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「泣き寝入りせず、性暴力訴訟を起こすと決めた理由」1年間裁判で戦い、原告女性に見えてきたもの

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性被害を受けたとして、民事訴訟を起こしている鈴木朝子さん(左)と木村倫さん

「性暴力は、密室で行われることが多く、証拠を揃えるのが難しい。

訴訟のため、思い出したくないことを思い出し続ける作業は、つらくて苦しいものでした」

◇    ◇

障害者の文化芸術活動支援の先駆けと言われ、グループホームなどの運営も行う社会福祉法人「グロー」(滋賀県近江八幡市)。

法人の北岡賢剛前理事長から性暴力やハラスメントを受けたとして、元職員の女性2人が2020年11月、グローと北岡前理事長に計約4250万円の損害賠償を求め、民事訴訟を起こした。2021年1月に、第1回口頭弁論が東京地裁(三木素子裁判長)で始まり、現在係争中だ。

告発することで二次被害に遭うケースもあるなど、被害者が泣き寝入りを強いられることも多い性暴力。

訴訟を起こした思いや、性被害者が裁判をする中でぶつかる壁などについて、裁判開始から1年が経った今、原告の鈴木朝子さん(34)と木村倫さん(42)=ともに仮名=に思いを聞いた。2回にわたり、掲載する。

 (※記事中には被害の描写が含まれています。フラッシュバックなどの心配がある方は注意してご覧ください)

生きがいだった障害者アートの仕事

性被害を受けたという当時の記憶を話す鈴木朝子さん

原告の鈴木朝子さんは、グローでは学芸員として、障害者が芸術活動をするための相談支援や、展覧会の企画などをしていた。

仕事が生きがいだった鈴木さん。「ただ、ふつうに働きたかった」と話す。

幼い頃から、絵を描くのが好きで、展覧会にもよく足を運んだ。

大学では、学芸員の資格をとった。人生の転機となったのは、小学校の先生のサポーターをした経験だ。

ある時、発達障害のある子を迎えにきた母親に、その日の出来事を話した。楽しい話のつもりだったが、母親の表情が曇り、こう続けた。

「今はかわいいって言ってもらえるけれど、この子もいずれ、大人になって社会に出る。すごく不安なんです」

その言葉にはっとし、自分の考えの至らなさを思い知った。

子どもたちが大人になったときに、それぞれの個性を尊重し合えるような社会になってほしいと思い、福祉の道に進もうと決めた。

12年にグローに入社したのは、前身の団体が企画・運営した、障害者の作品の展示会がきっかけだった。

障害者の芸術活動をサポートしたり、作品を知ってもらったりする仕事は、多くの笑顔を生むことができて大好きだった。

同僚と「障害の有無に関わらず、ずっと創作を続けていける環境を支えていきたいね」との思いを共有できるのも嬉しかった。

1人で抱え込み続けた性被害

一方、訴状などによると、鈴木さんは北岡前理事長から「ホテルに行かないか」との電話や「2人で恋人気分でお願いします」といったメールを受けるなどして、日々ハラスメントに悩んでいたという。
北岡前理事長は政界に太いパイプを持ち、社会福祉業界では「存在を知らない人はいない」とも言われる。鈴木さんは「絶大な権力で、『命令は絶対』といった逆らえない空気があったと感じます」と話す。

また、訴状などによると、2014年11月5日の未明、鈴木さんは北岡前理事長から性暴力を受けたという。

被害にあったのは東京出張時に宿泊したホテルで、前理事長の部屋で5〜6人の「部屋飲み」が開かれた後だという。訴えによると、前理事長から「仕事の話があるから鈴木さんだけ部屋に残るように」と言われ、その後押し倒されて無理やりキスをされたり、性器を触られたりした。恐怖で体が固まりつつも拒絶し、自分の部屋に逃げ込んだという。前理事長は、「墓場まで持って行ってね」と求めてきたほか、2015年6月にも、東京出張で無理やり性行為をされそうになったと、鈴木さんは話す。

その後は、目が覚めると泣いている日が続いた。「被害を回避する方法があったかもしれない」と自分を責め、死のうとも思ったという。
性暴力と向き合うと、心が壊れてしまいそうになるため、仕事以外のことは考えないようにした。
被害のことは、誰にも言えなかったという。性被害を受けたことを「恥ずかしい」と感じ、「誰にも信じてもらえないんじゃないか」という不安もあったからだ。

上司にはセクハラなどについて相談したこともあったが、「理事長になんて言えばいいんよ」と聞き入れてもらえなかったという。

ハラスメントが続き辞めたいとも思ったが、障害者アートの職場は全国でも少なく、大好きな仕事を失いたくなくて続けた。責任感の強い性格で、ずっと笑顔でいようとし、疲弊していった。

「自分はセクハラの吐口なんだな」と感じ、涙が溢れた。

2019年の8月に、7年半続けた仕事を辞めた。

その後、関東に引っ越し、性暴力の被害者を支援する団体に相談した。「あなたは悪くない。悪いのは、性暴力をした人です」と言われ、少しずつ前を向けた。

また自分以外にもグローの内部などで複数の人がセクハラやパワハラ、性暴力に遭っていたことを知り、「被害の連鎖を止めなければなかったことにされないためには、裁判をするしかない」と決意した。

訴訟を起こした2つの理由

訴訟の準備書面を見る鈴木さん。訴状は38ページにも及んだという

裁判を起こした理由は大きく分けると2つある。

自身が苦しんだ、権力者による性暴力やハラスメントが法的に裁かれ、再発防止に繋がってほしいとの思い。

そして、泣き寝入りする被害者の力になりたいと思ったからだ。

鈴木さんは、「他にも泣き寝入りする被害者がたくさんいることを知り、裁判を起こして社会的に発信することで、性暴力について考えてもらい、性被害で傷つく人を減らしていければと考えました」と話す。

「ハラスメントや性暴力は『個人間の問題』と言われることもありますが、社会的立場や仕事の上下関係を利用し、黙認するような、組織的な問題もあると感じます。

北岡前理事長には被害者たちがどういう傷を負っているのか、自分のやったことの重さを認識してもらいたい。グローには再発防止のため、真摯な事実確認の上、詳細を社会に説明してほしい」と願う。

性暴力裁判のハードル

提訴の準備開始から約2年が経ち、裁判をする性被害者に立ちはだかる壁を感じてきた。
特に、被害者側の立証の困難さだ。

性暴力の多くは、周囲に分からないように行われ(鈴木さんの場合、訴状によると、2人きりのホテルの密室で被害に遭ったという)、物的証拠を提出することは困難と言われる。

また長年のハラスメントも含め、当時、録音などの証拠を残そうという発想がなかった。性被害を日々の中で思い出さないようにしないと自分を保てなかったからだ。

証拠のメールなどは、見てしまうとフラッシュバックにつながるので、消したいと思う性被害者が多いという。

鈴木さんは「記憶を丁寧に掘り返し、証拠となるものを揃えてきました。思い出したくないことを思い出し続ける作業は、つらくて苦しいものでした」と話す。月1回以上ある弁護士との打ち合わせの後は、毎回発熱して寝込んでしまうという。

裁判では、原告である鈴木さんが提示した不法行為について、北岡前理事長とグローは当初、事実関係や解釈などを争っていた。

例えば、2014年の性暴力について「原告が主張する事実は存在しない」と主張。

 「2人で恋人気分でお願いします」といったメールについては、「コミュニケーションの一環として、男女を問わず送信する類のものであって、原告に対してのみ送信したものではない」とし「セクハラに該当するとの評価は争う」と反論している。

だが12月の準備書面で、提訴した2020年11月から3年以上前の案件については「時効」を主張するようになった。

民事訴訟の損害賠償請求では、不法行為による損害および加害者を知った時から3年、または不法行為の時から20年で請求権は消滅し、時効になる。生命または身体を害する不法行為による損害賠償請求権については、消滅時効は5年となっている。

性暴力被害の当事者らによる一般社団法人Spring2020年に行った調査では、性暴力の被害者の多くが、明確な暴行や脅迫がなくても恐怖で抵抗できず、被害だと認識するまでに平均で7年半かかっていることがわかった。

鈴木さんは「性暴力を受けて、すぐに告発できる被害者は少ない。実情と司法に大きな溝があると感じます」と話し、今後反論する予定だ。

訴訟を起こし、見えた希望

グローの元職員に行ったハラスメント実態調査の報告書を手にする鈴木さん

提訴の準備をする中で、周囲の人が「裁判は原告2人で戦うのは大変だから、サポートしたい」と、「Dignity for All -社会福祉法人役員による性暴力・ハラスメント裁判の原告を支える会-」( @info_fnht )を作り、訴訟などの発信活動をしている。

20年から、訴訟について記者会見をすると、グローの元職員や現役職員、一般の方から「声をあげてくださり、感銘を受けました」といった応援メッセージが30件以上届き、「#MeToo(私も、被害を受けた)」の声も上がっている。

鈴木さんは、訴訟を起こす前は、誹謗中傷などのセカンドレイプも怖く、裁判をする上での1番の不安要素になっていたという。

だが提訴し社会に発信したことで、元同僚たちがハラスメントの実態調査をしてくれたり、福祉業界の人が現状に関する意見交換会を開いてくれたりなど、問題意識や共感、行動が広がり希望を抱くことができた。

また、社会福祉関係者からは「ハラスメントなどが多いこの業界を変えていってほしい」といった連絡も複数寄せられ、業界全体の深刻さを改めて感じたという。

鈴木さんは、「社会ではハラスメントや性暴力など、嫌なことがあっても、我慢し、受け流すのが当たり前といった風潮が残っていると感じます。

福祉業界に関わらず、ハラスメントが起きやすい権力構造や苦しみを生まない職場環境について、ひとりひとりが考える必要があると思っています。

私が何かを直接、変えることができるとは思ってないのですが、この裁判に全力を注いで、被害者が救済される判決を残すことが、私にできることだと思っています」と語る。

1月18日には裁判の進捗などについて、オンライン会見を開き、説明する予定だ。

◇    ◇

裁判は次回、3月3日に東京地裁で口頭弁論があり、原告2人の意見陳述が行われる。

グローの担当者は、ハフポスト日本版の取材に対し、「係争中のため、全面的に回答を差し控えます。当方の主張を的確に行い、適切かつ真摯に対応していく方針です」としている。

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「泣き寝入りせず、性暴力訴訟を起こすと決めた理由」1年間裁判で戦い、原告女性に見えてきたもの

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