日本映画界に欠かせない俳優である池松壮亮さんとオダギリジョーさん。
年齢は15歳ほど離れているが、俳優としての志には近しいものがある。
日本のみならず世界の映画にも次々と挑戦。俳優業と並行し、オダギリさんは長編監督デビューも果たしており、池松さんは「作り手をやってみたい気持ちがある」と語る。
そんな2人が兄弟役を演じた映画『アジアの天使』は、日本と韓国の家族が出会い、ともに旅をする様子を描いた。全編韓国で撮影が行われ、95%のスタッフ・キャストが韓国人。困難も多かったが、海外での撮影だったからこそ深まった信頼関係がある。
「夢があった」という韓国での撮影を経て、今2人が感じる日本映画界の状況や、映画作りで大切なことについて、話を聞いた。
コロナによる自粛や格差。「自分にできること」を考えた
監督を務めたのは、『舟を編む』『映画 夜空はいつでも最高密度の青色だ』『生きちゃった』などを代表作に持つ石井裕也さん。
池松壮亮さん演じる主人公の剛は、妻を病気で亡くし、仕事を求めて幼い息子と兄が住む韓国にやってくる。池松さんは、これまでも主演を含め石井監督作に何度も出演してきた、「盟友」とも言える存在だ。
韓国で撮影が行われたのは2020年の2~3月で、ちょうど新型コロナウイルスの感染拡大が始まった時期でもあった。池松さんは2020年、中国の作品などにも参加し、年の半分ほどは海外で撮影をしていた。
「コロナにより世界の分断が極まった1年だったと感じていて、隔離や自粛、格差…と、みんなが内へ内へと向かっていく中で、映画に携わる自分には何ができるか考えました。リモート作品に出たり休養にあてたり、いろんな選択肢があったと思いますが、たまたま縁があり海外のオファーが続きました。
こういう状況で今自分ができることは、直接行って手を組むことしかないと思ったんですね。人と人が理解するには、直接会って同じご飯を食べて、目の前にあるものを共に見つめることで、心が繋がっていくーーそれはこの映画でやっていることでもあり、そういうことにしか、この時代の希望はないんじゃないかとずっと考えていました」(池松さん)
本作で印象的なのは、ソウルから江原道(カンウォンド)へ向かう旅で出会った日韓の家族が同じ食卓を囲むシーンだ。劇中では日韓関係の悪化にも触れられ、「相互理解」という言葉も出てくる。映画作り自体も、国同士の関係の悪化故に困難に直面することもあり、完成までに長い時間を要した。
今回、池松さんとは初の本格的な共演となり、韓国在住の兄を演じたのがオダギリジョーさんだ。韓国で怪しげな仕事をしていて言葉もわかる兄は、時に日韓の家族を繋ぎながら、どこか飄々とした存在感を放つ。オダギリさんはこれまでにも韓国映画に招かれており、また石井監督作にも出演している。
「石井さんは、今まで日本で培った方法論や経験などを全て手放して、海外で勝負するつもりですとおっしゃっていました。それは勇気がいることですし、僕としては、もの作りは挑戦が根底にあるべきだと思っていて、共感するところもあり、自分もできる限りのことをやらせていただきたいと思いました」(オダギリさん)
日本と韓国。撮影環境の違いを実感
撮影クルーは、95%は韓国人で、日本人は数人だけだった。韓国映画界では労働環境改善に向けた取り組みなども進んでいる。たとえば、長時間労働を抑制するために「標準労働契約」が導入され、週の労働時間は52時間までと定められている。本作の撮影も、そのルールに則って行われた。
池松さん、オダギリさんともに、これまでにも海外での撮影を経験している。今回韓国のスタッフとの映画作りでどんな刺激を受けたのだろうか。
「よく言われるように、日本の映像業界は苦しいですよね。一方で韓国は好調という状況にある。今回思ったのは、韓国のスタッフ1人1人が『映画というものが最高峰だ』という意識があり、映画を作ることにものすごくピュアで、夢を見ることができている。いい面も悪い面も見てきましたが、それはあまりにも大きな違いかもしれません。
日本は映画をすごく愛している人たちが、少ない賃金で支えているのが現状だと思います。その点では、韓国の映画屋さんは今、キラキラしていましたね」(池松さん)
オダギリさんは2010年前後から海外作品や日本との共同製作作品に出演してきた。韓国、ブラジル、アメリカ、スペインなど様々な地域の映画作りの文化に触れた経験から、こう語る。
「映画作りは国によってはもちろん、メジャーかインディーズか、監督によってもそれぞれ違うので一概には言えないですが、でも池松くんが言うことは確かにそうだと思います。
一方で、ブラジルで撮影していた時なんかは、現場に見たことない人が紛れ込んでいるんです(笑)。知らない人がリンゴを食べていて、スタッフが声をかけたら逃げるように出て行ったんですが(笑)、世界にはそれくらいゆるい現場もある。それも可愛らしいじゃないですか。
何が一番いいのか、はっきりと決めるのは難しいですよね。確かに日本は時間的にも予算的にもギリギリで、今でも労働時間を無視して撮影することも珍しくない。そういうギリギリの橋を渡りながらも、名作が生まれているのはすごいことですよ。映画ファンとして本当に望むのは名作が生まれてくることですからね」(オダギリさん)
二極化が広がる映画界
日本の映画業界でも、「働き方改革」の意識は徐々に浸透し始めている。一方で、メジャーとインディーズの格差が広がる中、予算的にも余裕のないインディーズ映画で実践するには様々な障壁がある。インディーズ映画を中心に経験を積んできた2人は、この現状についてどう考えるだろうか。
「二極化は今後さらに加速していくと思います。それは韓国も同じだと思いますが、韓国は映画の資金が循環するシステムや、映画人のための組合があり、日本にはそれがありません。大作だからと言って、末端のスタッフまでお金が行き渡っているのかというと、そうでもないですし。昔のシステムのまま一部の人が総取りするシステムになっていると感じます。
ただ、僕としてはオダギリさんのようなインディペンデントなところで素晴らしい映画を作ってきた上の世代を見て育ってきましたし、自分の性格上、どうしたって人として『インディペンデントな態度』を選んでしまうというのはあります」(池松さん)
「大作のような資金がついていればいいなという単純な望みはあるけれど、お金があるだけでいい映画ができるかというと、また別の問題ですからね。
僕の経験上、現状を嘆くだけじゃなく、ちゃんと抗う人がいいものを生んでいる気がするんですよね。恵まれた環境じゃないからこそ、もがいて苦しみながらもいいものを作りたいとか。僕自身はずっとそういう意識で、メジャーに対する反骨精神で今までやって来ました(笑)。池松くんと同じで、そういうスイッチが小学生の頃からあるんです(笑)。お金はなくても、才能や努力で絶対負けないという気持ちは、インディーズの人たちにいつまでも持っていてほしいし、そこからいいものが生まれてくれたら嬉しいですよね」(オダギリさん)
資金が集まりにくいオリジナル作品。それでも俳優として望むこと
池松さんとオダギリさんが石井監督作への出演を重ねてきたのは、監督への信頼があってこそだ。現在38歳の石井監督は自ら脚本も手がけるオリジナル作品も多く、『アジアの天使』もその一つだ。
「俳優と監督の関係において、様々な感覚や面白がれることに共通する部分があるということは何より幸運なことです。石井さんは本能的に互いの関心事を理解し合える、僕にとって特別な存在です」(池松さん)
「石井さんは『希望』ですね。僕はいつももの作りに対してオリジナリティを求めていて、映画も、原作ものではなくてオリジナルで勝負してほしいという気持ちがある。石井さんの作家性は、日本のみならず世界で勝負できる数少ない1人だと思ってるんです。
今の時代、オリジナル脚本にはなかなかお金が集まりにくく、リスクの少ない原作ものばかりに囲まれていますが、やっぱり俳優としてはオリジナル作品に関わりたいという思いは強く持っています」(オダギリさん)
「オリジナル作品に出演したい」というオダギリさんの言葉には、池松さんも頷くところがあるという。
「オリジナルって、表に出てくるような作品だと年に数本しかなく本当に少ないので、オダギリさんが言うことはよくわかります。
原作があると、監督の表現や思考が掠れるケースが多々あります。もちろん全てがそうではないですが、『この映画を信じてほしい』と言っている監督が、他の誰かが作った既存のものを引用して、そこに監督の信念が感じられないと、俳優やスタッフとしては信じることが難しい。オダギリさんは表現に愛情がある人なので、それがすごく嫌なんだと思います」(池松さん)
NHKドラマで再タッグ。韓国でオダギリさんから出演オファー
『アジアの天使』での共演は、新たな作品を生むことにも繋がった。
オダギリさんが脚本・演出を手がけるNHKの連続ドラマ『オリバーな犬、(Gosh!!)このヤロウ』(9~10月放送)で、池松さんが主演を務めることになったのだ。永瀬正敏さんや麻生久美子さんなど多くの実力ある俳優がオダギリさんのもとに集った。
オダギリさんは「『アジアの天使』があったからこそ、この作品が生まれたと言っても過言ではない」と話す。
「韓国での撮影では毎晩のようにみんなで飲みに行っていろんな話をする中で、僕も『今、作りたいものがあって』と、ドラマの話をしていたんです。
ある撮休の日に、もし興味があったらコインランドリーを待ってる間に読んでみて、と脚本を渡しました(笑)。その頃には、自分と共に戦って欲しいと思えるまで、池松くんを信頼するようになっていたということですね」(オダギリさん)
オダギリさんから直接のオファーを受け、池松さんは「とても光栄だった」と語る。
「コロナがあって世界が変わった時にオダギリさんはこういうことを考えているんだと、他人事のように面白がって毎晩飲みながら聞いていたんですけど(笑)。でも、オダギリさんに誘われて断る人なんていないですよね?よっぽどですよ(笑)」(池松さん)
「俳優だけをやっていて幸せというタイプではない」
オダギリさんは2019年に『ある船頭の話』で長編映画監督デビュー。同年のヴェネチア国際映画祭では、監督作品『ある船頭の話』と出演作品『サタデー・フィクション』の2作品が正式出品されるという珍しい出来事が起こった。
池松さんも大学では映画監督のコースに進み、卒業制作では短編映画を製作している。そんな池松さんから見て、俳優・監督として活躍するオダギリさんの姿は、どう映っているのだろうか。
「僕もどういう形かはわかりませんが、作り手をやってみたい気持ちはあります。でも、それがどのタイミングなのか測り切れていないですね。やっぱり僕は『俳優だけをやっていて幸せ』というタイプではなくて、いかにものを作り上げて届けていくかに興味があり、たまたま今俳優というツールを選んでやっている感覚です。
オダギリさんはきっとこれからも、俳優も続けつつ、何か思いついたら時間はかかったとしても自分で撮られていくんだろうなと思います。そういうことを本気で二刀流できる人ってそうそういない。オダギリさんはそうは見せないけど、表現にこれだけ人生を捧げている人で、だからこそ選べる道なんだと思います」(池松さん)
池松さんからの言葉に「恐れ多い」と返したオダギリさん。同時に、池松さんに対して、「自分はつらいからこそ、それを飛び越えていってほしい」という思いも持っていると明かした。
「監督業は、僕にとっては修行としか思えないんです。監督業で楽しいと思ったことなんてほとんどありません。脚本を書いても、撮影をしていても、編集中も、その全ての作業で自分の非力さに落ち込み、自信を失います。自分の才能のなさに落胆しながら、でも自分を信じてくれて集まってくれたスタッフやキャストの皆さんに恩返ししなければと、完成までどうにか歩き続けます。
もの作りは僕にとってはすごく苦しいことだけど、池松くんにとっては苦しいことじゃないかもしれない。池松くんが大学で監督コースに行って映画に愛情を持って向き合っているのを知っているからこそ、その苦しさを軽々と飛び越えていってもらいたい気持ちもあるんですよね」(オダギリさん)
(取材・文=若田悠希 @yukiwkt/撮影=金玖美)
作品情報
『アジアの天使』
テアトル新宿ほか全国公開中
配給・宣伝:クロックワークス
(c) 2021 The Asian Angel Film Partners
出演:池松壮亮 チェ・ヒソ オダギリジョー
キム・ミンジェ キム・イェウン 佐藤凌
Source: ハフィントンポスト
世界に挑戦する池松壮亮とオダギリジョー。韓国ロケで実感した、日本映画の課題