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神宮外苑再開発問題は、2023年に入って目まぐるしい展開を見せている。
故・坂本龍一氏の問題提起もあり、Change.org.での再開発事業見直しを求める署名は5月7日時点で19万5000筆を超えている。
一方、事業者側にも新たな動きがあった。
事業者の一社である三井不動産は、2023年3月31日に、「三井不動産グループ生物多様性方針」を制定し、4月13日に自社HP上で公表した。方針の中心部分は、前文に続く「コミットメント」の部分に記されている。
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1. コミットメント
・当社グループの事業およびサプライチェーンからの生物多様性への負の影響を回避するよう努めるとともに、回避できない影響をできるだけ低減させるよう取り組みます。
・生物多様性への正の影響を増やすため、生物多様性や自然の復元・再生などの取り組みを行い、事業活動全体で新たに生じる正味の負の影響をなくすこと(ノーネットロス)を目指します。
・生物多様性の観点で重要な地域に近接する場所で事業を行う場合は、まず負の影響の回避を図り、回避できなかった影響を低減させ、それでも残る影響に対して生物多様性や自然の復元・再生の取り組みを行うという優先順位(mitigation hierarchy)を適用します(下線は引用者)。
・国連生物多様性条約の目的実現に向けた世界目標である「昆明・モントリオール生物多様性枠組」で定められた「自然と共生する社会」というビジョンや、「ネイチャーポジティブ」の考え方を支持します。
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大手の不動産グループが生物多様性保全に取り組み、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」を支持すると表明したことは、喜ばしいことである。
これを機会に、「昆明・モントリオール生物多様性枠組」の内容が周知され支持されることによって、日本の生物多様性の保全が促進されることを願っている。
その一方で、4月21日に、三井不動産が進めている神宮外苑再開発事業は「昆明・モントリオール生物多様性枠組」に沿っておらず、同社の「方針」はグリーンウォッシュの懸念があるという記事が出た(「三井不動産。グループ生物多様性方針策定。東京・外苑前の再開発計画を「昆明モントリオール生物多様性枠組」に準拠と強調。逆に「グリーンウォッシュ」の懸念も(RIEF)」)。
三井不動産にとって、神宮外苑地域は生物多様性に関しては重要な地域ではなく、上記の「方針」の対象ではないという認識なのかというと、そうではないようだ。
「三井不動産グループ生物多様性方針策定」のプレスリリースの中には、神宮外苑再開発事業への言及があるからだ。
これは神宮外苑再開発もこの「方針」に従って行われるということを意味する。そこには次のように書かれている。
「神宮外苑の再開発では、4列のイチョウ並木を保全するとともに多様な緑化を計画しており、現時点では、当地区内の樹木本数は既存の1904本から1998本へ増加、緑の割合は約30%(現況約25%)となる予定です。次の100年に向け、樹木を若い樹木に植え替えることにより、緑の循環を図ってまいります」
これは再開発事業によって多くの樹木が伐採されることへの批判を意識したものだろう。
ここでは移植や植樹を行うことでむしろ緑は増えると書かれている。移植や植樹は上記の「コミットメント」のなかの「自然の復元・再生」にあたる対応である。
しかし、「自然の復元・再生」は、三井不動産がコミットメントで触れている「ミティゲーション・ヒエラルキー」(mitigation hierarchy)のなかでは最後の手段とされている。
「ミティゲーション・ヒエラルキー」というのは、開発に伴う環境悪化を緩和(=ミティゲーション)するための優先順位(=ヒエラルキー)のことである。
「コミットメント」には、①回避、②低減、③復元・再生の順に取り組むことが明記されている。
「ミティゲーション・ヒエラルキー」の用語や順番は研究者や文書によって異なっているが、「自然の復元・再生」は最後の方の手段とされていることが多い。
また、「回避」や「低減」の中身も研究者や文書によって異なっているのだが、注目すべきは、「回避」の中に「開発の中止」を含めることがあるという点だ。例えば日本の環境省は「回避」を次のように説明している。
「行為(影響要因となる事業における行為)の全体又は一部を実行しないことによって影響を回避する(発生させない)こと。重大な影響が予測される環境要素から影響要因を遠ざけることによって影響を発生させないことも回避といえる。【例】事業の中止、事業実施区域やルートの変更等による保全対象への影響の回避」(環境影響評価における生物多様性保全に関する参考事例集 平成29年4月)(下線は引用者)
また、日本生態系協会会報『エコシステム』No.45では、ミティゲーション・ヒエラルキーという言葉こそ使っていないが、環境影響の緩和は「回避」「最小化」「代償」の順番で検討されるべきとしている。
ここで「回避」は「開発を中止したり、別のところで行うことで自然への悪影響をさける」と説明されている。自然の復元・再生は「代償」にあたる。
三井不動産が掲げた「コミットメント」に書き込まれている「ミティゲーション・ヒエラルキー」に従って、開発に伴う環境悪化が懸念されている事業に対して、「まず負の影響の回避」を図るというのであれば、まずは開発の中止を含めた事業全体の再検討を行うことになる。
そして「三井不動産グループ生物多様性方針」のプレスリリースからは、神宮外苑再開発事業においてもこの方針を適用することが読み取れる。
そこで「ミティゲーション・ヒエラルキー」に則るならば、神宮外苑再開発において「自然の復元・再生」としての移植や植樹を行うことは、より後の手段であるはずだ。まず検討されるべきは「回避」である。
その順番を無視して、移植や植樹を行うから開発してよいのだと主張するならば、「コミットメント」に反することになり、さらには環境倫理の観点からも批判を受けることになる。
アメリカの環境倫理学者アンドリュー・ライト氏は、自然再生を「好意的再生」と「悪意のある再生」に区別する。
ライト氏は基本的には自然再生を支持しているのだが、「悪意のある再生」には反対している。
彼自身は、川床の再生が山頂採掘を許すための口実として使われることを「悪意のある再生」の例として挙げている。開発で森を切り崩しながら、あとで植林するからよいのだとする態度も同様だろう。ここでは植林が開発の言い訳にされている。
神宮外苑再開発における移植や植樹が「悪意のある再生」として批判されないためにも、三井不動産は、自らが「コミットメント」に書き込んだ「ミティゲーション・ヒエラルキー」を遵守すべきである。
なお、「コミットメント」(commitment)は、単なる関与ではなく「加担」、約束ではなく「公約」という重い意味をもつ言葉である。そこから、「言質」「責任」という意味にもなる。
つまり、「コミットメント」として掲げたことは、単なる決意表明ではなく「公約」なのであり、社会は当該企業に対して「言質」をとったことになる。
当該企業はここで掲げたことを守る「責任」があり、守っていない場合にはその理由の説明を社会が要求できる、ということになる。
それを考えれば、三井不動産が神宮外苑再開発における環境影響を緩和するために優先的に行うべきことは、移植や植樹によって自然の復元・再生を図ることではなく、事業の中止を含めて事業全体を再検討することであろう。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
神宮外苑の再開発、三井不動産は自ら掲げた「生物多様性方針」に基づき再検討を