【作家インタビュー】現在のカルチャー最先端は「なろう系」。村上隆が見据える日本文化の未来
【限定グッズも注目】ゆるい姿の風神雷神が「茶の菓」やアパレルに。村上隆展のおすすめグッズは?
世界のアートシーンの最前線で活躍する現代美術作家・村上隆さん(1962年生まれ)の大規模個展「村上隆 もののけ 京都」が、開館90周年を迎えた京都市京セラ美術館で開かれている。多彩な話題で盛り上がりを見せる本展は、3月半ばまでに早くも来場者数10万人を突破。9月1日までの開催期間中には、季節ごとの様々な「仕掛け」も用意されているという。
展覧会概要
名称:京都市美術館開館90周年記念展「村上隆 もののけ 京都」
会場:京都市京セラ美術館 新館 東山キューブ(京都市左京区)
会期:2024年2月3日~9月1日
休館:月曜日(祝日を除く)
料金:当日一般2200円など ※京都市内に在住・通学している大学生以下は無料
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※以下の作品画像はすべて「村上隆 もののけ 京都」展示風景(京都市京セラ美術館、2024年)より
圧巻の村上ワールド
「村上隆 もののけ 京都」は、日本を代表する現代美術作家・村上隆さんの京都では初となる大規模個展だ。「村上隆の五百羅漢図展」(森美術館、2015-16年)以来、日本ではおよそ8年ぶりの個展となる。江戸時代の絵師に挑んだ力作が多数ひしめく本展では、展示する約170点の大半が新作。古都の歴史や文化をテーマに圧巻の村上ワールドが花開く。
また今回はふるさと納税の制度を使って5億円の寄付を集める(3月15日時点)など、運営面での新たな取り組みも。文化芸術に対する行政の支援の乏しさを指摘し、国の在り方にまで一石を投じる内容となっている。
1. 村上版の「洛中洛外図」
美術館では、まずエントランスホールで高さ4.3メートルの阿吽像がお出迎え。展示室に進むと、京都の街並みを描いた村上版「洛中洛外図」が冒頭に披露されている。本展のために制作された、幅13メートル余りに及ぶ二連画だ。
「洛中洛外図 岩佐又兵衛 rip」は、17世紀の絵師・岩佐又兵衛筆とされる国宝《洛中洛外図屏風(舟木本)》を元絵にした作品。舟木本の画像をスキャンして線画化し、綿密なリサーチを経て忠実にカンヴァスに描き直した。約100人体制で制作したという本作の登場人物はなんと2000人以上。村上ワールドのキャラクターも描かれた街の上には、金色の雲が漂い、そこにおびただしい数のドクロが浮かんでいる。
向かいの壁には、江戸時代に栄えた装飾画の流派「琳派」の尾形光琳にインスパイアされた団扇風の絵画も。川のせせらぎを抽象化した水脈など、琳派の斬新なデザインに、自身の代名詞であるフラワーを組み合わせた。日本の伝統建築において金箔や装飾画が担ってきた独特の機能が、ここでは探求されているという。
2. 京都の守護神「四神」が超大作に
カーテンを開いて暗い部屋に入ると、巨大な神獣の絵に四方を囲まれる。平安期より東西南北の守護神として語られてきた、青龍、白虎、朱雀、玄武の「四神」を描いた圧巻の超大作だ。高さ5メートル超の大画面は細部に至るまで緻密に描き込まれており、鮮やかな色の使い分けに目がくらむ。
本展を企画した京都市京セラ美術館の高橋信也さんによると、かつて京都の人々は、四方を囲む山や川を四神に見立て、平安京を神獣に護られた理想の地と考えた。その一方で現実の街は、鳥辺野などの葬送の場が周囲に広がり、にぎやかな生のすぐそばに死者がうごめくような空間でもあった。
部屋の暗さに慣れてくると、やがて壁や床のあちこちにドクロが描かれているのが目に入る。「観光都市としての煌びやかなイメージの裏にある、もう一つの京都の姿。それをインスタレーションで再現していただきました」と高橋さんは解説する。
3. スーパーフラットなキャラクターたち
本展の開幕に先立って開かれた記者会見で、村上さんは自身の作品を「日本の芸術の歴史と現在をミックスしたもの」と語った。
そんな村上さんが2000年頃から提唱し、欧米中心のアートシーンにも大きな影響を与えてきたのが「スーパーフラット」という概念だ。いわく、日本の伝統芸術と現代の漫画やアニメは「平面性」という美学によってつながっており、それは日本の文化や社会の特徴にまで通じるものである−−。
この「スーパーフラット」のシンボルとも言える存在が、アニメ風の可愛さをまとったキャラクターの数々。第3の展示室では、その代表格である「DOB」を中心に、カイカイとキキ、ゆめライオンとパンダなど、キャラクター関連の作品を紹介している。
日本のキャラクター文化が発展し、世界を席巻した理由は何か。村上さんはそれを「敗戦国の悲哀を抱えた日本人の魂の震えが共感を呼んでいる」ためだと説明する(展示解説より)。
一見すれば可愛らしいDOBたちだが、その姿の裏には未成熟な日本社会が抱える「幼稚さ」や、輸入した海外文化の模倣から成り立つ「モドキ文化」への自虐的かつ批判的な視線も込められている。
最初期から続く「727」シリーズは、日本社会に蔓延する西洋へのコンプレックスに言及したものだ。戦勝国アメリカが作ったモードを咀嚼することでしか現代美術の世界に参入することができない。そんなねじれを抱えながら日本人作家として歩み始めた当時の作品について、村上さんは「歴史的な絵画とキャラクター文化のエキゾチシズムのコンビネーション辺りが西欧式アートのストライクゾーンではないか?と狙って玉を投げた」とも明かしている。
4. ゆるさ全開の風神雷神
「不遜に聞こえるかもしれないが、狩野派というものがなくなって以後、日本の絵画芸術に関して学ぶべきところはほとんどないと思っている」
先の会見でこうも語った村上さんは、活動の初期から日本の伝統絵画に深く関心を寄せ、平面的な画面構成から工房による集団制作まで、さまざまな要素を自身の芸術の核として採り入れてきた。
第4の展示室に並ぶのは、2010年以降に制作された曽我蕭白、狩野山雪、俵屋宗達らをインスピレーション源とした作品群だ。日本初公開の《雲竜赤変図》(2010年)は、「奇想の絵師」として知られる蕭白の《雲龍図》(18世紀)を元にした迫力満点の大作で、その全長は18メートルに及ぶ。本作は、ベストセラー『奇想の系譜』の著者である美術史家・辻惟雄さんとの雑誌上の「絵合わせ」企画から生まれたもので、これを機に村上さんはますます本格的に近世以前の日本美術と向き合うことになった。
琳派の絵師たちが描いた風神雷神図を現代版にアップデートした《風神図》《雷神図》は、作家自ら「白眉」と語る本展のイチオシ作品。琳派の祖とされる宗達の筋骨隆々の国宝《風神雷神図屏風》(17世紀)に比べれば、村上版はペラペラで、何とも気の抜けた姿が印象的だ。だがその部分にこそ作品の鋭く洗練されたコンセプトが宿っている。村上さんによれば、本作には文化の往来を逆転させるという壮大なアイデアが込められているのだという。
5. NFTアートの取り組みも
コロナ禍の間に台頭したNFT(非代替性トークン)やメタバースに新たな可能性を見た村上さんは近年、デジタル空間を舞台にしたNFTアートの制作にも積極的に取り組んでいる。第5の部屋では、芸術と高度資本主義の関係をテーマの一つとしてきた村上さんの最新トレンドが披露されている。
バーチャルファッションブランド「RTFKT」と協働で展開する「CLONE X」というプロジェクトでは、目や口、衣服などのパーツデザインを提供し、2万体の3Dアバターを生成。デジタル空間で着せ替え可能なアバターはNFTコレクションとして売買され、今後メタバース空間でユーザーの分身として利用されることも想定しているという。
今回は、村上さんの初期作品《ヒロポン》や《マイ・ロンサム・カウボーイ》から生まれたデジタル上のアバターを、超絶技巧によってリアルの絵画や立体作品に仕立て直して展示している。
一方「Murakami.Flowers Collectible Trading Card」は、NFTアートの取り組みを下敷きにして制作・販売されたトレーディングカード。高値での二次取引がたびたび話題になるポケモンカードなどをモデルにしているのか、「価値」が生まれる仕組みそのものを模倣するかのような実験的なプロジェクトだ。
本展に際して、村上さんは来場者限定バージョンのカードを新たに制作し、先着5万人を対象に配布。すると展覧会初日からカードを求める人々が美術館に殺到し、さっそく一部がフリマアプリで高額転売されるなどの「騒ぎ」にもなった。
会場では「煩悩」の数にちなんだ108種類のカードの図柄を40センチ四方のパネルに描き直し、壁一面にずらりと並べている。
6. 五山もキャラクターに
最後の部屋で主題は再び京都に戻る。金箔が貼られた部屋の壁には、舞妓や歌舞伎、五山送り火といった京都らしいモチーフを村上流に描き下ろした作品群が飾られている。
「現代の絵師が描く、現代の役者絵をつくって欲しい」。そんな依頼を受けて制作されたのが、歌舞伎俳優・市川團十郎さんの襲名披露のための祝幕。展示されている原画には、「歌舞伎十八番」のハイライト場面が巧みに網羅されている。京都は歌舞伎発祥の地。祝幕は東京・歌舞伎座に続いて、京都・南座での「顔見世」公演でも披露された。
日月を中心にして山のキャラクターが円形に連なる絵画は、精霊送りの盆行事・五山送り火をモチーフとした新作だ。制作にあたっては、五山それぞれの保存会に取材を行い、室町時代に描かれた国宝《日月四季山水図屛風》の意匠も引用したという。
本展の会期は9月1日までの約7カ月間。異例の長さとなる開催期間中には、桜や祇園祭、五山送り火といった季節の風物詩に合わせた「仕掛け」も検討されている。京都や日本の伝統文化を、現代にどう接続するか。そんな試みがふんだんに詰まった展覧会となっている。
日本では最後の個展に?
最後に、村上さんが本展を通じて行っている問題提起についても触れておきたい。
今回の展示会場には、村上さんが率直な思いを綴った「言い訳ペインティング」があちこちに掲げられている。そこには作家自身による作品解説に加えて、本展開催に至る経緯や、一部の作品が「未完成」であることなど、鑑賞上の「注意点」が赤裸々に記されている。
なかでも目の引くのが「お金」の話、すなわち本展の開催費用をめぐる告白だ。最後の展示室の「言い訳」は、美術館をはじめ関係者の尽力に感謝しつつ、現在の日本では税制上の壁もあって予算が十分に確保できず、自身の思い描いた規模の展覧会を実現できなかったと明かしている。
こうした中、足りない制作費を補うために村上さんと京都市が実施したのが、ふるさと納税の活用だ。限定グッズなどの返礼品を多数用意し、寄付を募集。その結果、開幕までに計3億円の支援が集まり、市内に在住・通学する大学生以下の入場無料化も実現した。3月からは第2弾となるプランもリリースし、第1弾と合わせてすでに5億円の寄付が集まっているという。
開幕前日の内覧会で、村上さんは日本の行政の文化芸術への支援の乏しさを指摘。国や自治体の文化関連予算は少なく、かといって海外各国のように民間の寄付などにかんする特別税制も整備されていない。ゆえに今後は「日本の公の美術館で個展をやることはほぼないと思う」と口にした。
その一方、今回の試みでは「地方の美術館を存続させたり、文化事業を推進させたりという有効な事例を作ることができた」とも振り返り、「皆さんも知恵を絞って」と全国の文化事業に携わる人に制度の活用を提案した。
文化や芸術には人の心を満たす力があり、また漫画やアニメ、ゲームのように日本で生まれた創作物には、小さくない経済的なポテンシャルがある。自国の文化を大切にするという姿勢を鮮明に打ち出し、その制作や流通を国としてバックアップしていくこと。それこそ再び日本が立ち上がるために必要なことではないか、と村上さんは問いかける。
「国の在り方そのものから、自信をもって世界に伝えられる。それが大事なのではないかと私は思っております」
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