好きな人との性行為で避妊に失敗。
ある日突然、自分や大切な人の思いがけない妊娠が分かった時、あなたならどんな選択をするだろうか。
「高校生の妊娠」をテーマにした少女漫画『あの子の子ども』が、性教育に関わる人たちの間で高い評価を得ている。
講談社の月刊誌『別冊フレンド』で連載中の本作。LINEマンガ総合ランキング(女性編)で一時首位に輝き、若い世代の読者からも注目を集めている。
なぜ、10代の思いがけない妊娠を描こうと思ったのか。今を生きる子どもたちに伝えたいこととは。
作者の蒼井まもるさんに聞いた。
「妊娠=つわり」しか知らなかった
『あの子の子ども』の主人公は、高校2年生の福(さち)。同い年で幼なじみの宝(たから)と交際している。
ある日、体調に異変を感じた福は、宝との性行為で避妊に失敗したことを思い出す。
ファミレスのトイレで妊娠検査薬を使うと、「陽性」反応にーー。
作品では、妊娠発覚後の福や宝の葛藤、2人を取り巻く大人たちの思いがリアルに描かれている。
なぜ高校生の妊娠をテーマにしたのか。
きっかけは、蒼井さん自身が妊娠・出産を経験したことだった。
「3歳になる娘がいるのですが、この子を妊娠出産する時、知らないことがあまりに多かったんです。『妊娠したらつわりがある』程度しか知らず、例えば妊娠前からの葉酸の摂取が推奨されていることや、妊婦の歯周病は早産を引き起こす可能性があるとか」
体の変化や命に関わる大切なことなのに、なぜ教わってこなかったんだろう。
そう疑問を抱いたという蒼井さん。
「事前に知っていたら、もっとできることがあったんじゃないか。もっと落ち着いて対応できたかもしれないと感じたんです。そこで初めて、性に関する教育をきちんと受けてこなかった問題につながっていると気づきました。私自身も子どもの頃、性について大人に聞くのは恥ずかしいことだという認識がありました」
子育てを始めて、蒼井さんは性教育について本や記事で学ぶようになったという。
そこで学んだのは、「性教育は人権教育」ということ。
「恋愛を主軸にした少女漫画をずっと描いてきました。でも、性行為には妊娠の可能性が伴うとか、性をめぐる基本的なことの描写が抜け落ちていたんです」
「自分の体のことは自分で決めていいし、嫌なことは嫌と言っていい。少女漫画を読んでいる子どもたちに、そういった根本的なことをまずは知ってほしく、高校生の妊娠を描こうと決めました」
物語をつくる上で、蒼井さんは産婦人科医や助産師のほか、若年の頃に実際に出産を経験した女性にもインタビューをした。
「当事者と出会うまで、若年妊娠は私にとって正直に言って『報道の向こう側』の話でした。自分ごととして見ていなかったんです。ですが取材する中で、私たちの身近なところで現実に起きているんだと認識しました。家族や友人など、誰かしらにいつ起きてもおかしくないことなんです」
「二人のこととして考えて」
妊娠検査薬で陽性反応が出た福。
不安を抱えて戸惑いながら病院の産婦人科を訪れると、診察した女性の院長は「今日は来てくれてありがとう!」と明るく迎えてくれる。
つわりで食事がままならず、「お菓子ばっかり」食べていると打ち明ける福に、「いいよいいよ 食べれるもの食べてね!」と笑顔で返すシーンもある。
「複数の産婦人科医の書籍やSNS上の発信を読む中で、『困ったことがあったら気軽に相談してほしい』『産婦人科って怖いところ、というイメージを無くしたい』と温かい方が多いんだなと知りました。子どもたちにとって受診のハードルを下げたいという思いがとても素敵だなと感じ、味方でいてくれる人たちはいるんだよと伝えたかったんです」
福と交際している宝は、妊娠が分かった後、出産や中絶する場合にどんな方法があるかを調べ、福のために行動しようとする。
「宝に関していただく感想の多くは、『こんな高校生はいない』という意見です。女性が妊娠を告げた後、交際相手と連絡が途絶えてしまったケースも聞いたことがあります」
「『あの子の子ども』はリアルに描くことも大事にする一方で、妊娠という重大な局面で、うろたえたり動揺したりするだけじゃなくて、もう一歩先に踏み込んでどんな道を選べるのかを知ってほしかった。なので宝は、こういうことが起きた時にちゃんと二人のこととして一緒に考えようね、というメッセージを投げかける存在でもあります」
「正しさ」同士がぶつかり合う
福の妊娠を知った時、周囲の大人たちの反応は様々だ。
子どものために中絶させようとする親。
「自分でしたことは自分で責任を取りなさい」と、本人の判断に委ねる立場の人もいる。
「現実には色んな考えの大人がいると思い、それぞれが信じる『正しさ』のぶつかり合いを描きたかったんです。どの立場も否定せず、尊重したかった。その上で、登場人物の誰に共感しますか?と読者に問いかけ、若年妊娠について考えるきっかけにしてもらえたらと思っています」
思いがけない妊娠を誰にも相談できずに孤立出産をし、追い詰められた末に赤ちゃんを遺棄して女性だけが罪に問われる事件は後を絶たない。
一方で、そうした女性たちや生まれてくる小さな命を支えるための活動に取り組む人たちがいる。
「大事なのは、その状況に置かれた子に一人で抱え込ませないようにすること。その子が相談できる友達がもしかしたら漫画を読んでくれて、どんな相談先や選択肢があるかを伝えてくれるかもしれない。『あの子の子ども』は、必要な支援や情報にたどり着くためのフックになる漫画にしたい、という思いがあります」
「子どもの頃からの性教育は重要だ」という認識が社会に広がりつつある中で、日本の学校現場での性教育は国際的な水準から遅れをとっていることが指摘されている。
「性に関する知識を与えて、その先でどう選択するかは子どもたちの自由だと私は考えています。ですが最低限の知識すら与えずに、結果だけ見て大人が子どもたちを一方的に非難するのは間違っているのではないでしょうか」
「避妊方法はもちろんですが、嫌なことにNOと言う力があなたにはあるということや性的同意といった、性に関する基本的なことを小さい頃から伝えていくのが大事だと感じています」
性についてもっと学びたい。そう感じる読者のために、コミック版では性教育に関わるYouTuberとの対談などを収録し、より詳しい性教育への「橋渡し役」も担っている。
大切な人を守るためにできること
高校生の妊娠というテーマを扱う上で、蒼井さんが気を配ったのは「性的な行為=悪ではない」というメッセージだという。
「恋愛の楽しさや切ない感情が丁寧に、ときに激しく描写される少女漫画は、私自身も幼い頃から好きでした。感情が動くってとても大切なこと。好きな相手と深くつながりたい、もっと近づきたいという気持ちは素敵なことで、何も悪いことではないんだよと伝えたいんです。若い世代の人たちにも、その気持ちをぜひ大事にしてほしいと思っています」
その上で、蒼井さんは「自分やパートナーの体、将来のことをきちんと考えた上で行動してほしい」と話す。
「性教育に限らず、まずは正しい知識を身につけてほしい。知識は自分を守るし、大切な人ができた時にその人を守ることができます。そして、お互いにコミュニケーションをしっかりとることを大切にしてもらいたいです」
(取材・文:國崎万智@machiruda0702/ハフポスト日本版)
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避妊に失敗して妊娠、高校生カップルの選択は。異色の少女漫画『あの子の子ども』の作者が願うこと