豪雨、洪水、山火事など、世界中で自然災害のニュースが飛び交うなか、バンクシーがキャンピングカーで移動しながら、イングランド東部にある海に面した町に複数の新作を残した。
なかでも、サフォーク州の町、ローストフトにある公園の壁に残された作品からは「地球というわたしたちが乗る船は、いったいどこに向かうのだろう」というバンクシーのメッセージが読み取れる。
ボート遊びに興ずる子どもたち?
三人の男の子たちが乗る小さな船は、今にも沈没しそうに後ろに傾いている。
最後尾にいる子は一生懸命、バケツで水を掻き出している。先頭にたつ年上の少年は双眼鏡を覗きながら、上陸できる場所を探しているかのよう。そのお兄ちゃんの腕に年少の子がしがみつき、心配そうに後ろの様子をみている。
彼らが頭にかぶっているのは、紙の帽子だ。なるほど、子どものボート遊びかと、ニンマリできるわけではない。これが単なるジョークではなく、現在の地球温暖化現象に対するシリアスな警告であるのは明白だからだ。
2021年8月7日、バンクシー作と思わしきストリートアートが、イングランド東部サフォークに位置する町ローストフト(Lowestoft)のニコラス・エバリット・パーク(Nicholas Everritt Park)という川に面した公園の壁に残されているのが発見された。
バンクシー自身が自作であると公表したのは、6日後の13日のことだ。
実際には、船はリサイクルの鉄板で、それを壁に描いた子どもたちの下に設置し、まるで彼らが船に乗っているかのようにみせている(現在、鉄板は撤去された)。
また、その船は地面にできたぬかるみに斜めに設置されたため、今にも沈みかけているように演出されている。そのぬかるみは、このところ、英国各地でおこっている豪雨の名残のようだ。
作品が残された東イングランドは、全体的に土地が低く、沼や湿地帯が広がる地形的特徴を持つ。近くにはかつて浸食によって、町ごと海に飲み込まれてしまったところもある。もともと、洪水や浸食など水害のリスクを背負う土地柄なのだ。
場所と時を的確に選び、メッセージがより強いインパクトをもつようにしむけるバンクシーの手法は、いつもながら絶妙だ。
この夏、目の前に迫る気候危機
バンクシーのものとみられる新作が報じられた日の朝、わたしは軽くジョギングしようと青空の下に出たものの、すぐにびしょ濡れになって帰ってきた。在英20年この方、こんな雨の降り方を体験したことがなかった。
イングランドは比較的温和な気候で、雨の降り方も優しい。幸運なことに、これまで自然災害とは縁遠い国だった。高い山もないため、洪水が起こる心配もなく、首都ロンドンを流れるテムズ川ですら護岸工事されていない。それで問題なかったのだ。
ところが、この2、3年は雨の降り方が尋常ではない。バケツをひっくり返したような集中豪雨が頻発し、時に雷が光り轟く。交通が麻痺状態に陥るのも一度や二度ではない。土地の低いところは洪水に悩まされ続け、川は氾濫する回数が年々増えているのだが、特に今年はひどいと感じるのはわたしだけではないだろう。
世界を見渡せば、日本での土砂崩れ、ドイツの豪雨、アメリカ北部や南ヨーロッパ、シベリアでの熱波や山火事といった災害が各地で発生している。多くの人命が奪われ、生活のインフラは崩壊し、地球もそこに住む生物も悲鳴をあげている。
地球環境問題について、バンクシーはこれまで何度もメッセージを送ってきた。
例えば、2009年、北ロンドンにあるリージェンツ・カナルという運河の岸壁に残された作品がある。 水際すれすれに赤い手書き文字で「I DON’T BELIEVE IN GLOGAL WARMING (地球温暖化なんか信じない)」とある。水面にはその文字が鏡のように映り込み、ザワザワとさざなみが立っている。
温暖化現象に対する懐疑論も、時とともに上がっていく水位の中でもろともに消え去っていくだろうという、バンクシーの予言めいたブラックユーモアが効いている。この作品は、その年にコペンハーゲンで行われたCOP15(国連気候変動会議)で、各国の同意がとれず、問題が先延ばしにされたことに対する憤りだった。
みんな同じ船の上
問題は先延ばしにされ、世界の指導者たちは本腰を入れて手を打たないまま、12年の歳月が過ぎた。その間に、状況は加速度的に悪化し、今の逼迫状況に至る。
偶然にも時を同じくして(バンクシーはそれを知っていたのかもしれない)、8月9日、「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が第6次評価報告書を公表した。科学者たちで構成されるその会議にオブザーバー参加した「世界自然保護基金(WWF)」の小西雅子氏は、「もはや気候危機は遠い国の話ではなく、自分たちの生活を脅かす猛暑や洪水が直接的に関係しており、このままではさらに激甚化していくことが科学によってより明示された」とコメントした。
将来に影響を及ぼす社会問題、特に環境問題をテーマにする時、バンクシーはよく子どもを主人公として描くのだが、今回も例外ではない。
未来は彼らが引き受ける世界だ。未来は過去や現在の延長線上にあり、よい環境を次の世代へ渡していくのは今の大人たちの責任なのに、目先に心奪われ、保身にまわり、その責任を果たしているとは到底思えない。そして、そのツケを払うのは、さらなる被害を被るのは、子どもたちなのだ。
今回の作品には、「WE’RE ALL IN THE SAME BOAT (みんな同じ船の上だよ)」というメッセージが書かれている。この言葉は嘆きなのか諦めなのか、少なからずバンクシーの悲壮感が漂っているようにも思える。
もちろん、主人公の子どもたちは、一番の被害者像として描かれているのは間違いないが、それを逆転させて読むこともできないだろうか。
先頭に立つキャプテン役の少年は背筋を伸ばし、まっすぐ前をみて、ひるむことなく堂々と立っている。最大級の警告を発しながらも、その子どもたちの姿にHOPEを見出すことはできないだろうか。
がしかし、そのためには、わたしたち大人の一人ひとりが、これまで以上の強い意識と責任と覚悟をもって、具体的な行動に移していかなければならないことは、言うまでもない。
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吉荒夕記(よしあら・ゆうき)
ロンドン大学SOAS美学部にて博士号取得、在学中に大英博物館アジア部門にてアシスタントキュレーターを務める。2012年、ロンドンを拠点にアートローグを設立。2019年9月には著書『バンクシー 壊れかけた世界に愛を』(美術出版社)を出版した。
(文:吉荒夕記 編集:毛谷村真木/ハフポスト日本版)
Source: ハフィントンポスト
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