勢いよく麺を啜り、夢中で給食を食べるわんちゃん……いや、「せんせい」。
教え子たちに「なんで そんなに わんちゃんみたいに はやいの〜?」と尋ねられ、「きゅうしょくが とっても おいしいからだよ!」と答える教員。でも、心の中ではこう思っている。
ほんとうは はやく たべて
みんなの テストや しゅくだいの
まるつけを しないと いけないから…。
さくぶんや ノートを ちゃんと みたいから…。
ほんとうは みんなの つくえで いっしょに
ゆっくり おしゃべりしながら たべたいんだよ。
ごめんね。
大阪市立小で勤める教員歴19年目の松下隼司さん(44)が2021年9月に出版した絵本『せんせいって』(絵は夏きこさん)の一幕だ。今年度は小4の担任をしている。
多忙な毎日。教え子とコミュニケーションをとる余裕もない。そんな教員の働き方を、いくつもの動物にたとえながら、カラフルなイラストで表現する。
「教員のしんどい部分を、具体的に書きました。そうでないと、嘘っぽくなっちゃうから」
「せんせいって、ブラックなんでしょ?」
きっかけは、出版の2年前。担任を受け持った小4の男子児童に、こんなことを聞かれた。
「せんせいって、ブラックなんでしょ?」
ある日の休み時間に投げかけられた、唐突な質問。
「慌てて『ちゃうよ』と否定しました。『とにかく認めたらあかん』っていう思い込みが、自分の中にあったのだと思います。
児童は『そうなんですか』と素直に私の答えを受け入れていましたが、『うまく伝えられなかった』という感覚がありました。それ以来、『どう伝えたらよかったんか?』というわだかまりが、私の胸の中にずっと残っていたんです」
松下さんの絵本作りは、教員の勤務実態を誤魔化さず、まずは自分自身を直視するところから始まったのだった。
休日も働くのは当たり前
SNS上では、「#教師のバトン」のハッシュタグとともに、教員とみられるアカウントから日々、激務のリアリティが発信されている。毎日、小学校の教壇に立つ松下さんも、こうした窮状を訴える声に共感している。
「2020年度から小学校の新学習指導要領にのっとって始まったプログラミングや英語の教育。コロナ下での感染対策として始まった、毎朝の子どもの体調チェックに割く時間も「チリも積もれば」です。
私が教員になった当初と比べても、教員の仕事はしんどくなる一方です。とにかく時間がありません。だからって、1コマ分の授業準備を5分で済ませるなんて、できませんよね」
いくら残業しても、仕事は片付かない。最も疎かにできない授業準備を、松下さんは休日にまとめてするという。
そんなリアリティは、絵本にも描いた。
(せんせいは)どようびも にちようびも おしごとを しているんだ。
はたらきアリみたいに せっせと じゅぎょうのじゅんびをしたり、せいせきをつけたり…
校内の突然のトラブルで、休日に出勤することも珍しくない。2022年春、怪我で「入院が必要」と診断されたときには、医師から20日間にわたる休養を勧められたが、実際には1日も休まなかったという。
「欠員を代替する教員を待つ学校は、常にあちこちにあります。私が学校を休んでも、すぐに代わりが来てくれるわけではありません。多少体調が悪くても、無理を押して出勤している教員は少なくないはずです」
ここまで働いても、余裕は生まれない。松下さんは、受け持つクラスでトラブルが生じても、十分に時間をかけて解決できていないと感じ、歯痒さを抱く。
「学級で時間をかけて話し合いをして、根本的な課題をみんなで解決したいのが本心です。けれど、そんな時間はありません。授業を潰そうものなら、その分を取り戻すために、教員も児童もさらに時間に追われてしまいます」
教え子にも満足に向き合えず、時間に追われるばかり。そんな働き方が当たり前かのようになってきた近年、松下さんの身の周りでは、教員を辞めたり、休職したりする人が年代を問わず増えていると感じるという。
「ブラック一色ではない」
ただ、激務の実態を強調することで、教員という職業に憧れを持つ子どもや学生を挫折させたいわけではなかった。
絵本のクライマックスで、「せんせい」は教え子に囲まれながら、教員の仕事は「ブラック」一色ではないことを思い出す。
せんせいの おしごとは ひとつの いろじゃ ないんだね…
(略)
せんせいの おしごとは ほんとうに…
にじいろだよ!
「SNS上では、教員がいかに激務かという情報ばかりが溢れています。けれど、ブラック一色の仕事ではないはず。つい見失ってしまいがちな『他の色』の存在も伝えたかったんです」
「やりがい搾取ですか?」
過酷な働き方を、教え子との信頼関係をよりどころにして乗り越えるーー。
こうした展開に、絵本を読んだ教員からは「やりがい搾取ですか?」と批判的な感想が寄せられることもあったという。
「正直に言って、反論する気は起きず、『気持ちはわかる』と思ってしまいました。確かに今の学校現場は、教員への『やりがい搾取』でなんとか成り立っている状態です。
所定45分の休憩をフルに取れたことなんてありません。いくら残業しても、教員の給与は特別な法律(給特法)で決められているので、残業時間に見合った手当ては出ません。
私の絵本は確かに、こういった『搾取』を『やりがい』だけで乗り越えている教員の実態も描いていたのです」
松下さんは、学校現場に「やりがい搾取」の実態があることを認めつつも、それを良しとしているわけではなかった。ただ、子どもたちが読むことも想定した絵本の中では、表現しきれなかった思いもあるという。
「『やりがい搾取』を終えるためには、本当に教員でないとできない仕事を精選する必要があると思います。教員に与えられる仕事は増えるばかりで、所定の労働時間で対応できる業務量を遥かに超えているのは明らかです。教員に少しでも余裕が生まれれば、教え子とももっと向き合えるようになるはずです」
美しいだけではなかった絵本の幕引き。
国や教育委員会が実態と向き合い、この「続き」を描く日は来るだろうか。
〈取材・文=金春喜 @chu_ni_kim / ハフポスト日本版〉
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「やりがい搾取ですか?」と批判も受けた。「ブラック職場」の希望を絵本にした現役教員の思いとは?