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育児休業を取得した社員の同僚全員に、最大10万円の一時金を支給するーー。
三井住友海上火災保険が2023年3月に打ち出した「育休職場応援手当(祝い金)」は、発表当初から大きな話題となった。
社員が「申し訳なさ」を感じずに育休を取得でき、職場全体も快く受け入れる風土を醸成する。
制度の導入後、取引先ではない企業からも「画期的だ」「うちでもやってみたい」と問い合わせが相次いだという。
では、この制度はどのようにして生まれたのか。そして、社内のウェルビーイングの向上にどう寄与しているのか。
ハフポスト日本版は、制度を発案した同社人事部主席スペシャリストの丸山剛弘さんに話を聞いた。
――まずは育休職場応援手当(祝い金)の仕組みについて教えてください。
育休を取得した社員の職場に対する応援手当です。
社員に子どもが生まれ、育休を取得した場合、その社員の同僚全員に祝い金として最大10万円の一時金を支給します。
2023年4月に制度としてスタートし、7月から一時金の支給が始まりました。
支給額は、「社員が取得した育休の期間」と「職場の人数規模」という二つの要素によって決まります。
例えば、社員の育休期間が3か月以上で、職場の人数規模が13人以下の場合は、職場のメンバーに一人当たり10万円が支給されます。
――育休を取得する社員以外に焦点を当てた画期的な制度だと思います。制度創設のきっかけは何だったのでしょうか。
元々は舩曵真一郎社長からの検討指示です。
2022年11月、人事部門で翌年3月に行われる春闘の対応を検討していました。
ちょうど賃上げや物価高の話があって、おそらく当社の労働組合もベースアップを要求してくるだろうと考えていました。
それを踏まえ、ベースアップのほか、リスキリング支援も提案してみようという話で落ち着き、12月に人事担当役員がそのような春闘の方針を社長に伝えました。
すると、「リスキリングは大事だからそれはそれでやってほしい。ところで、少子化対策はどうなっている?」と聞かれたんです。
人事部にとっては予想外の話でしたが、社長からは「少子化は社会課題。一企業としてできる人的投資を考えてほしい」と指示を受けました。
さらに、「例えば、子どもが生まれた社員に100万円を支給する。2人目が生まれたら200万円、3人目が生まれたら300万円というのはどう?これに関わらず人事部門で検討してくれないか」と提案もしていただきました。
ーー人事部門としては面食らったというか、意外な話だったんですね。
そうですね。当社の育児に関する支援はもともと充実していると思っていました。
例えば、国から支給される育児休業給付金に会社独自の給付金を上乗せをする制度があります。
そのほか、2021年4月に舩曵社長が就任してからは、トップダウンで少子化対策や産後うつ防止などに取り組んでおり、男性社員が必ず1か月以上連続で育休を取得する運営も定着しています。
社長が海外出張に行った際、子どもの多い国の社会の活力を肌で感じ、少子化は取り組むべき課題だと強く思ったそうです。
このような取り組みのおかげもあり、男性社員の育休取得率はほぼ100%で、平均取得日数も、育休と連続する土日や休暇を含めて、暦日ベースで37日ほどに伸びてきています。
ですので、人事部門としては、男性育休や少子化対策、育児支援、ダイバーシティに関しては進んでいると、ある意味「自惚れていた」のかもしれません。
ーー舩曵社長の問題意識から育休職場応援手当という制度が生まれたのですね。企業として社会課題に取り組むという熱意を感じます。そして、社長の案をもとに人事部で話し合うことにしたのですね。
1人目が生まれて100万円を支給する、といった社長の案を聞いて、「まだまだ支援を充実させる必要があるな」と思い、年明けに人事担当者で話し合うことにしました。
いわゆるブレインストーミング(ブレスト)です。
最初は、「3人目に300万だとインパクトが薄いから500万くらいにする?」といった話題も出ていました。
ただ、ちょっと気になるところがありまして。
というのも、育児をしている社員だけにスポットをあてて支援すると、そうではない社員の間に不公平感が漂うのではないか、職場を分断してしまうのではないか、と思ったんです。
逆に、育休を取る側も申し訳なさを感じている人が多いので、「同僚にもメリットがあるなら皆がハッピーになるんじゃないか」と思いました。
そして、ブレストだったので、「お祝い金を同僚に支払うのはどうでしょう」と軽い気持ちで提案したら、人事担当役員や同僚が「それ、いいね」と盛り上がってくれて。
社長の案とは違う形になりましたが、ひとまず制度設計案を作り、翌年2月に人事担当役員から社長に報告されました。
すると、「俺の案とは違うけど、とても良いと思うよ」との社長意見のフィードバックが人事担当役員からあり、3月上旬の春闘で会社から労組に逆提案しようという話になりました。
ーーまさにサプライズ提案ですね。
まさにサプライズです。
会社としては少子化に問題意識を持っている。育児を心から祝うという風土をつくっていきたい。春闘ではこのように伝えました。
そして、4月上旬に労使協議が予定されていたので、それまでにさまざま修正し、育休職場応援手当を制度化しようという形で落ち着いたんですね。
ただ、その前に「育休職場応援手当」に関する記事が世に出て、それが大反響となりました。
それから1、2週間は、新聞・テレビのインタビューが続きました。ほかの仕事は一切できないくらいでしたね。
――テレビやネットで大反響でしたね。参考までに、男性社員の育休取得率と平均取得日数を教えてください。
二つの指標で公表しています。
まずは法律に基づく数字ですが、2022年度の男性社員の取得率は92.3%、平均取得日数は6.3日です。
ただ、この数字は分母と分子で対象者が違うという計算式になりますので、単純に「子どもが生まれた男性社員は育休を取得していますか」という個人単位でも数字を出しています。
そうすると、2022年度の平均取得率は100%、平均取得日数は37日(育休と連続する土日や休暇を含めた暦日ベース)です。
有価証券報告書にもこの二つの数字を公表しています。
――話が少々戻りますが、当初は「育休取得者が女性社員の場合は同僚に最大10万円、男性社員の場合は最大3万円」と考えておられたようですね。それを期間と職場の規模に変更された経緯について聞かせてください。
当初は確かに、育休取得者の性別で金額を決定しようと思っていました。
というのも、男性の平均育休取得日数は37日ですが、女性の場合は17か月と差があるんです。
ですので、女性のほうが職場から離れる期間が長く、「申し訳ない」という気持ちを抱えている人が多いのではないかと思い、性別で分けていたんです。
しかし、正式決定の前に報道が出た後、大半は「画期的だ」や「支える側を見てくれた」という反応だったのですが、「性別で分けなければもっといい」や「男性差別じゃないか」といった声も1割程度ありました。
さらに、職場にも社外の方から電話がきて、「素晴らしい制度だが、男女差がなければもっといい。改定の予定があるならば、ぜひ改定してほしい」と伝えられました。
私がその電話をとったのですが、もう聞いている途中で「変えよう」と決めて、性別ではなく期間で分けようと上司に伝えました。
上司も「そうしよう」とすぐに回答してくれました。
ーー大きな会社だと意思決定に時間がかかりそうですが、とても早いスピードで制度を良い方向に変えることができたんですね。
いま思い返すと早かったですね。
その電話があった後、すぐ労働組合にも「男女ではなく期間に変更します」と伝えました。
すると、「私たちもそこが引っかかっていたんです。ぜひ変更してください」と言われ、この方向で進めることにしました。
そして、「よし、修正するぞ」と取り掛かろうとしたら、こども家庭庁から連絡がありまして…。
育休職場応援手当の記事を見た小倉將信大臣(当時)が「画期的な取り組みだから、ぜひ話を聞きたい」ということで、翌日に急遽、視察に来られることになったんです。
ここでハッとしまして、「そういえば社長に性別から期間に変更することを伝えてない」ということに気づき、すぐ社長にメッセージを送りました。
それが夕方くらいですかね。
社長は海外出張中だったのですが、その日の夜に帰国されたので、成田空港から「その方向で進めてください」と返事がありました。
そして翌朝、小倉大臣が来社された際に、社長から「金額は男女で分ける形で報道されていますが、期間に見直します」と伝えていただきました。
報道によって多くの反響をいただき、手当の金額を性別から期間に修正し、小倉大臣に報告するまで3日間の出来事でしたね。
そして、性別から期間に修正された育休職場応援手当の記事が配信されると、ネット上の反応は100%賛同に変わりました。
ーー社外の反応などはありましたか?
ちょうどその時期から学生の面談や新卒採用が本格化し、中途採用も積極的に行っていたのですが、当社を希望している人から「風通しが良さそう」などというお言葉を多くいただきました。
採用面や企業イメージにプラスに働いたと思います。
ほかにも、メーカーなど10社以上から「ぜひお話を聞かせていただきたい」と連絡がありました。
当社と取引がない企業からも「画期的だ」「うちでもやってみたい」と飛び込みで電話がかかってきましたね。
実は、当社の韓国支店でも同様の制度を導入したのですが、それも地元の新聞に取り上げられています。
スピード感を持って実行できましたが、やはり社長の少子化に対する問題意識が就任当初からあり、その強い思いによって育休職場応援手当を実現できたのだと思います。
ーー育休職場応援手当の1回目の支給は終わりましたか?対象者は何人くらいいたのでしょうか。
1回目の支給は7月でしたが、約60拠点1500人が対象でした。このような状況が毎月続く形になると思います。
社内の反応も良く、手当を申請した課長からは「課員みんなが喜んでくれて雰囲気が良くなった」や「これを機にチームワークを高めていきたい」といった声が上がっています。
1人目の子どもが生まれた時に育休を取得した経験がある女性社員からは、「2人目の子どもも安心してもうけることができる」という話がありました。
また、ある新入社員も「先輩社員の姿を見て、自分の将来の姿がイメージできて安心した」と言ってくれました。
こういう意見がじわじわ増えていくと思いますし、良い職場風土が醸成されていけばいいなと思っています。
――ウェルビーイングの向上に関して、もうやることはないのでは、と思ってしまうほど取り組まれていますね。
まだ課題はたくさんあります。
損害保険業界は自然災害が激甚化していることで収益を確保していくことが難しくなっています。
また、当社は全国転勤もあります(グローバルコースの場合)。今は会社主導で転勤を決めていますが、望まない転勤はなくしていく方向で検討を進めています。
ウェルビーイングの向上はますますしていかなければなりませんが、社員が2万人近くいる中で、ライフステージも各々違いますし、価値観もそれぞれです。
若手とベテラン、男性と女性、子育て中とそうではない人、介護をしている人とそうではない人、まさに人それぞれなんです。
ただ、働いていて幸せだとポジティブな感情を持ってほしいと思っています。
自分はどういう生き方が幸せなのか、どのように働きたいのか、どうすれば自己肯定感を上げられるのか。
会社は可能な限りこれらを実現する選択肢を用意し、あとは社員自身に選んでほしい。
こういう仕組みを作れないかと論議しているところです。
育休取得者の同僚に「応援手当」を支給する取り組みについては、国も後押しする考えを示している。
労働新聞社によると、厚生労働省は2024年度、両立支援等助成金を拡充。育休取得者の業務を代替する労働者に「応援手当」を支給す中小事業主向けの新コースを設定するという。
業務引き継ぎの体制を整備して手当を支給した場合、育休取得者1人につき最大125万円を助成し、代替要因の新規雇用に対しては最大67万5000円を支給するとしている。
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