ハフポスト日本版は、『被害者と遺族の「本当」』という特集を始めます。
きっかけの1つが、「京都アニメーション放火殺人事件」のご遺族である渡邊達子さんと勇さんの言葉に強く共感したことでした。
「社会のために、実名が必要。それは分かります。実名がある方が社会的に理解を得やすい場合もあると思います。でもなぜ同時に、被害者の人権や個人情報を守るための議論や報道が、積極的になされないのでしょうか」
実名報道と遺族取材について「一定の理解を示す」2人が明かした本音でした。
そもそも、なぜ事件・事故に遭った被害者やその遺族は、取材を拒むことが多いのか。背景の一つに、「本人にも原因があったのでは」といった、被害者に対する根強い差別や偏見があります。
それは社会全体として、加害者による被害者への損害賠償や犯罪被害者等給付金など、さまざまな制度設計の遅れにもつながっています。
「こうした実情に、報道は向き合ってきたのでしょうか」(達子さん)
その言葉を、真正面から受け止めたいと思いました。被害者や遺族も生きやすい社会に向けて、まずは次の3つの目標を立て、被害者や専門家、弁護士や報道機関へ取材していきます。
①被害者や遺族に関する法制度や社会機能の問題を伝え、改善を促すこと
②被害者や遺族への偏見やステレオタイプ、二次被害を少しずつなくしていくこと
③被害者や遺族の人権を守るため、(ガイドラインの策定など)報道の変化を促すこと
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◆報道機関からの二次被害。「報道の自由との落としどころを探る必要がある」
2019年7月18日に起きた「京都アニメーション放火殺人事件」では改めて、実名報道や遺族取材の是非が議論になりました。
そんな中で、勇さんの「実名報道や遺族取材はもちろん、マスコミの取材手法についても、社会的に議論が進んでほしい」という言葉が心に残っています。
事件直後、2人はメディアの取材を断っていましたが、「少しでも社会の役に立てるなら」という思いから、取材を受ける覚悟を決めたといいます。
しかし、この5年間で報道機関から、▼遺族の住所を同意なく載せる▼連絡先を知っていても、アポをとらずに被害者の家に取材に行くーーといった多くの「二次被害」を受けてきたと明かしました。
なぜ、このような被害者や遺族の思いを尊重しない取材が続けられているのか。メディアの問題はほとんど報じられず、世間にも知られていないため、被害者の人権を踏まえて取材手法などを検証する機会が少ないのかもしれません。
勇さんは「メディアの自浄作用が働いていないのかもしれない」と指摘します。
そうした問題に加え、犯罪被害者等給付金制度は支給額が十分でないという指摘があり、また、働く上で困難を抱えるなど、被害者や遺族の生活の障壁となる社会課題も山積みです。
勇さんの「報道の自由を盾に、被害者の人権を軽視してきた側面もあるように感じています」という言葉は、一報道機関で働く人間としてそのとおりだと痛感しました。
達子さんの「市民が知るべきことを伝えながら、被害者の人権も守る。そんな落としどころを探っていく必要があると思う」という言葉に強く共感し、向き合おうと決めました。
◆特集で目指すのは、被害者や遺族も生きやすい社会
この特集を『被害者と遺族の「本当」』と名付けたのは、達子さんや勇さんを始め、多くの被害者の方の「本当は違うのに」「本当に議論されるべきなのはそこだけじゃない」という言葉がきっかけでした。
3つの目標を立て、被害者や専門家、支援者らに取材していこうと思います。被害者や遺族の方を対象に、アンケートも実施します。
①被害者や遺族に関する法制度や社会機能の問題を指摘し、改善を促すこと
犯罪被害者等基本法の施行から、2025年で20年が経ちます。被害者や遺族の方が直面する困難を伝え、どんな制度設計が必要なのか考えたいと思っています。
例えば加害者による被害者への損害賠償など、制度の問題。犯罪被害者等給付金は6月に改正されたものの、支給額が十分でないといった指摘があります。
また被害に遭ってから、▼自営業の店に客が来なくなった▼体調不良や裁判で、職場の上司に理解を得られず、仕事を辞めざるを得なくなったーーといった生活に根付いた困りごとも、アンケートで募集します。
②被害者や遺族への偏見やステレオタイプ、二次被害を少しずつなくしていくこと
被害者や遺族に対する、「本人にも原因があったのでは」といった偏見や誹謗中傷は後を絶ちません。そんな中、「本当の被害者であれば笑うことはできない」といったステレオタイプに対する、達子さんの言葉が心に残っています。
「私たちは『かわいそう』なんかじゃない。ただ大切な娘を失って、たまにどうしようもなく寂しくなる時があるだけ」
近年は声を上げる被害者へのバッシングや誹謗中傷もあり、講演活動をやめざるを得ない人もいます。こうした実情を変えるため、被害者や遺族の思いを正確に伝えたいと考えました。
③被害者や遺族の人権を守るため、(ガイドラインの策定など)報道の変化を促すこと
ハフポスト日本版の取材では、報道機関に対し「報道の自由だけでなく、被害者や遺族の人権も守るため、専門家や当事者と記者が協力して、時代に合った網羅的な報道ガイドラインを作ってほしい」と望む声が寄せられています。
似た前例として、性的マイノリティの当事者団体や報道機関の記者らが作成した「LGBTQ報道ガイドライン」があります。第2版のあとがきには、「(初版の発行により)当事者とメディアの関係性の改善に役立った」という指摘があります。
日本新聞協会は被害者や当事者の見解も踏まえ、「実名報道に関する考え方」(2022年)を公表しています。また、「メディアスクラム防止のための申し合わせ」(2024年改訂)では、事件発生直後の防止策として、代表社が報道各社から質問を取りまとめて取材を行う「代表取材」を提言しています。
達子さんと勇さんは「とてもありがたいのですが…」と前置きしつつ、「もっと被害者の実情に寄り添ったものにしてもらえたら嬉しいです」と話します。
例えばメディアスクラムに似た状態は、事件発生直後だけでなく、事件の「節目報道」によっても起こるといいます。勇さんは「節目報道にも、代表取材などのルールがあっても良いかも知れません」と話します。
また、「報道機関の人には、もっと人権や被害者学、精神医学を学んでほしい」と指摘していただき、自省とともに、強く共感しています。
この特集を始めるにあたり、ハフポスト日本版も同様に、報道の形を模索していきたいと考えています。
例えば達子さんと勇さんに取材した4本の記事では、取材の時期を事前に相談・調整したり、住んでいる地域を特定されない書き方にしたりするなど、2人のプライバシーを守り、実生活に影響が及ばない形にするよう考えました。
もちろん、これは初歩的なことに過ぎません。達子さんが指摘する「市民が知るべきことを伝えながら、被害者の人権も守る」という落としどころを見つけていきたい。そのために、ひとりひとりのご意見と向き合い、考えていければと思っています。
そもそも実名報道や遺族取材が必要なのかについても、ぜひ、意見や体験をお寄せいただければ幸いです。
◆
最後に。
この特集を立ち上げる大きなきっかけになったのは、筆者の前職時代から5年間にわたり、事件で亡くなった美希子さんや遺族取材に思うことなど、いろんなお話を聞かせてくださった達子さんと、事件から数年がたち、取材を受けてくださった勇さん、お二人の存在があります。
そしてもう1つ、自分自身が事件被害者の当事者だということです。
「自分と同じような苦しみを抱える人を減らしたい」
高校時代にある事件の被害に遭った私は、10代のころ、強い絶望感を抱いていました。メディアスクラムをはじめ、被害者特有の悩みを抱えたものの、話せる人がいませんでした。
その後、私は大学時代の友人に自分が事件被害者だということを打ち明けます。
友人が自ら事件について根掘り葉掘り聞いてくることはありません。けれど、私自身の考え方や行動の背景に、被害者としての経験があって悩んだ時などは、昨日何を食べたとか、仕事での愚痴などと同じように、話を聞いてくれました。
被害者になることで、直面する問題はもちろんあります。だけれど特別なこととして線を引くのではなく、他の話と同じように、お互いに「理解し合おうとできる人」がいるだけで、どれだけ生きやすくなるか、強く実感した経験です。
この特集を通して、被害に遭った人の人権を守る取材のあり方を考えると同時に、被害者や遺族の「本当」の実情を伝えることで、生きづらさを感じる人を一人でも減らしていけたらと思っています。
社会の認識が変われば、少しずついろんな変化が訪れる。被害者や遺族も生きやすい社会の一助になるよう、精一杯走っていきたいと思っています。
【アンケート】
ハフポスト日本版では、被害者や遺族を対象に、被害に遭った後に直面した困難に関するアンケートを行っています。体験・ご意見をお寄せください。回答はこちらから。
<取材・文=佐藤雄(@takeruc10)/ハフポスト日本版>
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実名に理解は示す、京アニ遺族の「本音」がきっかけだった。特集『被害者と遺族の「本当」』を始めます