グレイヘアの原点は祖母と母
「はやくきれいな銀髪(ぎんぱつ)になりたいわあ」
大正7年生まれで63歳で亡くなった母方の祖母が、還暦の頃にそういっていたのをよく覚えている。
祖母のヘアスタイルはセンター分けの前髪なしボブカット。当時は白髪まじりのいわゆるゴマシオ頭だった。
私の母も還暦を迎える少し前に白髪染めをやめていた。ふわふわとしたクセを生かしたショートカットで、色白の母によく似合っていた。
母は長いあいだ白髪を染めていたし、母が30代のころ、白髪を念入りに抜いていた後ろ姿を覚えている。それなのにどうして60歳を前に白髪染めをやめたのか、聞いてみた。
「面倒になったんだと思う。やめてみたら案外評判が良くて、そのままやめたの」
思えば祖母も母も50代の後半には白髪の量がかなりの比率を占めていたわけだから、白髪が多いタイプだったのだと思う。
祖母は個性的でおしゃれな人だった。当時珍しかったエスニック柄のワンピースやバッグを、手作りのものも含めて好んで使っていた。染色や和紙の張り子を趣味にしていて、遊びに行くと染物や手芸などの手仕事の道具がいつも広げてあった。私はその横に並んでクレヨンや祖母の絵の具で絵をかくのが好きだった。
母もおしゃれが好きで、年齢らしさにとらわれたファッションは好まない人だ。私には髪を黒く染めていない祖母や母の姿は当たり前だった。
だが母が子どもだった戦後間もないころから、高齢の人、特に女性はほとんどの人が白髪を染めていたという。「白髪染めは当然」という感覚が一般的だった。
そんな時代にあえて「白髪でいる」ことを祖母や母は選んでいた。
それを見ていた私にも、白髪頭…今でいうグレイヘアに対して、好意的でむしろ「おしゃれなもの」という感覚が自然と根付いていたのかもしれない。
私の白髪は30代から
私自身は30歳を過ぎたころには白髪が目立ち始めていたように記憶している。白髪染めに限らず女性がヘアカラーをするのは当然になってきた2000年代のことだった。
出産前で会社員としてフルタイムで働いていたこともあり、美容院にも頻繁に行き、カットカラーにトリートメントのフルコース。白髪が伸びてくる前に都心のヘアサロンで染めていた。
35歳で子どもを産むときに、出産前から出産後にかけて半年ほどカラーをしなかった。思っていたより白髪が増えていて、みかねた夫に「子どもを見ているから美容院に行っておいで」と言われた記憶がある。
そのころからなんとなく「いつかは白髪染めをやめるんだろう」という気持ちはあったのだと思う。白髪が伸びてくるのを気にするのがちょっと面倒な気持ちもあった。
その一方で、ママ友には10歳近く年下の人もいるし、まだ子どもは赤ちゃんだ。「髪くらい若々しくきれいにしていたい」という気持ちが強かったし、それが当然で疑問もなかった。グレイヘアはまだ自分には遠い存在だった。
そろそろいいんじゃないか?
グレイヘアが「ユーキャン新語・流行語大賞」にノミネートされたのは2018年。私の子どもは中学生になり自分の年齢も50歳に近づいていた。
「そろそろいいんじゃないか?」。一気に自分の現実としてグレイヘアが近づいてきた。
同じころ、義理の姉が白髪染めをやめた。ファッションは若々しく髪がグレイヘアの義理の姉がなんだか素敵に見えた。
「50歳がひとつの区切りかもしれない」。そう思いながら、ときおりグレイヘアの画像をスマホで検索するようになった。俳優やモデルにまじって一般のグレイヘアの女性たちの画像が探せばいくらでも出てきた。彼女たちの笑顔が自信に満ちて輝いて見えた。
「私にもできるかも」という思いが強くなった。
ためしに行きつけの担当美容師さんに相談してみた。「あと2、3年のうちに白髪染めをやめて、グレイヘアにしたいと思っているんです」。
担当の美容師さんは、私の髪の長さで始めると大体どのくらいの期間がかかるか、私の白髪の量だとバランスはどうなりそうか、何月ごろにはどのくらいまで白髪がのびてくるか…という見込みを示してくれた。徐々に具体的なイメージが固まってきた。
白髪染めをやめた
2019年の年末ごろに「グレイヘアへの移行」を決意。白髪染めをやめた。
家族がグレイヘアを嫌がる場合もあるという記事を読んだことがあったため、グレイヘアにする前に、念のために夫と息子にも相談してみたが、2人とも賛成。
そこに新型コロナウイルスの流行がやってきた。偶然その時期に少し出費を抑えたい事情もあった。カラーをやめれば美容院に行く頻度も1回当たりの出費も減らせる。当時は、頻繁に外出することに感染の不安を感じていたし、美容院に行かない「言い訳」がいくらでも成り立つ社会状況でもあった。
それらが一気に自分の後押しになった。
移行に10カ月ほどかかり、実際に変えてみてまもなく1年。結構気に入っている。表現が難しいのだが、髪で年齢が一定以上であると外見から見えていることで、かえって心は年齢から自由になった気がしている。
服や小物を選ぶとき「似合うか」「好きか」「快適か」ということが最も大事で、「この年齢でこんな服装おかしいかな」といったことを、なぜか気にしなくなった。しいて言えば似合う色味が以前とは少し変わったくらいだ。
髪が白くなったら相対的に顔は明るく若く見えるような気もしている。美容師さんは「“白”は究極のハイライトなので髪も顔全体も明るくなる」と話していた。
また、私の髪は太くてうねりやすく元の色は真っ黒だったので、色が濃いとツンツンと飛び出したいわゆるアホ毛が目立つし、実際の状態以上にパサパサに見えやすい髪質だった。広がってボリュームが増してしまうと重たくボサボサに見えるし、段を入れすぎるとつやがなくハネたりもしやすかった。
そうした髪の悩みが、グレイヘアになると解決はしないまでも、全部目立たなくなった。
広がっても飛び出してもフワッとして見えるし、目立たない。白髪は光るので少しオイルをつけるだけでつやがない感じも十分やわらぐ。
「こうなりたい」というイメージを持って
グレイヘアが出来上がってくると、不思議と鏡を見るのが嫌ではなくなってくる。むしろ楽しい。
服装のテイストは、変化した体型と髪色に合わせて少しずつ変えてはいるけれど、基本的には似合うと感じる好きなものを選んでいる。
特にカジュアルなファッションとグレイヘアは「相性がイイ」と個人的には思う。グレイヘアの女性の画像をたくさん検索して、ファッションも含めた自分なりの具体的なイメージを持つのが楽しめる秘訣かもしれない。
グレイヘアにする前、40歳を迎えるあたりから、私は「ファッション迷子」だった。年齢的に無理がないこととファッションを楽しむことを両立しようとすると、世の中が提示してくるテイストは好みの方向と離れていった。
しかし「グレイヘア」に出合いたくさんの女性の姿をインターネットやテレビの画面を通して見ることで、「私がなりたい、50代・60代・70代の姿」が見えてきた。
もちろん、グレイヘアにしないことを選ぶ人もいたっていい。白髪染めでなくても、好きなヘアカラーを楽しめる時代だ。今もそういう人の方が多数派だろう。
けれどグレイヘアを選んで、そうなってみると思っていたより毎日が楽しいし、肩の力が抜ける。迷っている人や少しだけ興味のある人はぜひネットの画像検索からはじめてみてほしいと思う。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
50歳を前にグレイヘアはじめてみました。