新聞社に就職したのは、かれこれ26年前になる。2~3年サイクルで転勤することが多く、行く先々の職場で「義理チョコ」を何度か頂いてきた。
同僚の女性記者や女性スタッフの方たちが気を遣ってくれた。2月14日が近づくと「バレンタイン商戦」を取り上げる記事が地域面を飾ることがあったが、取材に行くのは女性記者というのが暗黙の了解だった。だから、記者としてバレンタインデーの売り場に足を運んだこともない。
「男社会」の職場が長かったが、昨年12月から会社のデジタル実務研修の一環でインターンとして新天地でお世話になっている。ウェブメディアのハフポスト日本版。所属チームのいまのメンバーは、リーダーの南麻理江さんをはじめ、中村かさねさん、湯浅裕子さん、中田真弥さん、吉田遙さん。全員、私よりずっと若くて優秀な女性たち。性別面でこれほどマイノリティーの立場で働いた経験は過去にない。
「新聞社の総局の女性記者みたいですね」
そういわれると確かに。入社したころの地方総局は女性記者1人だけなのは珍しくなかった。全員が男性記者だった総局もあった記憶がある。逆の立場になり異性ばかりに囲まれても戸惑いや居心地の悪さはない。ただ、チームが担当する「SDGsと買い物」の企画の議論になると取り残され感がハンパないのだ。
「野菜を買うときは外国産より国産の方が輸送のCO2が少ない」「生物多様性に配慮した洗剤を買いたいね」……そんな同僚たちのやりとりが遠い世界の会話のように聞こえてしまう。
なぜなんだろう?男性をひとくくりには出来ないが、そもそも自分自身の消費者としての意識が薄いことに気がついた。たぶん、女性メンバーに比べて生活にまつわるものを自分で用意した経験値が圧倒的に少ないんじゃないか。買い物についてさして深く考えたことがないのだ。
その辺りのことは大体、母親なり妻なりに頼ってきたんだと思う。自分の未熟さに気づいたのと、同僚らへの感謝の気持ちをあらわせないかなと、半世紀近く生きてきてはじめてバレンタインのチョコを贈ろうと思い立った。
五者五様の女性キャラにピッタリなのは?
オンラインでも買えるけど、ひとに贈るならいろんな品揃えを見たうえで決めたい。バレンタインフェアが開かれている銀座松屋(東京都中央区)に向かった。平日の午後、8階の会場は賑わっていた。
女性客が大半だが、男性客もちらほらいる。国内外の72ブランドがそろう売り場のガラスケースをのぞいていくと、オシャレな商品がずらっと並んでいる。どうやって決めたらいいのかわからない。
ふと目にとまったのは、いろんなタブレットチョコレートが壁面に並んでいるコーナー。手に取ることもできる。なかでも色とりどりの包装の商品がある「アンチドート」というブランドが気になった。というのも、オンライン会議で顔を合わせることの多いメンバーを思い浮かべると、なぜか昭和のスーパー戦隊シリーズがよみがえってくるのだ。
アカレンジャー、アオレンジャー、キレンジャー、モモレンジャー、ミドレンジャー。保育園のころに大人気だった「秘密戦隊ゴレンジャー」は、異なるキャラクターの男性4人と女性1人の5人組ヒーローだった。いまの職場は例えれば「SDGs戦隊ハフポレンジャー」で、ヒーローとして活躍するのは五者五様のキャラクターの女性たち。だからこそ、多彩な包装と味わいが用意されているこのブランドが魅力的に映った。
そしてなんといっても、売り上げの一部が国際NGOに寄付され、途上国の女性たちへの支援活動に役立てられる。これは「考える消費」について延々と白熱した議論をしているメンバーにピッタリなのでは。さあ、誰にどれをと迷っていると、声をかけられてビクッとのけぞった。
「お探しですか?」
「うわっ!ええ~と、あの~」
いつの間にやら女性スタッフが隣に来ていた。「5人の女性にあげるつもりなんです。キャラクターが違うんですよね」 と告白すると「楽しいですよ~そういうの!もらった時にどんな顔をするか、私も見てみたい」
ノリよくいろいろ教えてくれる。そもそも、アンチドートは仕事が忙しい時や落ち込んだ時にチョコを食べて助けられてきたオーストリア出身の女性デザイナーが転向して手がけたブランドなのだそうな。
「エクアドルのアリバという品種のカカオを使っています。香りが豊かでどっしり感がある。だからトッピングも生かせるんです」
チョコの片面にそれぞれの多彩なトッピングがまぶされていて、どの面を下にして口に入れるかによっても味わいが変わるらしい。「ジンジャー」「ローズソルト+レモン」「オレンジ&アールグレイ」……アドバイスを聞かせてもらいながら、じっくりと考えて5種類を選んだ。
「日本型バレンタインデー」のいま
ところで、売り場で声をかけられてビクッとしたのは男性がバレンタインチョコを買うことへの気恥ずかしさが心のどこかにあったから。そもそも、女性が男性に「愛の告白」をするというバレンタインデーのイメージはどうやって出来上がったのだろう。
調べてみると、はじまりは昭和30年代までさかのぼる。メリーチョコレートカムパニー(本社・東京都大田区)が1958年に東京・新宿の伊勢丹ではじめてバレンタインセールをした。そのきっかけはフランスからの絵はがきで知ったバレンタインの風習だったという。
男女が花やカード、チョコを贈りあうーー。さっそく国内に持ち込んではみたは、はじめの年の売り上げは板チョコとカードを合わせてたったの170円と散々。それでもあきらめることなく、翌年からはハート形のチョコを作り、「女性から男性へ」のメッセージを打ち出した。
百貨店の売り場の客層が女性中心だったからこそのアイデアだったが、女性が積極的に行動するコンセプトは好感を持って受け入れられていく。女性週刊誌に取り上げられ、大手菓子メーカーもバレンタインに力を入れ出した。女性から男性にチョコを贈る日という日本型バレンタインデーが徐々に定着した。
「控えめ」と思われがちな日本人女性のイメージをバネに成長したともいえる国内のバレンタイン市場。しかし、世は変わった。女性の社会進出で、仕事にせよ、恋愛にせよ、男性より積極的に行動することに特別な意外性はない。コロナ禍も手伝ってか、職場で「義理チョコ」という言葉を耳にすることも減った。
ただ、チョコレートの品揃えが年間で最も豊富になるのがバレンタインシーズンであることに変わりはない。日本チョコレート・ココア協会(東京都港区)によると、性別を問わず友だち同士でチョコを贈りあったり、自分へのご褒美として購入したりするのがバレンタインの主流になっているという。
そうだ、自分のためにも買っておこう。あちこちのケースを眺めていると、板チョコの色合いの鮮やかなグラデーションに目が釘付けになった。リトルマザーハウスの「IRODORI CHOCOLATE」シリーズだ。
「途上国から世界に通用するブランドをつくる」を理念にバングラデシュからスタートし、バッグなどを製造販売しているマザーハウスが1年前から販売を始めた。自然への打撃が少ない農法を採用するインドネシアの農園で収穫されたカカオを使っているそうだ。
せっかく自分のためにお金を使うなら、ほのかであっても未来への希望を感じ取れるものがいい。「ブルーベリー×ジンジャー」……チョコの色合いが変化するように1枚のなかでも味わいが変わるというのも面白い。あっ、色違いをもう1枚買っておこうか。
これまで物を買うときにもっぱら意識してきたのは、①必要性②価格③自分の好み、だけだった。今回、相手を思い浮かべながらいろんな選択肢を考えて、悩みながら決めたのは楽しくてやりがいもあった。SDGsを意識したチョコが増えていることからは、世の中の前向きな変化を肌で感じることができた。
どんな反応が返ってくるかは渡してみないとわからないけど、消費者マインドをチョコっとだけ高めるバレンタインのお買い物になったかな。
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女性ばかりの職場で迎えるバレンタイン アラフィフ男が初めて女性にチョコを選んでみた