「自分の国って何だろう」「自分は何者なんだろう」
家族と共に生まれた地を離れ、幼い頃日本にやってきた17歳のクルド人の少女。ある日、難民申請が不認定となり生活が一変するーー。
日本に住むクルド人の高校生が主人公の映画『マイスモールランド』が全国で公開中だ。
難民に対する非人道的な扱い。収容の恐怖や不安との闘い。日本の入管制度への疑問。
17歳の少女が家族を大切に思いながらも価値観が衝突して悩む姿。将来への不安と、心通わせられる人との出会い。
『マイスモールランド』は、日本の入管・難民問題を描くと同時に、一人の少女のささやかな日常とアイデンティティの葛藤をとらえる。
監督は、是枝裕和さんや西川美和さんらによる映像制作者集団「分福」に所属する川和田恵真さん。本作で商業映画デビューとなった。
映画制作のために在日クルド人への取材を始めてから公開になるまで、およそ5年。川和田さんは、「日本で暮らす難民をめぐって現実がどんどん変わっていく中で、早く伝えなければという焦りがずっとあった。状況は良くなっているとは思えなかった」と話す。
日本の難民認定率は0.7%
クルド人難民をテーマに映画を撮ろうと思ったきっかけは、2015年頃に見た1枚の写真だったという。写っていたのは、大きな銃を持った、当時20代だった自分と同世代くらいのクルド人の女性。川和田さんは、ISIS(イスラム過激派組織)に抵抗して最前線で戦うその姿に衝撃を受けたと振り返る。
「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれ、少数派として中東地域で迫害や弾圧を受けてきたクルド人。難民として他国へ逃れる人も多く、日本にも、埼玉県川口市などを中心に約2000人が住む。
日本にいるクルド人の多くは在留資格を持たず、難民申請をしているが、日本政府はこれまでほとんど難民として認定したことがない。
日本の難民受け入れ人数は、先進国の中でも極めて少ない。2021年の難民認定者数は74人で、認定率は0.7%(参考:認定NPO法人 難民支援協会)。就労が認められず、教育や医療も十分に受けられず、不安定な暮らしを余儀なくされている人が多くいる。
映画を作るための取材を始めたのは2017年頃。「国を持たない」クルド人の姿に、日本とイギリスのミックスルーツである川和田さん自身の体験や葛藤と重なるものを感じたという。
日本に住むクルド人は何を感じているのか。どんな生活をしているのか。「現実をよく見なければフィクションとして昇華できない」。そんな思いで取材に2年を費やした。
安全には映画に出られない状況だからこそ
川和田さんは取材当時を、「クルドの人たちと話をする中で、どうにかこの状況を伝えたいという思いが募っていった」と語る。しかし、制作には困難もあり、何度か延期になるなど完成が危ぶまれることもあったという。
その困難の一つが、キャスティングだった。当初日本に住むクルド人に映画のメインキャストとして出てもらおうと考えていた。しかし、メッセージ性があり、記録として残る映画に難民申請中の人が出演することで、後々彼らの人生に不利益が生じる恐れも考えられ、断念せざるを得なかった。
「劇映画にメインキャストとして出演することで、彼らが将来不安を持ち続ける可能性を考えると、そのリスクを背負わせることはできない。
結果的に、結婚などで在留ビザがある人だけをサブキャストとして起用しました。安全に出てはもらえないような今の状況だからこそ、この映画を作るのをやめてはいけない、と改めて決意しました」
主人公のサーリャ役のオーディションは日本以外にもルーツを持つ人を対象に行われ、ファッション誌「ViVi」の専属モデルであり、本作が映画初主演である嵐莉菜さんに決まった。嵐さんは、日本、ドイツ、イラン、イラク、ロシアの5カ国にルーツがあり、サーリャや川和田さんと同じく、自分のアイデンティティに悩んだことがあったと明かす。
「難民申請は、治らない病気のようだ」
取材では、埼玉県のクルド人コミュニティのいくつかの家庭を訪れ、入管施設に収容されている人にも面会して話を聞いた。サーリャと同じ女子高校生や、幼い子どもたちにもたくさん会った。
川和田さんには、家族の一人が収容されている家庭を訪れた時に聞いた、忘れられない言葉があるという。
「お父さんが収容されている家族で、お母さんが『難民申請は、治らない病気のようだ』と話していました。
彼らは決して悪いことをしたわけではない。生まれた場所で迫害され、そこから逃れてきた場所でも、『病気』のように先の見えない中追い詰められている。あまりにも不条理です。
ただ、それほど苦しい中にあっても、料理でもてなしたり歌ったりして私たちを盛大に迎えてくれました。誰に対しても心が開かれていて、取材に行った私が、逆に心を開かれるような体験でした」
家族の「通訳」を担うヤングケアラー
映画では、主人公サーリャの一家は難民申請が却下され、在留資格を失った「仮放免」の状態に。県外に移動することも、働くことも許されず、生活の自由が大きく制限されている。教師を目指していたサーリャだが、大学推薦の話もなくなってしまう。
難民申請が却下され、目の前で在留カードにパンチで穴を開けられ無効になるシーンは、クルド人女性の実体験をもとにした。
サーリャは3人きょうだいの長女で、父親が1人で子どもたちを育ててきた。仮放免によってそれまでの生活が一変し、そこに追い打ちをかけるように父親は入管施設に収容され、親子は離れ離れになってしまう。
川和田さんは、「子どもには、安全に親と暮らす権利がある。でも、難民の間では、親が収容され、未成年の子どもと引き離されてしまうのは珍しくなく、あってはならないことだと思う」と訴える。
映画では、小さい弟や妹の世話をするサーリャの「ヤングケアラー」としての側面もとらえている。サーリャは、日本語が苦手な家族や親類、コミュニティの人々のサポートのために、日常的に「通訳」を担う。
「親が日本語がわからず、子どもが代わりに書類を記入したり病院や学校に付き添ったりというのが日常的に起きています。
助け合わないと生きていけない。それほど社会のサポートがないということでもありますが、やりたいことがあっても、それを諦めざるを得なかったり、クルドの文化や慣習に反発心を抱いたりしている子もいました。
難しい問題ですが、生まれた地を追われて日本にやってきた親世代と、日本で育つ子ども世代の間の、感じ方の違いも大事だと思いました」
日英のミックスルーツ。「自分の国はどこだろう。なぜ日本と言えないんだろう」
社会問題としてだけでなく、彼らが生きる日常や文化も大切にしたい。だからこそ、「取材で一人一人と向き合って感じた印象を大事にした」という川和田さん。
「外国人」と扱われ、学校や生活で抱いてきた疎外感。親と自分の価値観の違い。父親がイギリス人、母親は日本人で、日本で生まれ育った川和田さんにも、学生時代にアイデンティティに悩んだ時期があったという。
「私が生まれた地域は、他に外国にルーツをもつ人が自分以外にいなくて目立っており、『ガイジン』と言われることもありました。自分の国はどこだろう、なぜ日本と言えないんだろう。そういう問いがずっとあって、今でも『なぜ日本の名前なんですか』『外国人なのに日本語上手ですね』と日常的に言われます。
私自身もマイノリティが登場する映画に救われ、アジア系の移民を描いた『GO』(2001)や『パッチギ!』(2005)などに勇気をもらってきた。
もちろん、ミックスルーツも十人十色。全員に複雑な思いがあるわけでもありません。目の前にいる人を、カテゴリーに入れて決めつけるのではなく、その人が歩んできた背景や物語を見つめ、互いに理解し合おうとする社会になってほしいですし、自分もそうありたいです」
不条理な現実に向き合うための力に
映画の企画を立ち上げ、取材を始めた2017年から今に至るまで、日本の入管・難民の問題をめぐって、状況は大きく変わった。
2021年には、入管法(出入国管理及び難民認定法)の改正案が国会に提出されるも、難民申請の回数の制限や強制送還の強化などが盛り込まれた内容は、人権侵害であるとして、野党をはじめ、難民申請中の当事者や支援者など国内外で強い反発を生み廃案となった。
収容施設での死亡事案や暴力被害なども明るみになり、入管行政を問題視する世論はさらに高まっている。
「2021年の春頃に入管法が廃案になった時はちょうど撮影中で、みんなで安堵しました。
ウクライナからの避難民の受け入れも始まっていて、もちろんそれは大切なこと。ですが、これまでにも、そして今現在も、日本で申請が認められずに苦しんでいる難民が、すぐそばにいることも忘れないでほしいです」
2月にドイツで行われたベルリン国際映画祭で、『マイスモールランド』は国際人権NGO「アムネスティー・インターナショナル」から特別表彰された。上映後、観客からは質問が相次ぎ、熱い感想をくれ涙を流す人もいたという。川和田さんは「言葉を超えて物語が伝わったことで、どの国にとっても重要なテーマだと改めて実感した」と話す。
「日本でも、次の時代を作っていく若い世代にぜひ見てほしいです。そして、この社会を作ってきた大人世代にも、なぜ苦難を強いられる人がこんなにもいる今の状況が生まれてしまったのか、と問い直してほしい。
差別や偏見、権利を奪うような不条理な現実に向き合うために、認識を変える一つの力にこの映画がなれたら嬉しいです」
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt /ハフポスト日本版)
▼作品情報
新宿ピカデリーほか全国公開中
監督・脚本:川和田恵真
出演:嵐莉菜、奥平大兼、平泉成、藤井隆、池脇千鶴、アラシ・カーフィザデー リリ・カーフィザデー リオン・カーフィザデー、韓英恵、サヘル・ローズほか
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「治らない病気のよう」難民認定率1%未満の日本で暮らす、クルド人少女の苦難と日常