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日本はいつまで「安くて良いもの」で勝負するのか?アメリカに渡り、パタゴニアとGapで活躍した日本人は問いかける

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「日本はやばいかもしれない」

1985年に帝人に入社し、ヨットの帆などに使うセールクロスの開発、販売をしていた大原徹也さん。仕事柄海外に出張することが多く、外から日本を見つめる機会が多かったという。

「長時間労働など日本企業の仕事の仕方はあまりにも無駄が多く、またそれを指摘することが『タブー視』される当時の日本に、危機感を覚えていました」

帝人に勤めて11年目、転機が訪れる。帝人でアメリカズカップ日本艇のオフィシャルサプライヤーとして従事していた縁で、航空宇宙やスポーツ素材などを取り扱うアメリカの製造大手・ディメンジョンポリアント社からジョブオファーが来たのだ。家族と相談の後すぐに決断し、1996年に家族と共にアメリカへ渡った。

中央:大原徹也さん。渡米して1年後に撮影した大原さんの家族写真

最高の「羅針盤」に出会った

ディメンジョンポリアント社ではスポーツ素材の開発と販売に携わった大原さん。自身が開発した素材がパタゴニアのジャケットに採用された縁もあり、2003年にパタゴニアの米国本社に移籍した。そこで「サステナビリティ」を追求するビジネスに初めて出会ったという。

パタゴニアが環境問題とサステナビリティに全力で向き合っていることは、ミッションステートメントからも見て取れる。

<パタゴニアのミッションステートメント>
最高の製品を作り、環境に与える不必要な悪影響を最小限に抑える。そして、ビジネスを手段として環境危機に警鐘を鳴らし、解決に向けて実行する。

そんなパタゴニアの創業者であるイヴォン・シュイナード氏から最初に任された仕事は、最高のウェットスーツを、もっと環境に配慮して作ることだった。

左上:大原さん、上段右端: イヴォン・シュイナード氏。パタゴニアの哲学を社員に 説くフィロソフィークラスの様子

「より環境負荷の少ないウェットスーツを作るためには、石油由来の合成ゴム『ネオプレーン』を別の素材に変える必要がありました」

そして出会ったのが、アリゾナ州で栽培されている「グアユール」という植物の樹脂から作る天然ゴム。ユーレックス社と共同で開発を進めていったが、後にグアユールの生産規模が需要に追い付かなくなるという問題に遭遇した。

「そこで、環境と社会的責任に高次元で配慮していることを証明するFSC認証が取れた『へベアツリー』から採れる天然ゴムを使って、ウェットスーツを作ることにしました」

こうして4年以上の月日をかけて、環境に配慮した高品質なウェットスーツを開発することができた。

「何度も壁に直面する中で、ビジネスでサステナビリティを追求するには、いつでも原点に立ち返ることの出来るミッションステートメントが何よりも大切だと実感しました。私は、パタゴニアのミッションを今でも即座に言うことができます。一生忘れないと思いますし、私の仕事上の羅針盤になっています」

2012年、ユーレックス (グアユール製) ウエットスーツを 展示会で発表した様子

また、イヴォン・シュイナード氏が大切にしていた『禅の思想』は、ビジネスでサステナビリティを実現する上で重要な考え方だという。

「例えば弓道では、弓で的を射るために、的を見るだけでなく、初動から全てのプロセスに集中します。ビジネスも同じで、売り上げや利益など目に見えるものだけではなく、製造時に使用されている原材料やサプライチェーンなど、一つ一つのプロセスを丁寧に分析していく。正しい事を行うと、結果的に売上や利益がついて来るということを、身を持って経験しました。サステナブルなビジネスを実現するためには、このような禅の思想でプロセスを重視する必要があると、パタゴニアで学んだのです」

上場企業のGap Inc.でサステナビリティをどう実現するか

パタゴニアで14年間、サステナビリティビジネスの最前線に立った大原さんは、2017年にGap Inc.(Gap、バナナリパブリック、オールドネイビー、アスレタ)の米国本社副社長に就任した。

「パタゴニアは社員一人ひとりが環境問題意識を持つラディカルな会社で、政治色も強い。一方、上場企業であるGap Inc.は、思想の問題ではなく、企業の戦略としてゲームを組み立てる手法でサステナビリティを実現しようとする。パタゴニアでの経験を生かしながら、世の中へのインパクトを最大化するようなアプローチで、サステナビリティを実践することも出来るのではないか。そう思ってGap Inc.へ行くことにしました」

中央:大原さん。GAP Inc.でのミーティングの様子

Gap Inc.では、リサイクル糸を使用し、水の使用量を減らしたデニムの開発など、業界のスタンダードよりも高い目標を掲げ、「業界のお手本となる」という会社の新しい指針を築くことに尽力した。

「他の米国上場企業と同じく、Gap Inc.も四半期ごとの決算に追われているので、コンペティティブで緊張度の高い職場でした」

スピードが要求される中でも、環境へ配慮しサステナブルなビジネスをするためには「プロセスを重視しなければならない」と繰り返し説いて来たという。

「それまでのGap Inc.は、『ガバナンスの観点から、誰に何を言われても対応出来るように』というマインドでサステナビリティに取り組んできたように見えました。しかしそこから一歩進んで、『Gap Inc.は業界を超えて他社をインスパイアする存在なんだ』というグループ全体の方向性を作れたと思っています」

その後、大原さんの元には「どうやってビジネスでサステナビリティを追求できるのか」との問い合わせが沢山届くようになった。

もっと多くの企業にこの理念を伝えたい。そう思った大原さんは2019年に独立し、INCS CORPORATIONという会社を設立。現在は長期のイノベーションとサステナビリティの戦略を構築するコンサルティング事業を展開している。

同時に実戦で学んだノウハウを伝授する為に、欧米のビジネススクールで教鞭を執っている。

日本はいつまで「安くて良いもの」なビジネスモデルを続けるのか

アメリカでサステナブルなビジネスの最前線に立ち続ける大原さん。最後に日本についてどう思っているか聞いてみると、「今の日本には大切な事を判断する“物差し”がなく、漂流しているように見える」という。

「日本の企業は多くの業種で『値段を下げて』成功していますよね。安くて良いものを大量に作るのは、経済発展する“ある時期”までは重要だと思いますが、一旦先進国入りをした後も続ける意味はあるのでしょうか。このまま進んでも良いことはないと思います」

日本で「値上げする」と言うと、四方八方からいろんな批判が出て来る。一方、ヨーロッパに目を向けると、低価格高品質を追求するビジネスモデルはあるものの、全体がそちらの方向に流されることは決してないという。

「業種によっては、値段を上げることに対して、むしろ好奇心をもって迎えられる土壌があるように見受けられます」と大原さんは指摘する。

「新たに生み出された付加価値を反映させて売値を決める、という経済原則を逸脱すると、サステナブルなビジネスではなくなります。これからの時代、日本は経済大国を目指すのではなく、長い自国の歴史が生み出した長所を十分に反映させた、全く新しい独自のビジネスモデルと生き方をあみ出していく必要があるのではないでしょうか。他国と比べる必要はないと思います」

そのヒントになるのが、国際的に見ても数が多いとされる日本の老舗企業だ。創業200年以上で創業一家が今も経営権を持ちながら、好業績を上げ続けている企業が所属出来る、パリに本部を置く「エノキアン協会」の存在を紹介しながら大原さんは言う。

エノキアン協会の年次総会で ケーススタディを 発表している大原さん

 「エノキアン協会で専属ライターとして、日本の老舗企業のケーススタディを執筆しています。虎屋や山本山など5社の老舗企業を取材しましたが、生き残るために常にサステナブルなイノベーションを起こしている事がわかります」

「例えば老舗企業は、当期利益を自社で再投資したり、余剰金として配分したりするだけではなく、地域や社会、業界へ、環境的にも社会的にも再配分をするなど、古くから再生可能な取り組みを当たり前に行ってきました。老舗企業から学ぶべきことは沢山あり、サステナブル経営の重要なヒントになります。我足るを知る、という考え方です」

大原徹也さん

大原徹也

1962年京都市生まれ。85年同志社大学経済学部卒業後、帝人株式会社に入社。96年に家族と共に渡米し、ディメンジョンポリアント社を経て、2003年、カリフォルニア州ヴェンチュラに本社を置くアウトドアウエア製造大手のパタゴニア社に入社。14年間、パタゴニア米国本社イノベーションディレクターを務める。17年、米国アパレル最大手のGap Inc.米国本社副社長に就任、持続可能なイノベーションをGap Inc.すべてのブランドに普及させるべく尽力する。19年に退任。

現在、イノベーション及びサステナビリティのコンサルティングファーム、INCS CorporationのPresident。また、欧米のビジネススクールにおいてイノベーション及びサステナビリティのレクチャーを行っている。米国カリフォルニア州ペパーダイン大学経営大学院MBA取得。スコットランド・セントアンドリュース大学米国財団理事。サンフランシスコ在住。

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