朝起きたら、スマホに手を伸ばし、友達がシェアした話題やポップアップされたニュースに触れる。いま、インターネットの世界に生きる私たちは、刺激を与えられ続けられる「刺激の競争」の海の中で泳がされている。
日々私たちが接するニュースもその刺激の競争の中に取り込まれ、変質してきているということを意識しておくと、ニュースの見方が変わってくる。
刺激の競争とは何か。
端的に言うと、読者の「アテンション(注意・関心)」を奪い合い、クリック数を稼ぐことで、収益をあげていくネットメディアの”感情刺激競争”だ。
こうした状況は、読みたいニュースや自分と似たような意見だけが自分に届くエコーチェンバー現象やフィルターバブルを引き起こし、「分断」を加速させることはよく知られている。
「刺激の競争」の中で取り残されがちな「良いニュース」とは何なのだろうか。経済論理に飲み込まれすぎず、良いニュースが発信され、読者に届くために何が必要なのか。
長引くコロナ禍や東京五輪で揺れた2021年8月に「ニュースの未来」(光文社新書)を上梓した石戸諭さんに話を聞いた。【聞き手・井上未雪、編集・南麻理江】
共感を求められるようになったニュース
まずは改めて“感情刺激競争”のからくりと、問題点を整理する。
石戸さんは、SNSの隆盛によって「インターネットメディアの世界に“共感”の押し付けが持ち込まれた」と指摘する。
読者は「共感できる記事」をよりクリックする傾向にある。クリック数を求めるメディアも「共感」に寄せていく。
ニュースの見出しは、感情を刺激し、共感によるクリックやシェアをするように仕向けられるようになってきた、石戸さんは分析する。
最も顕著なのは記事タイトルだ。共感を重視してつけられるタイトルとして、石戸さんは5つの手法を挙げる。
①取材先が言ったもっとも強い言葉を抜き出す
「東京の犯罪は増え続ける」防犯のプロが明かす地下鉄の死角 といった具合の見出し。
カギカッコの言葉に共感するような同質的な人々が集まる空間でシェアされるために必須の手法だが、一方でリスクがある。それは、同質的な空間でシェアされる以上の広がりを見込みにくくなってしまう点だと指摘する。
②「?」をフックに使う
「なぜ〇〇は△△なのか?〜」と続くような見出し。
③感情を揺さぶる言葉を多用する
「激白」「潰す」「震える」「驚愕」「地獄」などを入れて「読まないと乗り遅れるのではないか」と読者に思わせる。
④年齢や性別、職業などパーソナルな情報を押し出す
読者との共通点を作り出す効果があるので利用される。
⑤流行語を織り込む
こうしたニュースは、時間が経つと流行語に古さを感じるようになってしまい、長期間読まれるニュースになるのは難しくなるが、注意を呼び込むために使われる。
読者はこのようなタイトルに「感情を刺激されて」シェアし、その行為自体を忘れている、と石戸さん指摘する。ここで留意したいのは、シェアは指数関数的にページビューを伸ばしていくが、シェアした本人は、 “アテンションの罠”に引っかかっていることに無意識なことだ。
「感情刺激競争」で生まれる分断
「読みたくなる見出しの競争が進むこと自体は歓迎すべきです。しかし、見出し自体はあくまで一つのテクニック、手段に過ぎません。感情の部分は伝わるのが早い分、消える速度も同じです」と石戸さん。
数字を残すことに拘泥し、感情を刺激することの競争で、一時のページビュー(PV)と引き換えにニュースにとってもっとも大事な信頼を傷つけていないかと危惧を呈する。
この「感情刺激競争」がもたらすものとして、インターネットのニュースの世界では、「分断」を加速させることは有名だ。
刺激の競争に溺れず「良いニュース」の文化を創る
石戸さんは、この分断を断ち切るには「良いニュース」の文化を創ることが必要だと訴える。
文化を作るのは、書き手だけではない。読み手の協力が不可欠だ。
しかし今、きちんとニュースの内容を読み解くことを忘れてしまっている読者も多くいる、と石戸さんは懸念をあらわにする。
分断の象徴になった新型コロナや東京オリンピックの開催の是非を問うニュースなどは、「お互いの集団が違う意見を『敵』とみなす議論が進み、結局のところ議論は一向に進まず、現場を踏まえた実務的な解決策から遠のく議論ばかりが展開され」たとし、「『自分が信じる世界観』とニュースが合致するからシェアする」という状況に陥っていると指摘する。(p110より)
ニュースに「脊髄反射」して自分なりに読み解くことをしないまま共有を繰り返すことを危惧する。
いったん立ち止まって、考える時間を大切にするニュース
デジタル・SNS時代のメディアを取り巻く環境は課題が山積みだ。一体どうあるべきなのか。
「共感を狙ったニュースが、今のメディア環境の中で流布すると喜怒哀楽を刺激するだけで終わってしまいがち。結果として(読者が)考えることが後回しになっていく」
「共感は大切だが、ニュースを共感を集めるためだけに使うのはもったいない」
石戸さんそう語る。
本書で訴えたのは「考える時間を大切にするニュースの重要性」。
「読んだ人がいったん立ち止まって、考える時間を大切にするニュースを掲載する割合をちょっとずつあげていくこと、早く伝えるニュースと、答えのない時間を耐えた後に出すニュースを使い分けること。そんな力を積み上げた先に、良いニュースへの道は切り開かれるのではないか」。
そんなメッセージを、ネットメディア時代に生きる私たちに投げかけた。
Source: ハフィントンポスト
「激白」「震える」「地獄」に頼った “感情刺激競争“がもたらすクリックの罠とニュースの未来