東京電力福島第一原発の処理水について、毎日新聞の英語ニュースサイトが11月初旬、「Fukushima water」と表記していたことがわかった。
Fukushima waterという表記は、共同通信が9月下旬にも、処理水の海洋放出に関する英字記事の見出しで記載。
ハフポスト日本版が「福島への差別や偏見を助長する」と指摘すると、共同通信は「重く受け止める」として、それ以降Fukushima waterと表記していないとみられる。
毎日新聞は、この問題や経緯をハフポストが報じた後、Fukushima waterと表記した記事を掲載している。
差別や偏見を助長するかもしれないという認識はなかったのか。ハフポストは毎日新聞に取材した。
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国や東電は、処理水を英語で表記する際、「treated water」としている。
一方、共同通信は9月28日、2回目の処理水の海洋放出が10月5日に行われることを報じた際、英字記事の見出しに「Japan to begin releasing second batch of Fukushima water on Oct. 5」と記載。
この件でFukushima waterと表記した主要メディアは、共同通信と共同通信の配信記事を掲載した毎日新聞のみで、NHKや読売新聞、朝日新聞はtreated waterとしていた。
Fukushima waterは、直訳すると「福島水」になる。
ハフポスト日本版はこの報道を受け、福島の被災地を研究する社会学者で、東京大学大学院情報学環の開沼博准教授を取材。
Fukushima waterという表記について、開沼准教授は「社会学的には『スティグマ』といい、地名を入れるということは、そこに住む人たちへの差別・偏見を生み出すことにもつながる」と指摘した。
実際、福島の人々は原発事故後、「妊娠できない」「結婚できない」「奇形児が生まれている」などと、理不尽な扱いを数えきれないほど受けてきた。
このような12年半の歴史を踏まえ、メディアがFukushima waterと報じることは「非常に無神経で配慮がなく、科学的な議論や社会的な合意形成に向けた被災地の努力を踏みにじるものだ」と非難。
その上で、「その程度のことを想像できないのであれば、『情報発信なんてやめてしまえ』と思っている」と述べていた。
一方、共同通信は取材に、「(Fukushima waterと見出しに表記したのは)主に社内ルールによる見出しの字数制限のため」と回答。
福島県民が差別だと感じる可能性があるという指摘を「重く受け止める」とし、それ以降は処理水を「Fukushima treated water」と表記している。
「Fukushima」は残ってはいるが、「treated(処理された)」という単語を入れた形だ。
ハフポスト日本版は、このような一連の経緯をまとめた記事を10月26日と11月1日に配信。
しかし、毎日新聞の英語ニュースサイト「The Mainichi」は11月9日、品川区で開催予定だった元参議院議員の田嶋陽子さんの講演が中止となった出来事を取り上げた際、次のような見出しで記事を発信した。
「Tokyo ward cancels gender forum after speaker’s mutant fish comments on Fukushima water」
田嶋さんは9月24日に放送された読売テレビの「そこまで言って委員会NP(読売テレビ)」で、「(処理水は)安全基準なんて満たされてない」「海が汚れるとか、魚の形態が変わってくるんじゃないのか」などと発言。
The Mainichiの記事は、この発言がきっかけで田嶋さんの講演会が中止になったことを伝えたが、見出しに「Fukushima water」と表記した。
ハフポスト日本版が11月16日、毎日新聞に質問状を送付したところ、24日に英文毎日室(The Mainichi編集部)から返信があり、Fukushima waterは処理水のことを指していると認めた。
具体的には「treated water from the disaster-stricken Fukushima Daiichi nuclear plant」という記事内の文を見出しにとった表現という。
なぜFukushima waterと表記したのかについては、「英語のフレーズを見出しにとる際の適切な表現だと、当時考えた」とし、「Fukushima waterという表現を単に『福島水』という直訳でとらえた場合に差別・偏見を生み出す可能性があることに思いが至らなかった」と回答した。
田嶋さんの記事で見出しをつけたのはThe Mainichi編集部だったが、部内で「差別や偏見につながるのではないか」という声はなかったという。
また、地名を入れるとそこに住む人たちへの差別・偏見を生み出すことにつながるという指摘に対しては、「地名を含む特定の否定的な表現が、関係者への差別・偏見を生み出す可能性があること理解している」とし、「Fukushima waterという表記が差別・偏見を生み出す可能性があると考える」と答えた。
そして、「Fukushima water という表現が差別・偏見を生み出す可能性を理解し、そうした差別・偏見が広がる可能性を可能な限り小さくすべく、いっそう努力する」などと記載した。
ハフポストが12月4日、前述したThe Mainichiの田嶋さんの記事を改めて確認したところ、見出しは「Tokyo ward axes gender forum after speaker’s mutant fish remark on Fukushima treated water」に変わっていた。
一部のメディアが処理水をFukushima waterと表記している問題について、福島県はどう捉えているのか。
ハフポスト日本版が県に見解を尋ねたところ、県原子力安全対策課の担当者は次のように回答した。
「ALPS処理水については、2021年4月、国において、規制基準値を超える放射性物質を含む水や汚染水を環境中に放出するとの誤解に基づく風評被害の防止を目的に、トリチウム以外の核種について、環境放出の際の規制基準を満たす水のみを『ALPS処理水』と呼称することとして、定義の変更がなされています」
「処理水の問題は長期間にわたる取り組みが必要であることから、これまでも国に対し、IAEA等の国際機関と連携し、科学的な事実に基づく情報を積極的に発信することなどを求めてきたところであり、国内外の理解醸成に向けては、科学的な事実に基づく正確な情報を発信し続けることが重要であると考えております」
Fukushima waterについて直接的には言及しなかったが、2021年4月に処理水と呼称するようになった経緯に触れ、「国内外の理解醸成に向けては、科学的な事実に基づく正確な情報を発信し続けることが重要」とした。
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福島第一原発では、原子炉建屋に雨水や地下水が流入するなどして、放射性物質を含む汚染水が発生している。
これを多核種除去設備(ALPS)などに通し、トリチウムを除く放射性物質を国の安全基準を満たすまで除去したものが処理水だ。
海洋放出する際は、トリチウム濃度が規制基準の40分の1、世界保健機関(WHO)飲料水基準の約7分の1となる「1リットル当たり1500ベクレル」未満まで海水で希釈される。
国際原子力機関(IAEA)も7月、処理水の海洋放出を「人や環境に与える放射線の影響は無視できるもの」とする包括報告書を公表している。
処理水は11月20日、3回目の海洋放出が完了しており、1、2回目と同様に海水や魚類への影響は確認されていない。
なお、トリチウムは水素の仲間で、自然界や水道水、人間の体内にも存在する。
放出するエネルギーは紙1枚で防げるほど弱く、これまで日本を含む世界各国の原発施設で海洋放出されてきた。
ハフポスト日本版は、処理水の安全性について「処理水とは何?汚染水と言わない理由は?危険じゃないの?福島第一原発【3分でわかる】」という記事でまとめている。
オリジナルサイトで読む : ハフィントンポスト
「Fukushima water」毎日新聞も表記。取材に「差別・偏見を生み出す可能性を理解する」処理水巡り