未就学児を育てる社員の半数が管理職。難病と闘う代表が導き出した働き方と「コミュニケーション」の大切さ

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ハフポスト日本版が2024年4月から展開しているキャンペーン報道「ネットスラング『子持ち様』問題」。13本目の記事となる今回は、様々な「コミュニケーション」施策で多様な人材が活躍できる環境を整えている企業を紹介する。

これまでの記事では、「みんなが早く帰れる・休める」環境づくりや、サポートする側へのインセンティブ、制度の脱“ゾンビ化”など6つの解決策を挙げてきた。コミュニケーションというと曖昧な印象を受けるが、会社から“仕掛け”た上で「お互い様文化」を根付かせているという。

「産休中や未就学児を育てる従業員10人のうち5人が管理職」「うちでは子育て中の社員もしっかり結果を出している」ーー。

コミュニケーションで同問題を解決できる理由について、採用代行領域のパイオニア「アールナイン」(東京)の長井亮代表にインタビューした。

「アールナイン」

採用から育成、定着まで、企業が抱える「人材を巡る課題」を解決するサービスを提供している。企業に代わって、第三者として採用活動を担う「RPO」の領域では、2009年7月創業以来、国内のパイオニアとして累計700社以上の取引がある。

アールナインの長井亮代表

未就学児を子育て中の社員の半数が管理職

ーー御社はどのような企業なのでしょうか。

私の地元・富山で2009年7月に創業し、12年に東京に移転しました。「人が介在することで、活き生きと働ける世界を」を理念としており、24年12月現在で109人の従業員がいます。企業の採用活動を代行する「RPO」というビジネスモデルの先駆者で、この15年間で延べ700社以上の取引があります。

例えば面接の日程調整、面接、説明会、面談などを代行できますが、会社説明や、面接官の主観や好みに影響されやすい選考は、第3者として加わることで客観的視点が加わり、ミスマッチのない人材が採用できるメリットもあります。

ようやく近年、採用代行という言葉が世間に浸透してきましたが、一人でも多くの人が自分に合った職場で“活き生き”と働ける社会にしようと頑張っています。

ーー会社設立までの経緯を教えてください。

もともと小学生の時から起業を考えていました。両親は公務員だったのですが、遠い親戚の経営者に憧れていたんです。父親の友人が地元の富山に訪れた時、その親戚が豪華な夕食や車、クルーザーで接待したのを見て、「こんなおもてなしができるかっこいい大人になりたい」と感動しました。

そんな夢を抱いて都内の大学に進学しましたが、所属していた空手部の監督が厳しく、就職活動は2週間の猶予しか与えられませんでした。たまたま選考方法や日程が合ったことから現在のリクルートに入社し、法人営業や支社の立て直し・立ち上げなどで成果を出しました。とにかく仕事が楽しくて、途中で「起業したい」という夢を忘れるほどでしたが、入社8年目に馬が合わない上司と出会いました。話し合っても考え方や価値観が交わらず、このままここにいても何も成長はないと思い、退職を決心しました。

当時の社長に引き止められたことから、結局その後も2年間は新規事業に携わるなどしていましたが、入社10年目に「やり切った」という思いが強くなり、退社しました。小学生の頃からの夢、起業家の第一歩です。当初は家族3人で始めました。

ーー今や従業員は100人を超えています。さらに従業員は男性より女性が多いと聞きました。会社の成長や多様な職場がつくられている背景には何があるのでしょうか。

従業員数に占める女性の割合は78%です。また、管理職に占める女性比は77%、経営陣に占める女性比は57%です。未就学児を育てる従業員は産休中の従業員も含めると10人いますが、うち5人が管理職です。

採用の際、「女性だから」といった理由でライフステージの変化を企業側が先回りして考え、合否に反映させるのではなく、純粋に優秀な人のみを追い求めて採用した結果、女性社員や女性管理職が他社に比べて多くなりました。

働き方に関して言えば、テレワーク、フレックスタイム制、半日単位で取得できる有給制度が代表的です。例えば、当社は1日8時間勤務を目安として、午前11時から午後3時以外までのコアタイム以外は自律的に自由に出社・退社時間を決められます。

出社・在宅の選択も自由なので、プライベートの予定に合わせて業務スケジュールを組んだり、子どもの急な体調不良にも対応しやすかったりします。融通がきく労働時間や在宅勤務が実現できればたいていの問題は解決できます。

子育て・介護の社員が注目されがちですが、そもそも単身社員でも病気になったり、身内に不幸があったりしたら仕事を抜けなければなりません。子育て社員は子どもの体調不良などで早退・休暇の頻度が多いというだけです。

大事なのは、特定の社員のためではなく「自分のためにあるものが結果的に全員のためになる」という仕組みです。

これまでの取材で挙げられた「ネットスラング『子持ち様』問題」の解決策

力を入れているのは「コミュニケーション」

ーー管理職に子育て当事者が多いので職場の理解もありそうですね。

そうですね。何かあると管理職が率先してスケジュールを組み直したり、「こっちは大丈夫だから!」と声をかけたりしています。当たり前のように配慮する価値観も根付いていますし、半日の有給制度なども積極的に活用してもらっています。

そして、この価値観を醸成するのに一役買っているのが、私たちが力を入れている「コミュニケーション」です。

ーーコミュニケーションですか……。少しフワッとした印象を受けます。

コミュニケーションを疎かにしてはいけません。関係性を構築しておけば、いざという時に誰かが助けてくれます。例えば、採用関係では「接点回数が多いほど内定承諾を取れる可能性が高まる」というデータがあります。ですから社内でもコミュニケーションを大切にし、社員の意欲をあげています。

ただ、こちらから意図的に仕掛けて化学反応を起こす必要があります。実践しているもので言えば、「あだ名文化」が代表例です。新入社員から代表の私まで、あだ名で呼び合っています。ビジネスマンとして対等ですし、ミスを指摘しなければならない時もワンクッションあるので相手を極力傷つけないように配慮できます。

社員の一番人気は「ランチインタビュー制度」ですね。初めて会話する従業員同士のランチ代を経費で補助しており、会話を後押しする環境を作って距離を縮めています。仕事や子育ての悩みを分かち合うこともできるかもしれません。

ほかには、部署で集まる食事会の費用の補助、中途入社の社員が任意でつけられる半年間の「メンター」制度、部活動も制度として公認しています。とにかく誰かに何かがあった時、「頼みやすい」「協力しやすい」雰囲気を作れるようにしています。

ーー確かに具体的な施策ですね。

もとはといえば、2021年12月から拡大期に入り、社員数が2倍以上になりました。組織が拡大すると企業は個別の最適化へと走ります。自部署の利益を最大化しようとすることで他部署と衝突が起きてしまうのです。

そのため、部署・役職を問わないコミュニケーションが重要だと考えました。先ほど挙げたコミュニケーション施策も「ななめの関係」を意識しており、他部署の上司や中途入社の社会人同期など直属の上司以外との関係を構築できるようにしています。多様な人材がいても循環しないと議論が活性化しません。

コミュニケーション方法も限定しておらず、相手の状況に合わせて対面やチャット、ウェブ、電話などを自由に選択できるようにしています。これは新入社員から代表に対しても同様です。

アールナインの主なコミュニケーション施策と狙い

子育て社員も同じように結果を出している

ーー私が取材している「ネットスラング『子持ち様』問題」では、企業が何の対策もしていなければ子育て社員の業務の皺寄せが同僚に向かってしまうという話が出てきます。例えば子育て社員が途中で帰ることになった際、御社では同僚社員はストレスなく業務を肩代わりできているのでしょうか。

先ほど産休中や未就学児を育てる従業員10人のうち5人が管理職だとお伝えしましたが、管理職の当事者意識やコミュニケーション施策による「お互い様文化」の醸成によって、そのような問題は起きていません。

また、そのような問題の発生を防ぐためには「平等と公平の違い」を考えることも重要です。実は私も「潰瘍性大腸炎」という難病を患ってます。同じように他の従業員にも個別の事情があります。企業が本当の意味でひとりひとりに合わせるのは容易ではありません。

だからこそ、評価や給与を与える形での結果の平等ではなく、制度や相談できる環境を整えた上で、「みんなに公平に仕事を与え、公平に評価する」という機会の公平性を確保することが重要と考えています。

700社以上の企業と取引がありますが、時々「女性は優秀でも産休・育休でブランクができるため、下駄を履かせてでも男性を採用したい」という企業があります。しかし、子育て社員や女性を特別視するのではなく、優秀な人材が活躍できる場所をつくることが大切です。実際、うちでは子育て社員もしっかり結果を出しています。

ーー同僚へのインセンティブで対応している企業はありますが、主にコミュニケーションでこの問題を解決している企業は初めてです。

もちろん、いきなりコミュニケーション活性化施策だけを入れてもうまくいきません。コミュニケーションを重んじる社風や働き方を支える「人事評価制度」が前提として必要です。

例えば、当社の人事制度はひとりで仕事を進めるのではなく協力連携することに重きを置いています。「自分にしかできない仕事を作る」のではなく「どうすれば他の人でもできるか」という観点から日々の業務のあり方を考えることなどを求めているのです。

こうした根幹なくして、枝葉のコミュニケーション施策だけを入れて機能させるのは難しいと思います。結局、「何をすれば評価されるか」が働き方を決定づけるからです。

評価制度に合う人材を採用することも大切です。言われたことをただやるのではなく、前提から疑って仕組みを変える力や、コミュニケーション能力、協調性の有無などを見ています。こうした点は企業によって異なるため、自社の事業内容や社風も踏まえた制度設計が望ましいと思います。

ーー仕事の属人化も、長時間労働の温床の一つですね。

当社ではマニュアル作成や、普段から人と仕事を分け合う形での属人化の解消に努めています。子育て社員に限らず、独身社員が病気で長期離脱する可能性もあります。「担当者がいなくても回せる仕組み」の構築は必須です。

私自身、昔、同僚が事故に遭ってしまい、お願いしていた仕事がわからなくなってしまった経験があります。こうしたことはいつでも誰にでも起こり得ることです。

整理すると、全員が平等に活用できる制度、万一の時は互いにコミュニケーションを取り合って支え合う文化、公平に仕事が与えられ、公平に評価される仕組み、属人化の解消による業務の効率化。このような仕組みを、企業がフレックスタイム制度などと並行して整えていれば、バックボーンの違う従業員のいがみ合いも防げます

アールナインのアールナインの長井亮代表

仕事をボイコットされた経験

ーーなぜ長井さんはそこまでコミュニケーションにこだわるのでしょうか。

リクルートで50人ほどの派遣社員のマネジメントをしていた時、仕事をボイコットされた経験があります。当時は結果を出すことを最優先し、個々のメンバーとコミュニケーションを取って関係構築することを疎かにしていたためです。

派遣社員にマニュアルを示した上で、「とにかくこれをやってください」と言い続けていました。その結果、みんなが出社しなくなってしまった。派遣社員のモチベーションを管理することなく、一方的に仕事をさせてしまった結果です。

上司に「お詫びしろ」と叱られてしまい、一人一人に歩み寄ったり、声をかけたりしたら徐々に状況は変わっていきました。派遣社員からは「これまでは見てもくれなかった」や「やっと大事にしてもらえた」と言われました。

コミュニケーションを通して良いチームを作らなければ、持続可能な成果は出ません。仕事の意義や楽しさを語らず、人の心がついてこないような会社では、育児や介護をしている社員はなおさら働けないのではないでしょうか。

ーーボイコットの経験を聞くと、コミュニケーションの重要性が非常によくわかりました。

このほか、当社には業務の効率化のため、苦手なことは得意な人にどんどん任せる文化もあります。もちろん、まずは選り好みをせず何でも挑戦してほしいですが、どうしても難しいことは早く周囲に相談し、得意な人に頼るよう勧めています。

属人的な頑張りでその場を乗り切るより、仕事を適切に切り分け、全体が上手く回る仕組みを作る方が、ずっと再現性の高い本質的な解決策だからです。これは社内だけでなく、私たちの事業にも通じます。

創業以来、約1500人いる社外のフリーランスや副業人材に業務を委託するビジネスモデルでやってきました。一人で抱えず、人に託すことは事業の根幹でもあります。こうした考え方も多様な社員・多様な働き方を作る土壌になっていると思います。

ハフポスト日本版発のキャンペーン報道「ネットスラング『子持ち様』」。

2024年4月3日に報じた「子持ち様」と呼ばれる子育て社員。対立招く企業の構造に問題は」は大反響を呼び、テレビや新聞、ネットメディアなどもそれ以降に相次いで報道した。

そもそも業務の偏りが生じてしまう企業の構造に問題はないのか。立場が違う人同士がぶつかり、一方に業務の皺寄せがいく環境を変えるにはどうしたらいいのかーー。ハフポストは様々な取材を通して解決策を探っている。

これまでの「ネットスラング『子持ち様』」の全記事はこちらで確認できる。

情報提供は、ハフポスト記者・相本啓太のメール(keita.aimoto@huffpost.jp)かXアカウント(@AIMOTO8989)まで。

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Keita Aimoto