば、保育園に予定時間に子どもが来なかったら、園から連絡してもらうよう頼むのも1つの案だとダイアモンド氏は述べる。
テクノロジーも役に立つ。車種によっては、後部座席をチェックするようドライバーに警告する機能が内蔵されているものもある。
またアメリカでは、新たに製造される車には、エンジンを切った後、子どもが後部座席に残されていないか確認するようドライバーに知らせるアラートシステムを搭載することが、2021年11月のインフラ投資・雇用法の中で義務つけられた。
テクノロジー不要で最も簡単な解決策は、視界に入るモノを置いて、「子どもが後部座席にいる」という記憶を呼び起こすことだ。
ダイアモンド氏は、目からでも耳からでも、意識的な記憶システムを起動させる「合図」を使うことで、自動操縦システムによる「乗っ取り」を抑制することができるという。
子どもの存在を思い出させるために、おむつバッグやぬいぐるみ、おもちゃなど、ユニークでそのドライブ特有のものを常に視界に入れておくことをダイアモンド氏は勧める。
「そのアイテムはいつも車の中に置いておくのではなく、子どもが車に乗っている時だけ置くのです」
無意識のうちに子どもを置き去りにする親を批判するより、思いやりと理解を示すことが大切だ、と専門家は提唱する。
「それを経験した、たくさんの人の名前を知っています」とヌル氏は語る。
「誰にでも起こりうることなのです」
「何百人もの本当に善良で素晴らしく注意深い親たちに、なぜこのような事が起こったのか…それを理解しようとする思いやりと共感が必要なのです。彼らは本当に苦しんでいます」
「批判するのは簡単です。どうしてそうなってしまったのか理解するのは難しいですが、重要な事なのです」
ハフポストUS版の記事を翻訳・編集・加筆しました。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「車内に子ども置き忘れ」は誰にでも起こりうる。神経科学者が教える予防方法
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