もし半年後、彗星が地球に衝突し人類が滅亡すると警告する科学者がいたら?
そして、その彗星がレアアースの宝庫だとしたらーー?
年末に公開されて話題になったNetflix映画『ドント・ルック・アップ』。
レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、メリル・ストリープ、ケイト・ブランシェットら、超豪華キャストが目白押しで出演するアダム・マッケイ監督のブラックユーモアあふれるSFコメディです。
SDGsを考える上でのたくさんのヒントが満載な映画ですが、今回は作品が伝える3つのポイントについて注目したいと思います。
*以下、作品のネタバレがあります。
<あらすじ>
天文学者ランドール・ミンディ博士(レオナルド・ディカプリオ)と教え子の院生ケイト(ジェニファー・ローレンス)が地球に向かう巨大彗星を発見する。
衝突は半年後、人類はもちろん、地球上の生物がすべて死滅してしまうほどのインパクトだと知った2人は、ホワイトハウスに慌てて進言するも、支持率を気にした大統領(メリル・ストリープ)は「静観し、精査する(Sit tight and assess)」と取り合ってくれない。
憤った2人は今度はメディアに駆け込み、人気TVショーに出演して広く国民に危機を訴えようとするものの、事態は思わぬ方向に転がり始めるーー。
①科学の警告に耳を傾けられるか
「実話に基づくかもしれない物語」というキャッチコピーが示唆するように、作中で描かれる「巨大彗星」は「気候変動」という現実の危機をなぞらえています。
気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の初めてのレポートが公開されたのは1990年。長年にわたって世界中の科学者たちは気候変動のリスクと対策の必要性を強く訴えてきましたが、当初はたいして注目されませんでした。
それどころか、気候変動には根強い懐疑論すらあり、まさに世界のリーダーたちは長年、この問題について「静観と精査」を続けてきたのです。
映画では、2人がTVショーに出演して衝突と地球滅亡の危機を訴えるも、視聴者が関心を示すのはアリアナ・グランデ演じる人気ポップスターの恋愛事情、という有様も描かれます。思わず感情的になってしまったケイトは、SNSで嘲笑を浴びることになります。
科学に基づいた警告よりも目の前の支持率や娯楽を優先してしまう世間の反応や、女性が感情をあらわにした部分だけを切り取って「ヒステリック」だと揶揄するSNSの反応は、非常にリアルです。
一方のミンディ博士が、警告の内容には興味を持ってもらえないのに、容姿が「セクシー」だとして人気を博していく様子には、演じているディカプリオ自身が若い頃から環境問題について熱心に発言や行動をしていたのに「イケメン俳優」などの枕詞で容姿や交友関係ばかりが注目を浴び続けてきたことを思い出します。
ディカプリオが気候変動の緩和や生物多様性の保全を目的とした財団を立ち上げたのは、『タイタニック』が公開された翌年1998年のことです。
以来、再生可能エネルギーや自然保護に多額の寄付を行ってきたほか、気候変動を扱うドキュメンタリー映画の制作にも数多く携わってきました。
ただ、当時は、彼の恋愛やライフスタイルのどんな些細なことでも世界中のメディアが取り上げるのに、環境問題への訴えはほとんど真剣に受け止められることはなく、「俳優に何が分かるのか」と冷笑されることも少なくありませんでした。
2016年に『レヴェナント:蘇えりし者』でアカデミー賞主演男優賞を受賞した際のスピーチでも持ち時間の半分を割いて気候変動について訴えたディカプリオ。本作について、「科学的事実に耳を傾けられない人の話」としたうえで、こう警告しています。
「エンディングは、未来の姿を僕らに突きつけている。徐々に取り返しのつかない状態になり、10年もたてばもう後戻りができない」
②正しい「決断」ができるリーダーを選べるか
科学者が警告し、大統領(政治)が決断する。でも、その決断に“普通の人”はどう関わることができるのかーー。
そんなリアルな問いが描かれているのも、本作の妙です。
映画では、トランプ大統領を暗示するようなメリル・ストリープ演じる大統領が彗星に核をぶつけて軌道を変えようというプロジェクトを(もちろん支持率のために)決断しました。
ところが、実行の直前で地球に向かってくる彗星に30兆ドル相当のレアアースが存在していることを知った大企業の大富豪から「待った」がかかります。地球に衝突する直前に爆破して彗星を分割し、貴重な資源を入手しようというのです。
「ドント・ルック・アップ!(Don’t look up!)」を合言葉に、迫りくる危機から目を背けるよう扇動する大統領とそれを支持する人々。一方では、「ジャスト・ルック・アップ!(Just look up!)」と真実に目を向けるよう呼びかける人々。
「ジャスト・ルック・アップ!(Just look up!)」派は、この大企業の株を買わないように訴えるデモをするものの、時すでに遅し。
後戻りできない「ティッピングポイント」を超えてしまってからは、人々はなす術もなくXデーを迎えるしかなくなります。
リーダーの決断を左右するのは「科学」だけではありません。
現実世界でも、政治が動く背景には、「経済」や「外交」といったそれぞれの立場での思惑が複雑に絡み合ってきます。
でも、ボールを手にしているリーダーたちが一番に耳を傾けるべきは誰の言葉なのか。目先の利益を優先した行動がどれほど罪深いか。そして、その行動によって死ぬのは、ボールを手にしていない人々なのだ、ということを皮肉たっぷりに伝えています。
「気候変動への対策を行う指導者に投票しないと、僕たちはこの映画と同様の運命をたどることになる」
ディカプリオは、作品について語ったインタビューの中でこう強調しています。
③「ジャスト・ルック・アップ」では足りない
映画では、「ジャスト・ルック・アップ!(Just look up!)」派はとうとう間に合いませんでした。
でも、現実の気候危機問題は、まだ最悪の事態を防ぐチャンスがあることも忘れたくありません。
映画『ドント・ルック・アップ』は、気候変動対策を訴える国際コミュニティ「Count Us In」と連携したキャンペーンサイトをたちあげ、「真実に目を向け、科学者の言葉に耳を傾け、行動を起こすべき時だ」として、次の6つのアクションを呼びかけています。
①政治に気候変動対策の説明責任を果たすよう働きかける
②化石燃料セクターに投資していない銀行に預金先を変える
③気候変動について、家族や友人と会話する
④職場や学校など組織として気候変動対策を実行するよう働きかける
⑤あなたが使用するエネルギーを再生可能エネルギーに切りかける
⑥ガソリン車での移動をやめる
キャンペーンでは、「私たち全員にやるべきことがある」として、「気候危機への対応には、政府や組織、コミュニティ、個人など、私たち全員の力が必要です。多くの場合、個人のアクションは、システムの変革とは別のものであり、それほど重要ではないと見なされることがあります。しかし、両方が必要であり、2つは深く結びついているのです」と呼びかけています。
「ドント・ルック・アップ」と言いながら、「ルックアップ(見る、調べる)」どころか、観終わった後に「アクション」まで要求してくるーー。
この映画そのものが、アダム・マッケイ監督とディカプリオら出演者陣の強い危機感を伝えるための装置であり、「私たち一人一人にやれること、やるべきことはある」という強いメッセージだったのだと、唸らされる思いでした。
ミンディ博士の言葉が聞く人の心を掴めないように、科学は時に専門家とそうでない人との共通言語になりにくいことがあります。
その点、ブラックコメディという手法で観た人の心を柔らかくして危機を訴え、行動まで呼びかけるエンタメの可能性とパワーを感じます。
誰が見ても十分に面白い映画ではありますが、文脈の理解や前提知識があるとより楽しめるので、記事を読んで興味を持っていただけたら嬉しいです。
この記事は、2021年1月29日配信のニュースレターを一部編集して転載したものです。
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