「性被害を受けた側が、職場を辞めないといけないなんておかしいと感じます。裁判を戦い、自分自身も職場の幹部職員として、まずは自分の職場、そして社会全体の構造を変えていきたいと思いました」。原告の女性はそう話す。
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障害者の文化芸術活動支援などを行う滋賀県の社会福祉法人「グロー」の前理事長で東京都の社会福祉法人「愛成会」の北岡賢剛・元理事に、性暴力やハラスメントを受けたとして、愛成会の幹部職員・木村倫さん(42)とグローの元職員鈴木朝子さん(34)=ともに仮名=が2020年11月、前理事長とグローに計約4250万円の損害賠償を求め、民事訴訟を起こした。
2021年1月に、第1回口頭弁論が東京地裁(三木素子裁判長)で始まり、現在係争中だ。
職場であった性暴力は、ほとんどの人が泣き寝入りし、裁判を起こすわずかな人も、その多くが退職してから訴訟を起こすといわれる。
原告の木村さんは現在、愛成会の幹部職員として働きながら、裁判を進めている。
「被害者はかわいそうで、働けないもの」といったステレオタイプへのもどかしさなど、裁判を闘う上で感じる思いを聞いた。
(※記事中には被害の描写が含まれています。フラッシュバックなどの心配がある方は注意してご覧ください)
=「泣き寝入りせず、性暴力訴訟を起こすと決めた」。鈴木さんの思いはこちら=
「アートから、多様性社会に」仕事への熱意
木村さんは現在、愛成会で幹部職員を務めながら、障害者らの作品を集めた展覧会を企画・運営する仕事をしている。
幼い頃から世界中の芸術作品を観るのが好きだった。その中で、1番面白いと感じたのが障害者の作品だったことが、この仕事を選んだきっかけだ。
特に、絵を描く時、紙やキャンバスからはみ出して、机ごと作品にしている作者との出会いは衝撃だった。「こうしなければ」という枠にはまらない発想に感銘を受けた。
作品は、ひとりひとりの生き方、ひいては人の多様性を感じさせてくれる。
「人間はみんな、多様な側面を持っている。自分が感銘を受けたように、芸術文化を通して、いろんな生の形やさまざまな可能性があることを感じとってもらいたい」と思い、仕事に没頭してきた。
常態化するハラスメントや性暴力
仕事にやりがいを感じる一方、職場ではハラスメントや性暴力に悩んできたと訴える。
訴状などによると、2012年から19年にかけて、タクシーで移動する際、「やめてください」と拒否しても、前理事長から尻を触られることが常態化していたという。また、出張でホテルに泊まる際、仕事の打ち合わせを名目に自分の部屋にくるように誘ってきたという。
2012年9月19日には、6人ほどで懇親会があった。木村さんは北岡元理事からお酒を頻繁に勧められ、ひどく酔ったという。目が覚めると、木村さんは元理事が泊まる部屋のベッドに、上半身が裸の状態で眠っていた。元理事は下着姿で寝ており、木村さんは恐怖と屈辱感でいっぱいのまま、急いで服を着て、自宅に戻ったと振り返る。
木村さんは不眠がちになり、睡眠導入剤を飲むようになった。当時の悔しさや恐怖を思い出すと涙が溢れ、悪夢を頻繁に見るようになったという。
訴状によると、その後は「抱き上げたい」などのメールが頻繁に送られてきたという。
若い世代に連鎖する性被害
木村さんは2015年に愛成会の幹部職員になるまで、非常勤職員でフリーランスという弱い立場にあった。
そのため、「自分が被害を訴えたとしても、大好きな仕事を失うという結果しか残らない。何かを言えるような立場にない」と考えるようになったという。
また当時は「#MeToo」の動きもなく、自分が我慢しなければならないと思っていた。
日常的にハラスメントなどが続く中、もう1人の原告の鈴木朝子さんが「長年、北岡氏からの性暴力やハラスメントに苦しんできました。裁判を起こそうと思っています」と打ち明けてくれた。
2015年以降は愛成会の幹部職員になった木村さん。
「自分より若い人たちにも、性被害が連鎖している」と怒りが込み上げ、「ハラスメントや性暴力が次世代に再生産されない環境を作りたい」と思ったという。
40代を目前にして、社会環境も徐々に変わってきた。「自分が安心して働く権利を、なぜ奪われ続けなければならなかったのか」という問いが、自分の中にずっとあった。「性暴力やハラスメントをなかったことにしたくない」という思いで、行動に移すことを決意したという。
北岡元理事に「人権の話をしたい」
木村さんはまず、北岡元理事に性暴力やハラスメントについて謝罪を求めるLINEを送り、2019年9月27日、東京都内で面会した。
訴状などによると、北岡元理事は木村さんへの2回のセクハラと、事実上、他の職員に対するセクハラを認めて謝罪したという。
木村さんは「二度としないでほしい」と求めたが、「セクハラはしないかもしれないが、言うかもしれない」と言われたという。木村さんは「全く反省していないと感じました」と振り返る。
改めて、要職の辞任や謝罪などを求める文書を送った際には、「木村さんを愛成会で、役職の昇格をさせることで、手を打ってほしい」と連絡が来たという。
「私は利権争いじゃなく、人権の問題を話しているのに」と怒りを抱いた。
北岡元理事側は不法行為の多くを否認
仕事は大好きで、失いたくなかったこともあり、働きながら民事訴訟を起こすと決めた。
木村さんが提示した不法行為について、北岡元理事は多くを否認し、事実を認めているものであっても、解釈を争っているものが多い。
2012年の懇親会後の出来事については、「木村さんは嫌がるぞぶりを全く見せずに、北岡元理事の部屋についてきた」と主張。メールについては、「送信したことは認めるが、それが不法行為に該当するとの評価は争い、そのほかは否認する」と訴えており、タクシーで尻を触ったことについては「複数回触ったことは認め、そのほかは否認する」と反論した。
また、提訴した2020年11月から3年以上前の案件については「時効」を主張するようになった。
民事訴訟であるため、北岡元理事が反論することは想定していたという。一方で木村さんは、「反論を見るたびに、北岡元理事は1回謝っているのに、訴訟になると謝罪する姿勢が一切ないと感じ、憤りが込み上げました」と話す。
「『職場を追われた人』という被害者へのステレオタイプはおかしい」
一方、「今も働いているから、被害はなかったんじゃないか」「元気で働いているじゃん。精神的苦痛は大きくないんじゃない?」といった誹謗中傷を、職場外での周囲の人らに受け、傷つくことも多いという。
弁護士に相談すると、「性暴力やセクハラの被害者と長年向き合う中で、同じ職場で働きながら闘う人は数えるほどしか聞いたことがない」と、性被害訴訟の実態を教えてくれた。
木村さんは「ステレオタイプの被害者のイメージは、『かわいそうで弱々しい』『職場を追われた人』といったもので、自分と世間のイメージが違うんだ」と気づいたという。
「私が稀有な事例として認識されたり、性被害を受けた側が職場を辞めないといけなかったりするのは、おかしいと思います。退職を強いられるということは、経済や仕事のやりがいも奪われることです。性被害も受けたのに、それらも全部失うのは理不尽だと感じます。
本来ならば退職することなく、現職で救済され、その人が安心して働ける環境を守ることが、人の尊厳や人権に寄り添う倫理観なのではと思います。私は働きながら裁判を進めていますが、決して強いわけではありません」
誰もが安心して働ける社会に
一方で、幹部職員という立場にいるため辞めずに済み、闘う方法を選べたとも感じているという。裁判を続けるだけではなく、誰もが安心して働ける環境にするため、愛成会での職場環境の改善にも取り組んでいる。
愛成会の理事会や評議員会では、北岡元理事らのハラスメント行為に関する対応を求めた。理事会は、元理事と互いの法人の幹部を務め合う人らを中心に構成されていたが、改善を訴える中で「ハラスメント問題に踏み込んだことで、法人を混乱させた」などとして、木村さんを解職させようとしていたという文書が見つかったという。
ハラスメントや性暴力は個人の問題に矮小化されがちだが、組織や社会の中にある構造的な問題だーー。木村さんはそう指摘する。
2020年9月、北岡元理事は辞職。評議員会による審議が行われ、理事会の構成員が刷新された結果、女性の理事が増えた。
福祉業界の働き手は女性の方が多い中で、管理職は男性が多く、木村さんはジェンダーバランスの不均衡さと、それに伴うハラスメントの構造が業界全体にはびこっていると感じてきた。そのため、今回の理事会の刷新は良い変化だと考えているという。
「社会には、当たり前とされている不条理がたくさんあると思います。
私たちの裁判を通し、ハラスメントや性暴力が人の尊厳を傷つけ貶める行為だということが多くの人に認識され、未来の世代がより安心して働ける社会になってほしいなと願っています」
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裁判は次回、3月3日に東京地裁で口頭弁論があり、原告2人の意見陳述が行われる。
グローの担当者は、ハフポスト日本版の取材に対し、「係争中のため、全面的に回答を差し控えます。当方の主張を的確に行い、適切かつ真摯に対応していく方針です」としている。
(佐藤雄 @takeruc10/ハフポスト日本版)
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「性暴力を受けた側が、仕事を辞めるのはおかしい」働きながら、民事訴訟を闘う女性の思い