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他界した母の写真、形見のペン、第二の故郷となった日本の自宅ーー。
シリアの紛争から逃れ、日本で暮らす2人の若者の姿を、写真家のホンマタカシさんが撮影した。
世界では、紛争や迫害によって故郷を追われた人が1億2千万人を超えた。
安全な定住先を見つけられた家族もいれば、今も難民キャンプなどの厳しい状況下で暮らす人たちもいる。
ホンマさんの写真が写したのは、「1億2千万分の1の人生」だ。
ホンマさんが撮影したのは、シリア出身のアナス・ヒジャゼィさんと、スザン・フセイニさんだ。
シリアで2011年から現在まで続く紛争によって、2人の人生は一変した。
自宅や通っていた大学は爆撃を受け、家族はバラバラになった。
戦火を逃れて国内外へ避難した2人は、日本への留学を通して新しい居場所を見つけ、今は日本で仕事や研究に打ち込んでいる。
一人ひとりの物語や旅路に焦点を当てた写真を通して難民について知ってもらおうと、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)駐日事務所はホンマさんとコラボし、この写真プロジェクトをスタートした。
ホンマさんはアナスさんとスザンさんの日本の自宅を訪れ、2人の日本での暮らしや、故郷や家族の思い出が詰まった持ち物をフィルムカメラで撮影した。
6月20日の「世界難民の日」に先立ち、UNHCR駐日事務所は15日、都内でイベント開き、ホンマさんとアナスさん、スザンさんがトークイベントに登壇した。
トークの中でアナスさんは、撮影時にホンマさんから尋ねられた「故郷とのつながりを感じる『大切なもちもの』は」という質問に、母親の形見であるペンを差し出したと話した。
「3年前に他界した母親が、薬剤師の仕事で使っていたペンです。父が昨年、日本を訪れた時に持ってきてくれました。私にとっては、命と同じくらい大切なペンです」
シリアの情勢が悪化した2011年、大学へ通学するのさえ危険だったため、アナスさんは母親が働く薬局へ一緒に行き、母親が働く姿を側で見ていたという。母親は、卒業プレゼントだったというペンをボロボロになるまで使い続けていた。
アナスさんの自宅のテレビ台の上に置かれた、シリアの紙幣やコインの写真については、「コインを並べていると、まるでシリアにいるような気持ちになるから」と話した。
「忙しい日本の生活の中で、家族やシリアのことを忘れてしまいそうにもなる。コインを見ると、今もシリアにいる父親のことを考えます。私は生き残ったけど、他のシリア人は?今もまだ苦しんでいるシリア人は?『忘れたくない』という思いで、わざとコインを並べています」
ホンマさんが撮影した写真には、アナスさんがシリアにいる頃に弟から贈られた大切な香水、苦労した日本語学習のテキスト、日本で新しく家族となった保護猫なども写っている。
アナスさんはアサド政権の圧政から逃れた人権活動家だ。家を破壊され、3度の国内避難の後、レバノンに逃れて環境エンジニアとして働いた。
その後、日本政府による「シリア平和への架け橋・人材育成プログラム(JISR)」を通じて、日本の大学院に進学。卒業後は日本のアクセンチュアで技術コンサルタントとして働いている。
スザンさんの自宅の一角には、3年前にがんで他界した母親の若かりし頃の写真が、色鮮やかな花と一緒に飾ってある。
スザンさんは母親を「世界中で一番大切な人」だと話した。
「私が日本へ来てからも毎日のように通話し、何でも話す親友のような存在でした。数学の教師だった母親は美しく、頭が良くて、音楽もバレエも何でもできました」
紛争勃発後、スザンさんはトルコに逃れ、「長女として家族を養わなければ」と試行錯誤を重ねたが、トルコでは命の危険を感じるほどの差別も経験した。シリア人と分かると危険な目に遭いかねないので、アラビア語を一言も発することはできなかったという。
その後、より安全で勉学に専念できる環境を求めて2018年に日本に留学し、現在は国際関係学の博士課程に在籍している。
スザンさんは「難民の数は1億2千万人になったけど、私たち難民は『数』ではない。そこには、1人の人としての悲しい物語がある」と話す。
ホンマさんは「2人の話を聞いて、日本人の写真家として何ができるか、どうしたらいいのかと葛藤もあり、今も考え続けています」と話した。
その上で、撮影では「そのままをストレートに撮った。見た人が何かを感じてくれれば」とした。
UNHCR駐日事務所は来年開催される「瀬戸内国際芸術祭2025」で、ホンマさんとコラボし、難民一人ひとりの物語や旅路に焦点を当てた写真展を、芸術祭実行委員会と共催する。
UNHCR駐日事務所は今年の難民の日に合わせ、東京都世田谷区にある「二子玉川 蔦屋家電」で6月23日まで、イベント「PLACE OF HOPE 難民のものがたり展」を開催している。
会場では、難民に関する様々なジャンルの本や絵本が紹介されている。
<取材・文=冨田すみれ子>
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日本へ逃れてきた2人の若者の姿。ある写真家が撮った「形見のペン」「母国のコイン」が意味すること